夏休みの思い出〜さくら公園のプール その2 『村八分』
僕の住む地域の小学校では毎年7月5日以降にプール学習が始まり、夏休み前までに通常3回ほど実施される。(7月5日は毎年近隣地域一帯の海水浴場の海開きの日だったから。え?それが根拠なの?・・・知らない・・・。)
前回で説明した通り、さくら公園のプールまで集団で徒歩移動し片道10分以上かかるため、着替え時間を含め午前中、若しくは午後からの授業の半分(2時限)以上使っていたと記憶する。
プール学習が終了したら直ぐに待望の夏休み。苦手な勉強から開放されるバラ色の日々が待っている筈だった。だがこの年はいつもと違っていた。
一生記憶に残る傷跡を残す事件が起きたから。
事件はプール学習前の6月中旬に起きた。
僕はクラスの友達、3バカトリオと放課後の帰宅前にグランドで15分程あの当時のマイブームだった『線飛び』でひとしきり遊んでから帰るのが日課だった。
どうして『線飛び』?それは特別な器具など不要だから。地面に石ころで線を引き、4〜5人で決められた歩数をジャンプしながら距離を競う。ただそれだけの単純な遊びであり、お手軽だった。けれどもその分、熱中するし面白さが加熱する。
典型的男の子の遊びだった。
三本木と筒井、それに佐藤(以上、3バカトリオ)プラス僕。
それがいつものメンバーだった。
その日の僕、その後には家の用事が待っていて、いつもより少し早く帰宅しなければならない。
三本木たちに「家の用事があるから先に帰るわ。じゃあな!」「えぇ?お前が抜けたら人数が減って面白くないだろ!大体、お前の他のいったい誰にビリになれって言うんだ?」
「じゃかましい!この僕を万年ビリみたいに言うな!この三本木ビリ男が!今日は母ちゃんが所用で出かけるから、幼い弟たちの面倒を僕に見ていて欲しいんだってさ。分かったか!そういう訳で。それじゃ、バイ!!」、「バイ!!」残りの3人は珍しく聞き分け良く分かった!と手を振り合ってくれた。
こうして僕はひとり戦列から離れた。
帰り道、グランドを抜けて校舎裏の敷地脇の道の先に学校の小さな物置が見える。
いつもならただ通り過ぎるだけの物置前だったが、その時は違った。
何と、その物置の屋根の上に、ひと学年上の上級生たち三人が居たのだ。ある者は立ち、ある者は胡座をかいている。彼らは何をしている?どう見ても何か理由があって登っているようには見えない。と言うか、単なるろくでなしだろ?
僕は彼らと目を合わせないように下を向き、通り過ぎようとした。すると屋根の上で仁王立ちしている上級生の不良が僕に声をかけてくる。
「よう!お前、俺たちに挨拶無しで通り過ぎるつもりか!」他のふたりはニヤニヤしている。僕に緊張が走った。
「ヤァ!」僕は手を挙げ言った。(緊張はしていたが、当時の僕は怖いもの知らずのバカだった。)
「ヤァ!だ?お前、先輩に向かってその生意気な態度は何だ!ちょっとこっちに上がってこい!」
「ヤダ!」
「ヤダじゃない!来い!」
「用事があるからダメ!」
「来いったら来い!」仕方ないから物置のふもとで立ち止まる僕。
「ほら、来た。」
「お前、ホントに生意気だな!ほら、そっちの壁側にハシゴが掛けてあるから、そっから登れ!」
どうしよう?物置の屋根なんかに登っていたら、きっと先生に叱られる。
「そんなとこ居たらきっと叱られるよ。」
「黙れ!来い!」
どうしたものか・・・?無駄に逆らうのも何だし、登るフリだけするか。仕方ないのでハシゴの半分だけ登り立ち止まる。
「僕はこれから母ちゃんの言いつけで帰らないといけないんだ。もう、これでいいでしょ?」
すると突然、少し離れた校舎裏口から同じクラスの優等生「大野悟」の喚く声が。
「あぁ、い〜けないんだ、いけないんだ!物置に登ったらダメって言われてるのに。
先生に言ってやろ!」
僕は助かった!と思った。
上級生たちは渋々降りてきたから。大野悟の告げ口攻撃は絶大な効果があるな。と心から関心した。
翌日の朝。授業の前の朝礼の時間の事。
あの大野悟が担任の工藤先生(男)とクラスの皆んなの前で手を挙げた。
「先生、昨日の放課後過ぎに『僕君』が禁止されているのに裏の物置の屋根に登ってました。」
「僕君、それは本当か?」先生の目が鋭く僕を睨む。クラス中の視線が僕に集まる。
全く予想外の大野悟の告げ口発言に僕は昨日同様、またしても緊張した。
悪い事に僕は緊張したりパニックになると、吃音の癖が出てくる。更にあまりの緊張で自分の考えや主張を整理して言葉に発する能力が著しく損なわれてしまう。要するに、適切に自己弁護が出来なくなってしまうのだ。
「ぼ、ぼ、僕は登ってません!」
「イイや、僕君は屋根に登ってました。僕はしっかりこの目で見ました!」
「え、えぇと、ぼ、僕が居たのは物置に立て掛けられたハシゴの途中だったろ!や、屋根の上に居たのは上級生たちだったのを大野君も見ていたはず。な、そうだろ?そんな酷いウソをつくな!」
「僕は上級生たちなんて見ていません!居たのは僕君だけでした。先生、皆さん、絶対に僕君だけが屋根の上に居ました。」
こ、こ、これじゃ、公開学級裁判じゃないか!
