真実
どれくらい時間が経ったのだろう?
私は気が付くと病院のベッドの上にいた。
「やぁ、お目覚めかい?」
白衣をまとった中年の男がやってきた。
「私は精神科医をしている田辺と言う者だ」
話しを聞くとここは私の住んでいる街からかなり離れた所にある総合病院らしい。
「驚くかもしれないが君は生きたまま体が腐ってしまう病気にかかっていたんだ」
私はそれなりに覚悟はしていたので驚かなかった。
「でも君はその病気のおかげで命が助かったんだ」
何を言っているのか理解出来なかった。
「君の住んでいた街の人々はある伝染病にかかっていたんだ」
田辺の話しによるとその伝染病にかかった人は体に何も変化は無いが2ヶ月ほど経つと突然死に至るらしい。
この病原菌は空気感染するらしく、感染者の半径1メートル以内に近づくと感染するらしいのだ。
まさか腐敗症のほかにこんな病気があったとは予想もしていなかった。
「私はなんで助かったの?」
「君は腐敗症にかかっていたおかげで体の中に入った病原菌が腐敗し感染をまぬがれたんだよ」
毒をもって毒を制するとはこの事だった。
「そうだ!お母さんは?お母さんはどこにいるの?」
「残念ながら我々が発見したときには既に亡くなっていた」
「そんな…亡くなった原因はなんですか?」
「腐敗症だよ。君はお母さんと普通に生活をしていたのかい?」
私は寝たきりだった母親の話し、生活費をどうやって稼いでいたか、そして夏休み中にだって会話をしていたことを詳しく話した。
「そうか…わかった。君はもう少し治療が必要だからゆっくり休んでいなさい」
そう言って田辺は病室を出ていった。
「どうですか?先生」
「完全に母親が生きていたと思いこんでいる。おそらく脳の部分が多少腐敗しているのだろう」
「そうですか…」
昼間だというのに不気味な雰囲気を醸し出している病院の通路で田辺と女の看護婦が会話をしていた。
その頃、私は自分が住んでいた街のことを思い出していた。
麻美も病気で死んでしまったのだろうか?
夏休みに入る前からみんなは既に病気にかかっていたのか?
あの異臭の原因は本当に自分の体内からしたものだったのだろうか?
その時、私はあることに気が付き医師を呼び出した。
「先生、私の体はもう治ったの?」
「あぁ、脳も腐敗していた為、記憶が少し混乱しているかもしれないが体のほうはもう大丈夫だ」
「そう…ですか…」
「心配しなくても大丈夫だからね」
そう言って医師は病室を出ようとした。
「あの…私の街のみんながかかった伝染病は?」
「あの病気についてはまだわからないことが多いが研究を進めているし大丈夫だ。君が心配することは何もないよ」
優しそうに微笑み、医師は病室を出ていった。
私は医師の言葉を聞き、言い知れぬ不安を抱えていた。
「病気についてはまだわからないことが多いが」
感染しても体に全く変化が無い。
私は麻美のことを思い出した。
「海に行ったからおみやげ買ってきたの」
「海に行ったから」
そう…その時既に麻美は感染していたはずだ。
いや、麻美だけでは無い。
夏休みに入ってからあの街の人々(感染者)はあちこちに出かけたはずだ。
私は幼いながらも頭を回転させ、ある仮説を立てた。
感染者には実はある特徴が出る。しかし感染者は感染者に現れた特徴に気付かないのではないか?
もし感染者には気付かない何かがあって感染者では無い者が気付くことがあるとしたら私は気付いているはず…
そう私は気付いていた。
この伝染病による恐怖はまだ終わっていない。
何故ならいつもと変わらずこの『異臭』は街中から漂っていたのだった。