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大人って、なんなんでしょうか

作者: マーク
掲載日:2026/05/31

泣いたあとはなんだか、頭が枯れたようです。

ただの頭痛なのですが。


幸せそうな人を見て、乾いた笑いが出ました。

笑えるようです。

あんまり嘘を吐くなら、本当を忘れそうです。



記憶を持ったまま、過去に戻ってやり直す作品がたくさんあります。

私は思います。

まだ発達しきっていない体で、それを覚えていられるはずがないと。

あの不安定な心を、経験だけで安定させることなど、到底不可能でありましょう。


子どもの頃、いつも、鬱陶しいと思っていたことがあります。

考え事をしていると、ある地点へたどり着いた瞬間、全て忘れてしまうのです。

どうにか覚えておこうと頑張るのですが、どうしても無理なのです。


今は、そんなことありません。

舌が鈍感になったり、映画館の音がうるさく感じなくなったり、思考がショートしなくなったり。

体というものに引っ張られることは、必然なのです。


つまりあれは、もしもでさえないほどに、フィクションなのでした。

さらに、一度目を馬鹿にしているのかと思うこともあります。


ですから、嫌いです。もう、大嫌いです。


今生きている子どもを、馬鹿にしているのでしょうか。

大人の快楽のために利用されることが、かわいそうでありません。

今、子どもに戻っても。

おそらく、もっと下手になることでしょう。

私も、あなたも。

思うように動かない体に困惑して。


精神は、独立では決してないのです。

自分の体に怒りを抱いて仕方がなかった私ですから、よくわかります。


成熟した子どもはどこか、不安定に見えます。

おとなしい子どもが、褒められる時代です。

おかしなことです。極端なことです。

体は未熟であるはずなのに、振る舞いはまるで、完成されたもののようです。


本当にそれは、大人になったと言えるのですか。

大人しいとは、本当にそれを言うのですか。


私は常々、思っています。

感覚、幸せの感じ方、悲しみの感じ方、どれも、少しずつ鈍感に、鈍っていく。

私がすべきなのは、幸福も、悲しみも、一番感じられる時期の子どもに、鈍った私の時間を費やすことだと。

その時間を、幸福で一杯にしてあげること。


それが、大人になることだと。


大人になるとはなんなのか、そんな話を、たまに耳にします。


どれもこれも、違うのです。


体の成長以外に、子ども、大人という分け方があるのなら。


これが、私にとっての答えなのです。

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