三話 さよなら
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「…え?」
俺は抜けた声を出し、彼女の言葉を繰り返した。
「君自身を…召喚した?こっちに?」
「はい。私は、私自身をこちらの世界に召喚したようです」
俺は開いた口が塞がらないまま、頭を抱えた。非現実的すぎることを目の前に、前例がないこの出来事をどう処理すればいいのかわからなかった。
「そう…か。そういうことって、よくあることなのか?」
「いえ、初めてです。召喚魔法で、自身が転移することなど今までありませんでした」
「そうなんだ…。あ、いや、そっちの世界の事情はよくわからないからどう反応すればいいのか…」
「この世界には、魔法というのはないと本で聞いていましたが、やはりないのですか?」
向こうの質問に反応し、俺は考えを処理していた脳をパッと切り替える。
「うん、こっちの世界にはそんなものはないよ」
「やはり…そうなのですね」
彼女は顎に指をあて、何か考えているようだ。いや、記憶をたどっているようにも見える。
目線を下に向けたまま、彼女は口を開いた。
「魔法がないというのは、考えられない常識ですね。しかし、本当にないとは」
「あ、あのー」
リヴェリスはハッとして、こちらに視線を戻してくれた。俺は頬を搔きながら彼女に聞いてみた。
「まぁ、色々聞きたいことはあるんだけど、とりあえずこっちの世界に来れたということは、向こうの世界にも帰れる手段はあるっていうことだよな」
「それは…そうですね。こっちに来たのならば、向こうにも帰る方法はあるはずです」
俺は安堵して息を吐き、彼女に向き直った。
「なら、ほら。本来ここに来るはずじゃなかったのなら、帰った方がいいよ。幸い、俺しか見てないし、俺もこれ以上何も聞く気はない。物も盗んでないようだし、早く帰りな」
俺の部屋は少し彼女に無茶苦茶にされたが、まぁそれは別に怒るほどのものでもない。
向こうにも何かしらの事情があるようだし、むやみやたらに怒るもんじゃないはずだ。
「優しいんですね。タチキさんは」
「いや別に…」
微笑んだ彼女の顔が、非常に整った綺麗な笑顔でちゃんと見れなかった。
「ならば、帰ることにします。同じ手法で帰ることができるかもしれません」
彼女は席から立ち上がると、先ほど俺にちらりと見せたあの深紅の装飾がされた剣を召喚し、刀身を柄を持つ手とは逆で支えていた。
俺は人類史上初の、魔法を見る人になるわけだ。
「ここで、こちらに来た際と同時に、召喚魔法をします」
「…誰かがここに召喚されなければいいけど」
「それは、あ…保証できませんが、きっと大丈夫です」
一気に不安が込み上げてきた。リヴェリスの召喚魔法とは、きっと誰かを召喚するための魔法だろう。ここでそれをして、全くの他人をここに呼ばなければいいが。
リビングの中央に移動すると、彼女は持っている剣を逆手で持ち始める。両手で剣の先を床に向けると、それを優しく床につける。幸い彼女の立つ場所はマットが敷いてあるのでフローリングに傷はつかないだろう。
「行きます…」
彼女はゆっくり目を閉じた。俺は迷惑をかけないようダイニングで座ったままその様子を眺めているだけだ。
息を吸うと、今までの彼女の声とは違う、一段と低い声で言葉を言い始めた。
「フィアラ、セラディオン、メルディオス、ルミナリク、サリエンダ、ヴェルディアード、賢者の名のもとに我リヴェリスが冀う」
突如、彼女の剣を中心に床に円形が現れる。赤い光を放ち、空気には小さな赤い光の粒が舞っている。円形は外から中へと徐々に模様を描き、規則的なものから不規則なものまでを描き続ける。
これが俗にいう魔法陣というものだろうか。当の本人も赤いオーラを放っている。
「世界の礎を担う異界の使者よ。この声に応え、今ここに顕現せよ」
その言葉を最後に、光はさらに強く輝く。俺は目を細め、その景色を見ている。これが、魔法なのか。
その眩しさが続いたのは10秒ほどか。彼女の言葉はあれを最後に、何も言わなくなった。
徐々に魔法陣の光が弱まっている。宙に舞う光の粒も次々と消えていき、部屋は普通の色に戻っていく。
「…あ」
彼女はその場にもういなかった。あのセリフを聞くと、誰かを召喚しそうな勢いだったが、どうやら同じように彼女自身をもとの世界に転移させることに成功したようだ。
「…消えた。本当に…魔法なんだ」
彼女がいた形跡はまるでない。今の風景をスマホにでも撮っておくべきだったか、と俺はおでこをたたいた。
席を立つと、もう一度リビングを眺める。俺は息を吐いて、何もないリビングに言った。
「さよなら、リヴェリス」
静かに、何かに祈るように言った。短い間だったけど、人生で一生忘れられない体験だった。ありがとう。
俺がそう思った―次の瞬間。
ボォオンッ!
「ッ!?」
俺はなぜか聞き覚えのある爆発音に振り向いた。その方向も、はじめて聞いた時よりスムーズに振り向けた。俺の部屋だからだ。
口をあんぐり開けて、俺はデジャヴを感じながら部屋に向かった。包丁も持っていない。なぜか、持つ必要がない気がしたのだ。
先ほどよりも警戒を解いて、部屋の方へたどり着く。俺はドアノブを握り、ゆっくりとドアを開けた。
「…」
「…あの…ここはど…あ」
見覚えのある。いや、さっきまでここにいた赤髪の女性がそこにはいた。次は俺のデスクチェアを壊しやがった。
「何してんだ、リヴェリス」
「…どうやら、帰れないようです」




