-剣の理由-
王城を去り、それからしばらく小道を歩いて、城下町へと辿り着く。
活気のある街並みは、王城で行われたお祭り騒ぎにも負けず劣らず、けれど雰囲気はまるで反対の、何だか居心地の良い騒がしさが溢れていた。
「なぁ、出発の前に、なんか食ってかねぇか?」
スタンがアレスへ問い掛けると、彼は少しだけ躊躇ったようだけど、やがて頷いた。
そこの定食屋へと入り、そして席に座って注文を済ませると、ほっとした様にアレスは溜め息を吐いた。
その様子を見て、スタンが苦笑いを見せる。
「どうしたよ。 もてなされて気疲れしたか?」
「違うって………いや、まぁそんなとこだけど」
照れ臭そうにアレスは笑うと、冷や水の入ったグラスを取り、少しだけ喉を潤す。
「それも有るけど…………うん、まぁ……ね」
「…勇者様、か。 ガラじゃねえよなあ」
お前程それっぽくない奴はそうはいねぇよ、と笑うスタンにつられる様に、アレスも苦笑を返した。
「ガラじゃないんだよ。 そう、まさにその通りでさ……ちょっと、期待に応えるのが大変っていうか…」
「期待に応える、ね……あ、ありがとうございます…………まぁ、そんままで良いんじゃねえの?」
やって来た魚に被り付いて、スタンは何でも無さそうにそう言った。
アレスはけれど、苦笑いのまま、目に少しだけ疲れた色を覗かせる。
「そう簡単に言うけど、今まで剣は稽古でしか握った事が無いんだよ? 誰かを斬るなんて、出来ないよ」
「……俺は、そういう優しい所をそのまま残せって言ってんだよ」
スタンは言ったけれど、アレスが何かを言う前に、魚を置いてその顔を真っ直ぐに見つめた。
「俺達は、直接魔王に会った訳じゃあない。 酷い噂も聞いちゃいるが、でもこの目で見た訳じゃない」
「…魔王の肩を持てって事?」
アレスの言葉にスタンは呆れた様に首を振ると、それからコップをぐいと傾けた。
グラスに入った水を一気に飲み干して、アレスへ向けてにやりと笑う。
「誰かの期待に応えようとか、んな面倒な事は考えるな。 俺の友達になってくれた時みたいに、魔王がどんな奴かはお前の目で確かめろって事だよ」
言うだけ言うと、再び魚へと意識を向け始める。
「魔王がどんな奴か、かあ」
アレスはスタンの言葉を繰り返すと、それから一度だけ私を見た。
「……君には、少しだけ申し訳ないけど」
私の柄を優しく撫でながら、アレスは呟く。
「僕は、魔王と会った時、君を遣わなくて済めばって、そう思ってるんだ」
私は勿論、何も答える事は出来ない。
けれど、精一杯に同意を示せるよう、窓から刀身の先を照らす陽光を、優しく優しく跳ね返した。
食事を終えて、城下町を抜けようとした時。
アレスとスタンに、声が掛かった。
「ちょっと、そこの勇者さん」
後ろを振り返るアレスの腰で、鞘の隙間から声の主の顔を捉える。
ローブに簡素な杖と、魔術師の格好の女の子。
「二人だけで魔王討伐?」
挑戦的な目でワンドを突き出しながら、彼女はにっこりと笑った。
「私、エマ」
くるり、と杖を一回転させて、それから腰に下げた杖入れに捻じ込む。
その動作が終わると顔を上げ、突然の事で言葉の出ない二人に向かって彼女は続けた。
「魔王討伐、連れてってくれないかしら?」
「ちょ、ちょっと待って」
慌てた様子でアレスが手をバタバタと振り、スタンも少しだけ厳しい顔で口を開く。
「駄目に決まってんだろ」
「どうしてよ?」
腰に手を当て、彼女は納得のいっていない表情で問い返した。
強気に吊り上った口元と挑戦的な目付きで、首を傾げる。
「危険すぎるっての。 魔王はそんなに甘いもんじゃない」
スタンが言うと、それに続く様にアレスも頷いた。
「スタンが言ってるみたいに凄く危険だし、それに、ご両親も心配するよ」
アレスがそう言ったけれど、私はその時に、彼女の表情に少しだけ変化が生じるのを見た。
目に浮かんでいた挑戦的な色が、鋭い刃物の様な色に変わっている。
とても怖い憎悪の目だけれど、でも私は、その中に何だか悲しい色が有るのも見た。
「だからまぁ、悪いが断らせてもら――」
「両親は、魔王の手下達に殺されたわ」
短く斬り込まれたその言葉に、スタンは言葉を止めた。
「心配する人はいない。 危険は百も承知よ」
言うと、目を伏せて、口元を悲しげに笑わせる。
そのわずかな時間だけ、彼女の強気な雰囲気は消え失せていた。
けれどすぐに口元は固く結ばれ、再び挑戦的な目付きになり繰り返す。
「私を、魔王討伐に連れていって」
その悲しげな目色に、私は気持ちを落とした。
伝説の剣とは、魔王を斬る為の剣。
伝説の剣を遣う勇者もいる。
魔王には、斬られる理由も有る。
私は決して魔王に同情なんてしないけれど、それでも。
この身で何かを傷付ける事を思うと、とても悲しくなった。
先程、スタンは魔王を斬るべきか自身の目で確かめろと、アレスにそう言った。
けれど彼女は、そんな言葉に対する答えは決まっているのだろう。
「文句は無い?」
彼女は尋ね、スタンもアレスも黙ったまま。
「じゃあ、私も行くから」
彼女はそう言って、二人の間に体を割り込ませる。
「一つだけ」
そうして進もうとする彼女に、アレスは言った。
「僕らは、復讐の為に魔王を討伐するんじゃない。 それを、忘れないで」
真剣な瞳で彼女を見つめるアレスだけれど、彼女は目を逸らした。
スタンはそんな彼女に何か言いたげだったけど、結局黙る。
復讐の為に、魔王を討伐するのではない。
彼女が受け止めるにはまだ早い言葉かもしれない。
今は、きっと復讐の為に魔王を討伐する事しか出来ないだろう。
私は色んな事を知っている。
復讐は、とても辛く苦しく、そして楽な事だとも。
許す事が途方も無く辛い事だとも。
「受け入れる事」を、受け入れられない時も有る事も。
私は、出来れば誰かの復讐の為じゃなくて。
誰かを守る為の剣になりたいと、そう願った。
彼女に当たらない様に、私の刀身をそっとずらすアレスの手は、ほんの少しだけ力強さを増した様で、私は何だか悲しくなった。
二話連続更新です。
不定期更新&字数少な目すみません。
じっくりとすすめて行けたら、と思ってます。