人を食う雲
雨を傘で防ぎながら歩く
夏の夕立で走りながら、家を目指す人々
雨が降ると言っていたじゃないか
周りの奴らはどこか楽しそうで、自分には目もくれず走り去っていく。
「………」
家に着いても誰もいない
これで1週間連続か
両親は2人とも浮気をしている
お互いがお互いの浮気相手の家に寝泊まりするので、家に帰ってくるのなんて一週間に一回ぐらいだ
自室のドアを開け、制服をハンガーにかける。
僕は周りの青春を楽しんでいるようなバカとは違う
一刻も早く社会に出て自分一人で生きていけるようになりたいのだ。
あんな奴らの世話になんかならないために
……ポチャン
僕は世間一般的に見ればただの陰キャだ
ポチャン
だけど違う、自分の欲に溺れて自分をダメにしていくような猿じゃない
ポチャ……
友人と遊んで、恋人と愛をはぐくんで、泣いたり笑ったり……
ポチャン
「水……」
ふと上を見上げると、黒い雲が僕に向かって水を落としていた
「っ!」
咄嗟に座っていたベッドから飛び降り、部屋を出る。
「ちぇっ、もうすぐで取り込めたんだけどな〜」
部屋の中から声がする
誰の声だ…
「入りなよ、仕留め損ねた人間に用はないよ」
恐る恐るドアを開けると腰の高さぐらいに、さっきの雲があった。
「僕に何をした」
「何って食事だよ、食事」
「僕を食うのか?」
「もちろん、けど久しぶりだな〜、食べられなかったの」
雲が、しゃべっている
ありえないが、目の前に起きている事実だ
どこから声が出て、声帯がどこにあるのかも気になったが、そうじゃない
雲が人間を食う?
それに食い損ねたってことは……
「何人食った?」
「さぁね?『君は食べたパンの枚数覚えているのか?』ってね」
すると雲は壁をすり抜けて、空にただよう雲の中に入っていった。
昨日、雲が帰ったあと部屋がびしょ濡れになったが、いい機会だと思い、部屋を1度掃除してみた
「おい、邪魔だよ」
なら、去年なくしたシャーペンの底の蓋を見つけることが出来た
「ちっ、ブサイクが近寄んなよ」
「目障りなんだよ」
にしても昨日の雲はなんだったのか…
「聞こえてんのかブス」
「ここにお前の居場所なんてねーんだよ」
「…………」
クラスの雰囲気は最悪
カースト上位がある生徒をいじめ
ほか生徒はそれを見て見ぬふり
以前いじめを密告したものがいたが、教師は動かず、密告者があぶりだされ、その生徒もいじめにあい、不登校になってしまった。
ほんと反吐が出る
これで6人目か…
昼休み
屋上前の階段で、いじめられている生徒を見つけた。
目は虚ろで、何かを呟いている。
無理もない、精神的、肉体的にも来るものがあるだろう
たが頑張ってくれ、僕が被害に合わないためには、君がいじめられ続ければいいのだ
「………?」
彼女の頭上に、黒いモヤがかかる
何か、すごく、既視感のあるような……
モヤは次第に大きく、濃くなり、そして
バジュン
彼女は食われてしまった
黒い雲は窓をすり抜けて、空に消えていった。
間違いない、昨日見たあの雲だ
本当に人を食った
僕は力なくその場に倒れ込んでしまった。
人が目の前で食われたこと、自分がギリギリの瞬間で助かったということ、いじめのターゲットが自分になるかもしれないという恐怖
色んな感情と事実が入り乱れ、脳が混乱している
この場から離れようという結論に至ったのは、また少し先になってからだった
人が食われる光景を見てから
事態は悪い方向に転がり始めた
「ちっ、使えねーゴミがよ」
「あいつと一緒に、お前も死ぬか?」
「あいつが居なくなったのが運の尽きだな」
いじめの標的が僕になった。
この立場になってわかった
周りからの視線がどれだけ苦痛か
見ているのに何も言わない
助けを求めようにも、声が出せない
周りの雰囲気というものはとても強力で
一切の動きが封じられたまま
ただ一方的に殴られているようなもので
苦痛の一言ではとても表せない
相変わらず、家には誰もおらず、お金も底が見えている
頭が…
痛い……
家に帰る途中
ベンチで黒い雲を見つけた
この雲は、この世に絶望している人の上に現れるようで、不安を堂々巡りしているうちに食ってしまう
と、言うのは勝手な考察だが
「ちょっと、いいですか?」
話しかけて、応じれば雲は少し晴れて、食われることもなくなる
「え、えぇ…」
「大丈夫ですか?」
「ちょっとね……」
パッと見、僕とあんまり年齢的には変わらないようだが、容姿は僕と全く違い、イケメンだ
「彼女が…いてね」
「自慢ですか?」
「その逆だよ、苦痛でしかないんだ」
「苦痛?」
「あぁ、彼女は僕のことをとても好いてくれているんだな、けどそれだけなら良かったんだ」
「と言うと?」
男は1枚の写真を見せる
「これが彼女」
「っ!」
写っているのは、男と、俺をいじめている奴
それも主犯格の女……
「見覚えあるでしょう……彼女の素行がとても悪く、人様に迷惑をかけていると知って……」
「………」
なんて出来た男だろうか
彼女の行動を自分の非だと捉えているそうだ
あんな奴にはもったいない男だ
「僕はどうすれば……」
ふと思った
この男が雲に食われるのはもったいない
あの女が持つにしてももったいない
少し復讐の意味も込めて
「別れればいいんじゃないですか?」
「別れる……」
「なら彼女さんも反省するか、あなたの心の負担も減るでしょう」
間違ったことを言っている
正解は分からないが、間違いであるというのはわかる
だが苦しんでる時こそ、どんな言葉でも正解に聞こえるもの
「………わかりました、心苦しいですが、彼女のため心を鬼にします」
「頑張ってくださいね」
「ありがとうございます!」
少し変なやつだったが、頭上にはモヤひとつも無い、まさに快晴だ
翌日、僕へのいじめは加速して行った
理由は簡単、女が振られたからだ
因果応報としかいいようがないが、そこは頭のネジが外れた馬鹿女
皆目見当もつかないという様子で、僕を罵り、暴力を振るう。
少し清々しい
自分の行動で、相手をここまでやったのだから
だがそろそろ限界だ
頭上には大きな雲が
「迎えだねぇ」
だが雲は一向に食べようとしない
雨を降らせるだけで、食おうとはしない
「なぜ食わん、食事があるぞ?」
「わがままで悪いけど、お前のこと嫌いだから溺死させることにしたよ」
は?
「出来ると思ってるのか?」
「舐めるなよ」
二分後
水の深さは身長をゆうに超え、天井まであとわずかだった。
「………つまんないの」
すると、するする水が抜けていく
「どうして?溺死させるんじゃなかったのか?」
「俺たちは絶望のどん底にいるやつを食うのが大好きなんだ、けどお前は絶望なんかこれっぽちもねぇ、むしろ死んでラッキーって思ってるだろ、そんなやつ死にも値しない」
「何様だよてめぇら」
「じゃあな」
雲はどこかに行った
しかし、依然として水位は上がっていく。
色は汚い緑
色んな人の負の感情が水に溶けあい、皮膚を伝って来る
あぁ最悪だよ
ほんとに




