表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/50

3-3 “赤くなったら終わり”って言ったのに、先輩、赤くなっているんです。

 あたし、一体、何を。

 ……。

 さあっと血の気が引く。


「……あの……えっと……あれ。今の、聞こえてました?」


 自分でも苦しすぎる言い訳だと思う。

 先輩は、涙を拭ききれないまま、少しだけ睨むようにこちらを見つめた。


「ほんと……ばか。……大声で、そんなこと……」


 ずんっ。

 心の気温、体感マイナス10度。

 後悔と恥ずかしさで内臓がねじれる。


「ち、ちがっ、……違うんです!! そんな、ストーカーとかじゃなくてっ! たまたま、偶然、必然、運命っ!!」

「……それ、余計アウト」


 ズバズバ刺さる。もう止血できない。

 先輩は、そっと、耳にかかる髪をかき上げた。

 露わになった耳が、はっきりと赤い。


「……ていうか先輩っ、顔すっごい赤いですよ……!?」

「……あなたのほうが赤いわよ」

「いやいやいや、先輩こそっ! だって耳まで真っ赤ですよっ!」

「赤くなったら終わり。わたしが赤くなるわけない」


 ――なってるなってる! もう完っ全に真っ赤ですからっ!!

 首筋まで染まってるの、ちゃんと見えてますからね!?

 強がってるのが、また、ずるい。

 廊下ですれ違うときは、あんなに無表情だったのに。

 しみひとつない、まるで雪のような肌が。

 あの完璧なキャンバスが。

 今は照れと戸惑いの赤で、塗り替えられている。

 悔しそうに視線をそらして、ちょっと拗ねた、その顔が。

 可愛すぎて、反則なんですってば……っ!!


「……食べたいんじゃなかったの?」


 ぽつりと、先輩が呟いた。


「……え?」

「だって昨日、ずっと見てたでしょ」


 先輩が、机の上に視線を落とす。

 おにぎりがふたつ。水筒もふたつ。

 綺麗な指で、重なったコップをひとつ手に取った。

 水筒の蓋を開けると、香ばしい匂いがふわっと広がる。

 とぷとぷと音を立てて、コップに注ぐ。……具材たっぷりの味噌汁。


「……や、優しっ!?」


 先輩の席と、隣の席に。

 お茶と、味噌汁と、おにぎりが、手際よく並べられていく。


「ふたつあるから。……ひとつ、どうぞ」


 先輩が、椅子を引いてくれた。


(夢、じゃないよね……?)


 一緒に食べる、ご飯のお誘い。

 いいの? ……こんな、あたし。

 机の上のおにぎりが、ラップ越しに“おいで”と言っているように見える。

 恥ずかしさと、嬉しさと、昨日今日の失態と。

 ぐちゃぐちゃに混ざり合った感情で頭がショートしそうだ。

 これが夢なら、ぜったいに目覚めたくない。

 旧図書室で、九条あまね先輩に、おにぎりを分けてもらう夢。


「……足りない?」

「えっ……」


 涙の残る瞳で、じぃ……っと見つめられる。


「……これからは、おにぎり3個にしておくわ」

「ぅ、ぇ……!? せ、先輩っ、あたしってそんなに食べそうな顔してます!?」

「してるわよ。昨日からずっと、そんな目で見てたもの」

「いやいやいやいや、それはおにぎりじゃなくて、先輩を……!」


 先輩はちらっと首を傾げて、


「……わたしを食べたいってこと?」

「ちがーーーーうっ!!!」


 あたしの声が旧図書室に炸裂する。

 自分の声量にびくっとした。先輩もちょっと肩をすくめる。


「あの、そういう意味じゃなくて! あたし、先輩をその、おかずとしてじゃなくて!」

「おにぎりにおかずって要るのかしら?」

「やだもうその返し……っ!!」


 可愛すぎる……っっ!! 口を押さえて悶絶する。

 一方の先輩は、ぷいっと横を向く。


「いらないなら、いいよ。わたしが食べるから」


 途端、急降下。

 感情が、すとんと奈落に落ちた。

 血液が逆流するみたいな悪寒。


「あ……。せ、先輩……?」


 そっぽを向いたまま、おにぎりをひとつ掴む先輩。

 ラップをわしわしと剥がして、がぶ、とひとくち。

 もぐもぐ……もぐもぐ……。

 かじった断面には、つやつやの昆布と、ふわふわの鰹節。

 小さく喉を動かして、そっと飲み込んだ。


「……あなたが言ったんじゃない」

「へ?」

「明日も、明後日もって」


 俯いたままの顔。

 ふくらんだほっぺた。

 眉間に小さくしわを寄せて、ぽそっとこぼす。

 首筋は、まだ真っ赤だった。


 可愛すぎて――焼きおにぎりになりそう、あたし……っっ!!




 先輩が、もうひとつのおにぎりに手を伸ばしたとき――。

 あたしは、そのおにぎりを掴んだ。


「い、……いただきますっ!!!」


 まるで、求婚の返事みたいに。

 あたしは深く、お辞儀をした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