-王城と庭-
更新です。
二話連続更新になります。
爽やかな風と共に、鳴り響く管楽器が空気を彩る。
花の香りが満ち、また華やかな空気が満ちたその庭は、人間で溢れかえっていた。
私は今は、アレスの腰に下がっているのではなく、何やら清潔な白い布の中に包められて、しわがれた暖かい手の中にいる。
ここは、私達が向かっていたこの国の王城の、その庭。
広々とした庭は、けれど隅々まで手入れが行き届いていて、美しさは格別だった。
管楽器の演奏はゆっくりと庭中に広がり、厳かな音ながら段々強く雰囲気を高め、そして人々のざわめきと共に勢いも増していっている。
一匹の蝶々が、私の傍をひらひらと飛んでいった。
私を掴んでいるしわがれた手の主は、その蝶々へ向けて優しい視線を送ると、今度は前を見つめて、そこに立っているアレスへ優しく微笑んだ。
綺麗な和音が大きくうねり、そして一層強く響き渡る。
一瞬の間の後、管楽器の音はぴたりと止んだ。
それに合わせて静まりかえる庭の雰囲気にぴったり寄り添うように、この国の王で有る彼は、静かに口を開く。
「ここに有るは、伝説の剣」
きっちりとした口調ながらも、端々に温かみを感じる声で王は言う。
広い庭で放たれたその声は、けれど確かな力強さを持って、人々の耳へ、私の刀身へ響き渡った。
「これを抜いたそなたならば、魔王を倒し、そして世界へ平和を齎す事も出来るであろう」
そして静かに、私の柄を、彼へ向けてそっと伸ばす。
「剣を取り、その小さき手で、悲しむ人々を救うのじゃ。 勇者………アレスよ」
王が言い、アレスが私の柄を握った途端に、庭にいた大勢の人々、そして息を顰めていた管楽器達が一斉に祝福の音を上げた。
その音に驚いたのか、花々から沢山の蝶々が飛び立ち、そしてひらひらと綺麗に舞っていく。
私はと言えば、相変わらず不安も有ったけれど。
そんな事よりも、この優しい王がこの国の王である事が、なんだか嬉しかった。
馬鹿な事だとは思いつつも、魔王もまた優しく、討伐する必要なんて無ければ良いのに、とも思ったけれど。
こん、こん、と、柔らかく敷石を踏む音が響き渡る。
きらきらと眩しく陽光を反射する噴水が、美しく庭を飾って。
ひらひらと鮮やかな蝶々が舞って、春らしく花の咲き誇る花壇を彩る。
敷かれた白石は上質で、幾度となく踏まれ風雨に曝されただろうその石は、未だに柔らかく陽光を跳ね返す。
鞘の隙間に空いた穴から見える王城は、とても綺麗だった。
先程まで儀式が執り行われていた一番王城に近い内側の庭は格別な美しさだったけれど、この外周壁に沿う庭も、とても美しい眺めだ。
私は彼の腰に吊られたまま、見ることの出来る精一杯の風景を眺めていた。
「……勇者、か」
あまり元気では無いけれど、どこか落ち着いた様子で、アレスは呟いた。
村長の言う通り王様に会って、大々的に歓迎されて二日間のお祭り騒ぎが起こって、最後に『勇者の儀』と言うのを執り行って、今こうして王城を去るところ。
美しいお城も、人柄の良い王様も、とても素敵な場所だった。
けれど私は……いや。
アレスとスタンは、向かわなくてはいけない。
魔王に苦しめられている人々の為に。
伝説の剣を抜いた、選ばれた勇者として。
それは覆らない事実だし、それに逃げてはいけない事なのだろう。
私も、魔王の噂は聞いていた。
飢饉を起こし、モンスターを操っては町や村を襲い、更には人の心まで操ると言う。
隣国での被害は大きく、またこの国でも辺境の土地などはモンスターや害獣からの被害が有る様だった。
この国の王の様に、温かみのある者だとは思えない。
そして、アレスもスタンも、その事を十分に承知している。
私達が立ち向かうに足る理由を持つ者だと、斬られても仕方の無いと言える相手である事を、十分に承知しているのだ。
例えそうでも。
それでも、アレスは私の柄を力強く握る事は出来ないのだ。
そして私も、彼の手に上手く馴染めるほど、しなくてはいけない事について、心は納得がいっていなかった。