僕は自分が窮地に追い込まれたのを知った。大野悟は底意地悪そうに薄笑いを浮かべている。僕は嵌められたのだ。
あいつは優等生で先生の覚えもめでたい。でも少し人を見下したクールと言うより冷酷なところもあり、平気で告げ口をしたり、人を貶めるところがある。
だけど、ありもしない罪をでっち上げてまで僕を陥れるなんて・・・。僕があいつに何をした?恨まれたり、悪感情を持たれるような動機に全く心当たりが無かった。
もちろん僕はあいつの出鱈目で理不尽な主張を認める訳にはいかない。
工藤先生はそんな堂々巡りの状態に陥った事で、事態に介入してくる。但し、決して公平な目で見てくれているとは言えない。
「双方の言い分は分かった。そしてその言い分が食い違っているという事も。これはどちらかがウソをついているのかもしれない。大野君は上級生なんて見ていないと言うし、僕君はいると言う。しかも屋根には登っていないとも。
この食い違いと矛盾を即座に解決するには一番効果的な方法がある。僕君、分かるね?僕君が言うその上級生たちを先生の前に連れてきて、僕君の証言を証明させるんだ。ウソをついていないと言うのならそれで全て解決だ。分かったね。君が正しいなら造作もない事だろう?逆にもしその場逃れのウソをついているなら、それは先生とクラスの皆んなの信頼にに対する重大な裏切り行為だ。
さぁ、今日の休み時間からでもその彼らを見つけて連れてきなさい。
それまでクラスの皆んなは僕君と関わってはいけない。話してもいけない。一切の交流を禁止する。皆さん、分かりましたね?僕君に話しかけては絶対にダメです。
それではこの話題はこれでおしまい。授業に入ります。」
こうして僕のクラス全体を巻き込んだ『村八分』が始まった。
もちろん狭い学校(各学年6クラス)では、幾度もあの上級生たちを眼にする機会はあった。時にはすれ違う事さえも。僕が彼らの顔を忘れているはずもなく、事情を話して先生の前に連れて行く事も・・・なんてできる訳ないだろ!相手は年上、しかも僕の話に素直についてきてワザワザ先生に怒られるなんて考えられない。
僕も自分の保身のために彼らを売るなんてできないし、訴える勇気もない。
どうしたものか・・・・。答えも出ずにウジウジしながら時ばかり過ぎた。
その間、先生の命令もあり、誰も僕に話しかけてこなかった。時々いつもの悪友たちが目配せしたり、そっと手や肩に触れて「頑張れ!」と言う意味で密かに応援してはくれる。でも、それを除いたら完全に孤立していた。学校でも、家に帰ってからも。(通常は家に帰ってからが遊びの本番だった。今は誰も遊んでくれない。)
こんな事、親には言えない。先生に信じて貰えないし、クラスの皆んなにも信じて貰えない。自分の人望の無さに泣けてきた。
だって僕だけが村八分処分を喰らい、一方の大野悟は何のお構いも無し。両成敗から激しく逸脱したエコ贔屓に、僕は一生涯残る精神的な傷を負った。
今日も屈託なく楽しげに過ごす大野悟が、本気で恨めしく思った。
贔屓した理不尽な工藤先生も。
やがて相変わらず村八分は続き、7月に入って最初のプール学習が始まった。
つづく