4-1 ねえ筋肉、教えて。これってもう恋ってことでいいかな――!?
◆
部室でマッサージを受ける。
「うぎゃああああ……っっ!? そこ違うっ! もはや急所ぉぉぉ……!!!」
助けを求めて、れなこに振り向くけど、容赦などない。
無表情のまま、肘をぐりぐりと太ももの裏に押し当ててくる。
「は〜い、深呼吸~。向こうみずに全力疾走して、全身バッキバキなひなたにぃ〜。スペシャルれな式“乙女の涙”コースで〜す♪」
「“涙”っていうか“悲鳴”だから!! ねえれなこ、友達だよね!? 人道的マッサージして!!」
「……れなねぇ、思うの。ひなたの筋肉って、ぜったい反省してないって」
「筋肉に反省って何っ!? 何その宗教的マッサージ……! あと声が怖いんだけどっ!!」
「あ〜あ〜、筋肉が言ってるよぉ〜? “まだイケます、もっと締めてください”って!」
「言ってないぃぃぃぃ!!!」
どれだけ悲鳴を上げて、のたうち回っても、一切手加減してくれない。
「さんざん待たされた分、たっぷりやるからねぇ〜! 筋肉はねぇ、泣かせてこそ育つのぉ〜!」
「泣いてるの、筋肉じゃなくてあたしぃぃぃぃぃ……っっ!!」
――でも。
どんなに痛くても、今日は……幸せだ。
「……ふへへへへ。あいただだだ」
「ちょっと。ひなた~? やっぱり筋肉が反省してないな~! メニュー追加~っ!」
「ぎゃぁぁぁぁーーーっっっ!!?」
部室中に響き渡る奇声と悲鳴と友情(物理)。
地獄の”乙女の涙”コースを終えて、部室の床に大の字で倒れ込む。
ひくひくと痙攣する太もも。泣きたい。いや、ちょっと泣いている。
「……れなこ、あたし、明日走れるかな……」
「うーん。走れるよ? 四つん這いでなら♪」
れなこがようやく笑った。けど、それは悪魔が羽を休めているだけの顔だった。
うう……。
渡してくれた、冷えたペットボトルをほっぺに当てる。
天井を仰ぐ。
(……ふふふ)
体じゅうが痛いのに。
さっきから、顔がゆるむのが止まらない。
口角が勝手に上がってしまう。
……どうしよう、あたし、壊れちゃったのかも。
(……だって、先輩と……)
静かな旧図書室。
先輩との時間。
お米のやさしい味。あたたかな味噌汁。ちょうどいい塩味。
お茶のコップを受け取ったときに。
ほんの少しだけ、先輩の指に触れた――。
「……ふへへへへ……っ」
「あ〜っ! また、変な笑い方してる~。乙女の涙が足りなかったかなぁ〜?」
「いやいやいや、もう十分っっ!! たっぷり堪能したから!!」
れなこから逃れるように、ずるずると床を這って距離をとる。
追ってこないのを確認して、壁に背中を預けた。
……じわじわとこみ上げてくる、さっきの記憶。
すらりと伸びた指先。
白くて細くて、爪の先まで綺麗で。
その指が、ほんの少し、震えた。
あたしと触れた一瞬だけ。
ひんやりしていて、まるで透き通るような感触だった。
冷たさの奥に、かすかに隠れた体温――。
たぶん、あたしだけが気づいた。
九条先輩の、そんな温度。
……。
「……これ、もう恋だし……っ」
ぽたり、とペットボトルの水滴が腕に落ちる。
冷たい。
けど、それよりも胸の奥の熱のほうが、ずっと強い。
目を閉じる。
先輩の残像が、まぶたの裏をよぎった。
「……ねぇ、ひなた?」
「……何」
「ほんとにまっすぐだよねぇ。ひなたって」
言葉が、優しく落ちてきた。
からかいじゃない。
そっと背中を押してくれるような声だった。
「今日のひなたは、いつもの“走るときの顔”じゃなかったなぁ~?」
「……うるさいなぁ。どんな顔よ、それ」
「え~? れなのよく知る顔だよぉ」
れなこは、はにかみながら言う。
「前だけ見て、余計なこと考えないって感じ? ……今の顔も、いいと思うよぉ」
……れなこはずるい。
そんなことを言われたら、何も言い返せない。
言葉の代わりに、あたしはただ、ポカリを一口飲んだ。
「れなは止めないからねっ。むしろ……全力応援コース入りま~す♪」
「……ありがと。れなこ」
「ふふ。マネージャーだし♪」
冷たいポカリが、全身にじんわり染みていく。
だけど――。
胸の奥の熱は、まだまだ冷めそうになかった。