五話 柊ヶ丘町
コツコツ書いています。風景を説明するのは難しいですよね。
ぜひ感想や評価、お願いします。
「とりあえず、そんな真っ白なローブは目立つから何か羽織るものを貸すよ」
俺はクローゼットから上着を手に取る。無難な黒で、そこまで厚手ではない。中央にチャックのついたフード付きの上着だ。
「このローブはそれなりに自慢なものなんだけど」
「そうであっても、こっちの世界じゃそういうのは目立つ。とりあえずそれはハンガーにかけて、これを着とけば自然だよ」
彼女は少し不服そうに頬を膨らませたまま、着ていたローブを脱ぎ俺に渡した。ローブの下は濃い緑色の長い袖の服を着ていた。袖は大きく広がり、動くと大きく揺れる。
腰には茶色の革のコルセットを締め、その下には不揃いな形のスカートを重ねている。全体的に軽く動きやすそうな作りで、戦うための装いに見えるものだった。
まさに異世界の人が着ていそうなものだった。
「…なんか、地味な服ね」
「文句言うんじゃない」
袖に腕を通すと、手は指しか見えていなかった。少し大きかったようだが、これで少しは目立たないだろう。
「よし、そんじゃ行くか」
俺は水色のウォーキング用シューズを履き、彼女は先ほど脱いだブーツを履いた。ベージュのズボンの裾を上げ、ブーツの紐を慣れた手つきで締めていく。
俺が電気を消すと、廊下の明かりが消え、彼女は少し驚いた。
「な、どうやって光を消したの?」
「ん?このボタンを押すと明かりをつけたり消したりできるんだよ」
「そんな魔法が…」
彼女はボタンを凝視して、少し緊張しながら押した。パチっと明かりがつく。
「す、すごいわ」
ボタンを押す。廊下を見る。またボタンを押す。廊下を見る。明かりがついて、消えて。ついて、消えて。彼女は非常に興奮していた。
「この魔法、相当な…」
「遊ぶな、行くぞ」
俺は強引にフードを掴み、家の玄関を出た。
「さてと、どこに行こうかって言ってもリヴェリスはここを知らないよな。まぁ適当にぶらぶらしようか」
家を出てすぐに道路があり、俺はそこを左に曲がり歩き出した。
しかし彼女は家を出ても見慣れない景色に釘付けのようだ。
「…」
「リヴェリス?」
少し挙動不審にキョロキョロしている。彼女のいる世界にはないものがここにはたくさんあるのだろう。それに驚くのは結構だが、これだと散歩に何時間かかるか、先が思いやられる。
「これが、この景色がここの世界…」
「ほら、行くぞ」
俺は顔を向け、行く方向を指す。彼女は頷いて歩き出した。俺はただ単純に前を歩いているだけだが、彼女は周りを見てばかりだった。
ここ、柊ヶ丘町は田舎の町だ。ここは道路を中心に、周囲に色々な店があるが、大型ショッピングモールなどは全くない。
「あまりそっちの方行かないようにな」
「どうして?」
「車が通っているからな」
「くるま?車ってなによ」
「車っていうのは…」
俺はたった今、横の道路を走った白い軽自動車を指す。
「あの乗り物のことだよ」
「あれが車っていうものだったのね。馬車と比べると圧倒的に速いわね」
「そっちの世界には車はないんだな」
俺は彼女が初めて見るものに対して一つ一つ説明しながら歩いていた。その後、道路沿いから少し離れ、気に入っている道へ歩みを続けていた。
石畳の細い坂道が、古びた木造の家々のあいだを縫うように続いている。軒先には色あせた看板が揺れ、低い建物が肩を寄せ合うように並んでいた。人影はまばらで、老人が数人歩いていた。
「結構古い建物が多い感じに見えるわ」
「確かに、マンションではなく木造の家だからな。少し行けば田んぼが広がってて、その奥には村とかもある」
「これがこっちの世界の田舎なのね」
通る人々は、彼女の方を珍しげにちらりと見ることが多かった。赤髪に緑色の瞳を持つ女性などそう見ないものだから、見てしまうのも納得だ。
彼女は見られていることには慣れているのか、別に顔を隠す素振りもなく通る人々を見ていた。
「なんだか、みんな同じような服着ているわね」
