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4-1 ねえ筋肉、教えて。これってもう恋ってことでいいかな――!?


 部室でマッサージを受ける。


「うぎゃああああ……っっ!? そこ違うっ! もはや急所ぉぉぉ……!!!」


 助けを求めて、れなこに振り向くけど、容赦などない。

 無表情のまま、肘をぐりぐりと太ももの裏に押し当ててくる。


「は〜い、深呼吸~。向こうみずに全力疾走して、全身バッキバキなひなたにぃ〜。スペシャルれな式“乙女の涙”コースで〜す♪」

「“涙”っていうか“悲鳴”だから!! ねえれなこ、友達だよね!? 人道的マッサージして!!」

「……れなねぇ、思うの。ひなたの筋肉って、ぜったい反省してないって」

「筋肉に反省って何っ!? 何その宗教的マッサージ……! あと声が怖いんだけどっ!!」

「あ〜あ〜、筋肉が言ってるよぉ〜? “まだイケます、もっと締めてください”って!」

「言ってないぃぃぃぃ!!!」


 どれだけ悲鳴を上げて、のたうち回っても、一切手加減してくれない。


「さんざん待たされた分、たっぷりやるからねぇ〜! 筋肉はねぇ、泣かせてこそ育つのぉ〜!」

「泣いてるの、筋肉じゃなくてあたしぃぃぃぃぃ……っっ!!」


 ――でも。

 どんなに痛くても、今日は……幸せだ。


「……ふへへへへ。あいただだだ」

「ちょっと。ひなた~? やっぱり筋肉が反省してないな~! メニュー追加~っ!」

「ぎゃぁぁぁぁーーーっっっ!!?」 


 部室中に響き渡る奇声と悲鳴と友情(物理)。




 地獄の”乙女の涙”コースを終えて、部室の床に大の字で倒れ込む。

 ひくひくと痙攣する太もも。泣きたい。いや、ちょっと泣いている。


「……れなこ、あたし、明日走れるかな……」

「うーん。走れるよ? 四つん這いでなら♪」


 れなこがようやく笑った。けど、それは悪魔が羽を休めているだけの顔だった。

 うう……。

 渡してくれた、冷えたペットボトルをほっぺに当てる。

 天井を仰ぐ。


(……ふふふ)


 体じゅうが痛いのに。

 さっきから、顔がゆるむのが止まらない。

 口角が勝手に上がってしまう。

 ……どうしよう、あたし、壊れちゃったのかも。


(……だって、先輩と……)


 静かな旧図書室。

 先輩との時間。

 お米のやさしい味。あたたかな味噌汁。ちょうどいい塩味。

 お茶のコップを受け取ったときに。

 ほんの少しだけ、先輩の指に触れた――。


「……ふへへへへ……っ」

「あ〜っ! また、変な笑い方してる~。乙女の涙が足りなかったかなぁ〜?」

「いやいやいや、もう十分っっ!! たっぷり堪能したから!!」


 れなこから逃れるように、ずるずると床を這って距離をとる。

 追ってこないのを確認して、壁に背中を預けた。

 ……じわじわとこみ上げてくる、さっきの記憶。


 すらりと伸びた指先。

 白くて細くて、爪の先まで綺麗で。

 その指が、ほんの少し、震えた。

 あたしと触れた一瞬だけ。

 ひんやりしていて、まるで透き通るような感触だった。

 冷たさの奥に、かすかに隠れた体温――。

 たぶん、あたしだけが気づいた。

 九条先輩の、そんな温度。

 ……。


「……これ、もう恋だし……っ」


 ぽたり、とペットボトルの水滴が腕に落ちる。

 冷たい。

 けど、それよりも胸の奥の熱のほうが、ずっと強い。

 目を閉じる。

 先輩の残像が、まぶたの裏をよぎった。


「……ねぇ、ひなた?」

「……何」

「ほんとにまっすぐだよねぇ。ひなたって」


 言葉が、優しく落ちてきた。

 からかいじゃない。

 そっと背中を押してくれるような声だった。


「今日のひなたは、いつもの“走るときの顔”じゃなかったなぁ~?」

「……うるさいなぁ。どんな顔よ、それ」

「え~? れなのよく知る顔だよぉ」


 れなこは、はにかみながら言う。


「前だけ見て、余計なこと考えないって感じ? ……今の顔も、いいと思うよぉ」


 ……れなこはずるい。

 そんなことを言われたら、何も言い返せない。

 言葉の代わりに、あたしはただ、ポカリを一口飲んだ。


「れなは止めないからねっ。むしろ……全力応援コース入りま~す♪」

「……ありがと。れなこ」

「ふふ。マネージャーだし♪」


 冷たいポカリが、全身にじんわり染みていく。

 だけど――。

 胸の奥の熱は、まだまだ冷めそうになかった。


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