-prologue-
ある日のうららかな昼下がり。
花が咲き始めたこの時期は、普段は寂しい私も少しだけ嬉しい。
ひらひらと周りを飛んでいた蝶々が、ふわりと柄にとまる。
私は何だかくすぐったくて、思わず柔らかな陽光をキラキラと反射してしまう。
蝶々はしばらくひらひらと羽を動かしていたけど、やがて飛んで行ってしまった。
私は少しだけ寂しかったけど、もう慣れてるから、平気。
森の中の、少し開けた小さな草原。
円を描く様にして草原を縁取る花達は、この静かな場所にお客さんを運んでくれる。
その花達に囲まれる様にして、一人ぼっちでいるのが私。
以前大雨が降った時、水たまりを見て分かった。
私は、一振りの剣でした。
私は、色々な事が分かっていて、そして私自身の事は知らなかった。
私は剣が何か知ってる。
剣は物を考えない事を知っている。
でも、じゃあ私は何なのだろう。
うんと考えても分からなくて、しばらくすると今度は寂しくなった。
一人ぼっちで喋れなくて、時々やってくる、花につられた小さなお客さんを見るのが毎日の楽しみ。
私は色々な事を知っていた。
剣が、いずれ錆びて、朽ちてしまう事も。
でも幾年月が過ぎようと、私はここにいる。
夜は綺麗な星を見上げて、昼は温かい風に吹かれて。
そんな毎日が続くと思っていた。
ずっと、一人ぼっちだと思っていた。
ふと、私は考え事をやめる。
ひらひら飛んでった蝶々が戻って来たわけじゃないけど、でも何かの音がしたから。
いや。
誰かの、声がしたから。
「―――ら、こっちだって!キラッって何か光ったんだってば!」
何だか騒がしく草原の中に入ってきたのは、それは生き物だった。
私は、それが人間だという事を知っていた。
でもそんな事より、彼が花を踏まない様に草原に入って来た事が嬉しかった。
「おい、待てって!……って、マジかよ…」
続けて入って来た人間も、やっぱり花を避けて草原に入って来た。
「…言った通りだろ?」
どうだ、と言わんばかりに頷く彼は、けれど自身も信じられない、という様な顔をしていた。
「……これって、アレだよな?」
後から来た人の方が、そう声を漏らす。
「そう思う……多分」
答える彼の言葉で、私はその時ようやく、彼等が何の事を話しているのかが分かった。
この時、私は彼等を小さなお客さんと同じ様に思っていた。
草原に訪れて、私の寂しさを紛らわせて、そして去っていく。
でも。
それは違った。
後から入ってきた人間の方が、唐突に私に歩み寄ってくる。
「これ……抜けるのか?」
ぐっ、と私の柄に手が掛けられた。
熱い!熱い熱い熱い!
酷く熱が伝わってきて、私は思わず体をフルフルと震わせる。
きぃぃ……、と周囲の空気との摩擦で私は甲高い悲鳴を上げた。
「うわっ!」
驚いた様に彼が手を離した事によって、私はようやく熱さから解放された。
「……駄目だ、あれ触れねえよ」
「凄い音がしたね……やっぱり、伝説の剣なんじゃない?」
声が聞こえてくる。
私は今の行動に対する後悔で一杯だった。
「すっげぇ冷たいし……それに、あの音、自分で震えて出してたんだぜ?……なんか、拒絶されてる気がした」
その通りだった。
私は、彼を拒絶してしまった。
私は、剣が人に使われる物だと知っている。
彼は、寂しい私を変えてくれるかも知れないのに。
きっと彼等も、興味を無くして帰ってしまうだろう。
私の気落ちに呼応する様に、曇っても無いのに陽光が少しだけ暗くなる。
そんな時。
「……試してみる」
「…ま、言うとは思ってたよ」
彼はゆっくりと、私の隣に立つ。
そうして、そっと手を伸ばした。
また熱いのが来るかと、思わず身構えた私だったけど。
「……冷たくないよ?」
暖かかった。
彼の手は、不思議と心休まる様な体温で。
ずぅ、と妙な音がして、私は自分の体が軽くなるのを感じた。
目線も上がっている。
「……抜けるよ?」
「おいおいマジかよ…」
やれやれと肩を竦め、首を振る彼がここからでも良く見える。
どうやら。
私は、この温かい手の持ち主に持ち上げられたようだった。
それが分かったと同時に、考えた事は二つ。
一つは勿論、この寂しい中から抜け出せる嬉しさ。
そしてもう一つ。
私は色々な事を知っている。
剣が、何かを斬る為に有る事を。
私は、そんな事も知っていたのだった。
けれど。
「軽いよ?それに……変な音もしないね」
何だか嬉しそうに私を眺める彼を見ていると、いつしかそんな不安は消えてしまった。
嬉しい事だけが、待ってると良いな。
私を照らす陽光も、心なしか明るさを増した様だった。
短編のつもりでした。
書き始めると、あんまり文章の巧くない序章が出来ました。
もうこのまま連載します。
頻繁な更新では無いですが、気に入った方はどうぞお付き合い下さいますよう。