「ん?どういうこと?」
「服にあまり個性が感じられないって言うことよ」
彼女は自身が着ている上着(俺のもの)を少し引っ張り、俺に聞こえる声で続けた。
「色とか、素材とか、柄とか、これと似ているものばっかと感じるの」
「そうなのか?」
「私の住んでいるクロムガルド王国は、海に面した貿易の中心地となる国なの。いろんな種族や人種が国にやってくる。人間だけじゃなく、獣人族や魚人とか。着ている服や持っているものが色々あるのよ。だからここは私の国と比べると似たものばっかって感じがする」
海に面した国というのはこっちの世界でも普通にあるが、獣人族や魚人はこっちにはいない。さすが、異世界。こっちの常識が通じる場所ではないのだろう。
「ここの世界には人間以外に言葉を理解できる生命は基本いないからな。獣人とかもいないし」
「獣人族がいないの!?人間だけ!?ありえない…」
さぞかし驚いたようだ。俺は少し笑いつつ、田舎道を歩み続ける。時折世話になる八百屋のお婆さんに手を振ったり、よく会うお爺さんと軽く会釈しつつ道を歩み続ける。
彼女はまだ先ほどの事実に驚きを隠せていないようだ。
道を数分歩いた後、俺はコロッケ屋にたどり着いた。よくお世話になっている店の一つだ。
俺は店主のおじさんに注文をした。
「おじさん、コロッケ二つ」
「はいよ。…ん?あれ、その娘は?」
「あ、彼女?彼女は…」
「彼女ぉお!?」
店主はコロッケを取ろうとする手を止め、カウンターをダンッと叩いた。
「お前、アツヒロ!彼女は居たじゃねえか!いおりちゃんがよぉ!」
「いおりちゃんは彼女じゃないし、この人も彼女じゃないって!いいからコロッケをくれよ!ほら!300円!」
コロッケ屋のおじさんは終始疑惑の目で俺を見ながら、レジ袋に紙袋に入ったコロッケを二つ入れてくれた。
「おめえ、いおりちゃんに殺されても知らんぞ」
「だからいおりちゃんは彼女じゃねえって!」
俺はさっさと袋を受け取って歩き出した。彼女は訳が分からないまま俺の後ろをついてくるように慌てて歩き出した。
レジ袋に手を突っ込み、紙袋を一つ彼女に渡した。
「ほら、食いなよ」
「これは?」
「コロッケ。そっちの世界にはないの?」
「ん…ころっけというものは聞いたことがないわね」
「肉や芋をつぶして、衣をつけて揚げたものだよ。うまいから食いな」
彼女は恐る恐る手に取ると、熱かったらしく、袋の端をつまんでいる。俺が紙袋を掴み、レジ袋をポケットに押し込み、テープを切って袋を開けた。彼女もそれを真似して開けてみると、こちらに振り向いた。
「毒とか、入ってない?」
「店で毒を売る奴がいるか。ないから食ってみな」
彼女は再度凝視すると、ゆっくり口に入れて噛んだ。思ったより柔らかいことに驚きつつ、味を確かめているようだ。
「どうだ?」
「…おいしいわね」
「そうか。そりゃよかった」
その後も俺と彼女はコロッケを食べながら道路から外れた道を歩み続けた。少し田んぼの方へ行き、整備された森の道も抜ける。ちなみに彼女の方が食うのが早かった。
そして、川が見えてきた。建物も少なくなり、ただ川が流れている。この柊ヶ丘町を通る川。田んぼと森が見える場所まで歩いた俺たちは、川の上の橋に立ち止まった。
「星見川だ。向こうの山の間の方から流れている。川に沿って山道を上に行けば、星が見える展望台があるんだ。だから、星見川」
春の風を感じつつ、小鳥のさえずりや虫の鳴き声が川のせせらぎとともにこの空間に流れる。桜の花びらが、川沿いに生えている桜の木から落ちていく。花びらは川に乗って、そのまま流れていった。
「いい場所だろ?静かだし、山も川も綺麗だ」
「そうね。綺麗な場所ね、この世界って…」
彼女の眼は、少し寂しそうだった。
「こっちの世界はすごく平和なのね。私の住んでいた場所とは、違うみたい」
「リヴェリスのいた世界は、平和じゃないのか」
彼女は自身の上を舞う桜の花びらを見ながら、答えた。
「平和って…わからないの」




