3-3 “赤くなったら終わり”って言ったのに、先輩、赤くなっているんです。
あたし、一体、何を。
……。
さあっと血の気が引く。
「……あの……えっと……あれ。今の、聞こえてました?」
自分でも苦しすぎる言い訳だと思う。
先輩は、涙を拭ききれないまま、少しだけ睨むようにこちらを見つめた。
「ほんと……ばか。……大声で、そんなこと……」
ずんっ。
心の気温、体感マイナス10度。
後悔と恥ずかしさで内臓がねじれる。
「ち、ちがっ、……違うんです!! そんな、ストーカーとかじゃなくてっ! たまたま、偶然、必然、運命っ!!」
「……それ、余計アウト」
ズバズバ刺さる。もう止血できない。
先輩は、そっと、耳にかかる髪をかき上げた。
露わになった耳が、はっきりと赤い。
「……ていうか先輩っ、顔すっごい赤いですよ……!?」
「……あなたのほうが赤いわよ」
「いやいやいや、先輩こそっ! だって耳まで真っ赤ですよっ!」
「赤くなったら終わり。わたしが赤くなるわけない」
――なってるなってる! もう完っ全に真っ赤ですからっ!!
首筋まで染まってるの、ちゃんと見えてますからね!?
強がってるのが、また、ずるい。
廊下ですれ違うときは、あんなに無表情だったのに。
しみひとつない、まるで雪のような肌が。
あの完璧なキャンバスが。
今は照れと戸惑いの赤で、塗り替えられている。
悔しそうに視線をそらして、ちょっと拗ねた、その顔が。
可愛すぎて、反則なんですってば……っ!!
「……食べたいんじゃなかったの?」
ぽつりと、先輩が呟いた。
「……え?」
「だって昨日、ずっと見てたでしょ」
先輩が、机の上に視線を落とす。
おにぎりがふたつ。水筒もふたつ。
綺麗な指で、重なったコップをひとつ手に取った。
水筒の蓋を開けると、香ばしい匂いがふわっと広がる。
とぷとぷと音を立てて、コップに注ぐ。……具材たっぷりの味噌汁。
「……や、優しっ!?」
先輩の席と、隣の席に。
お茶と、味噌汁と、おにぎりが、手際よく並べられていく。
「ふたつあるから。……ひとつ、どうぞ」
先輩が、椅子を引いてくれた。
(夢、じゃないよね……?)
一緒に食べる、ご飯のお誘い。
いいの? ……こんな、あたし。
机の上のおにぎりが、ラップ越しに“おいで”と言っているように見える。
恥ずかしさと、嬉しさと、昨日今日の失態と。
ぐちゃぐちゃに混ざり合った感情で頭がショートしそうだ。
これが夢なら、ぜったいに目覚めたくない。
旧図書室で、九条あまね先輩に、おにぎりを分けてもらう夢。
「……足りない?」
「えっ……」
涙の残る瞳で、じぃ……っと見つめられる。
「……これからは、おにぎり3個にしておくわ」
「ぅ、ぇ……!? せ、先輩っ、あたしってそんなに食べそうな顔してます!?」
「してるわよ。昨日からずっと、そんな目で見てたもの」
「いやいやいやいや、それはおにぎりじゃなくて、先輩を……!」
先輩はちらっと首を傾げて、
「……わたしを食べたいってこと?」
「ちがーーーーうっ!!!」
あたしの声が旧図書室に炸裂する。
自分の声量にびくっとした。先輩もちょっと肩をすくめる。
「あの、そういう意味じゃなくて! あたし、先輩をその、おかずとしてじゃなくて!」
「おにぎりにおかずって要るのかしら?」
「やだもうその返し……っ!!」
可愛すぎる……っっ!! 口を押さえて悶絶する。
一方の先輩は、ぷいっと横を向く。
「いらないなら、いいよ。わたしが食べるから」
途端、急降下。
感情が、すとんと奈落に落ちた。
血液が逆流するみたいな悪寒。
「あ……。せ、先輩……?」
そっぽを向いたまま、おにぎりをひとつ掴む先輩。
ラップをわしわしと剥がして、がぶ、とひとくち。
もぐもぐ……もぐもぐ……。
かじった断面には、つやつやの昆布と、ふわふわの鰹節。
小さく喉を動かして、そっと飲み込んだ。
「……あなたが言ったんじゃない」
「へ?」
「明日も、明後日もって」
俯いたままの顔。
ふくらんだほっぺた。
眉間に小さくしわを寄せて、ぽそっとこぼす。
首筋は、まだ真っ赤だった。
可愛すぎて――焼きおにぎりになりそう、あたし……っっ!!
先輩が、もうひとつのおにぎりに手を伸ばしたとき――。
あたしは、そのおにぎりを掴んだ。
「い、……いただきますっ!!!」
まるで、求婚の返事みたいに。
あたしは深く、お辞儀をした。