3-2 “赤くなったら終わり”って言ったのに、先輩、赤くなっているんです。
放課後のチャイムを、じっと、息をひそめて待つ。
早く。早く鳴って。――鳴った瞬間、立ち上がった。
「ひなた、素早~っ!? 体バキバキじゃないのぉ〜!?」
れなこの声が飛んでくるけど、振り返らずに教室を出る。
「部室には来るんだよぉ~! 今日はスペシャルマッサージだからねぇ〜っ!」
連絡通路を抜けて、第二校舎へ。
旧図書室の扉の前で、深呼吸。
心臓がうるさい。けど、それは逃げ出す準備じゃない。
(お願い。今日も、いてください――)
そっと、扉を開ける。
軋む音。澄んだ空気。
――期待していた通りの光景。
窓際の古い机のそばに、九条先輩がちょこんと座っていた。
今日は机の上に、おにぎりがふたつ。
水筒もふたつ。水筒の隣に、重なったコップがある。
先輩が、静かにあたしを見上げた。
まるで昨日の続きみたいだ。
「……先輩」
昨日と違うのは、あたしの心。
(――ちゃんと、向き合うって、決めた!)
「……可愛すぎです、先輩」
「え?」
「だから。可愛すぎるんです、……九条先輩っ!!」
先輩の眉が、ぴくっと動く。
あれ?
あたし、こんなこと言いたかったっけ?
「昨日からずっと、頭の中が先輩だらけなんです! どうしてくれるんですかっ!」
「……わたしのせい?」
「そうですとも!! 授業中も休み時間も、脳内の先輩が、もぐもぐもぐもぐ……っ!」
口が止まらない。
おかしい。あたし、こんなはずでは。
「普段、あんなにクールで美人で、完璧なのにっ! 水筒の蓋、落っことすし! 机に額ぶつけて、耳まっかっかにして……っ! もう、それって反則じゃないですか!? 惚れろって言われているのと同じじゃないですかっ!!」
鳩が豆鉄砲を食ったように。
ぽかんと、あたしを見つめる先輩。
頬も、首筋も、赤く染まっていく。
昨日よりも、ずっと濃く――。
「先輩、ここ図書室ですよ? お米や海苔のいい匂いをさせちゃダメでしょっ! 可愛すぎるんですよっ!! ずっと呼びたかったんですっ! 先輩、……先輩っ! 九条先輩っ!! 毎日呼ばせてくださいっ! 明日も、明後日も、放課後はここに来てくださいねっ! あたしも来ますから!!」
言いたいことが雪崩のようにあふれ出す。もう、止められない。止めたくない。
──名前。
名前、言わなきゃ。
「あ、あの、あのっ……! あたし……2年の、飛鳥 ひなたって言います!!」
しん……と静まり返る旧図書室。
あたしの声だけが、波紋みたいに残る。
ばくん、ばくんと、胸の音がやかましい。
先輩は硬直したまま、ゆっくりと瞬きをした。
まなざしに光るものが見えた。瞳が揺れている。
ぷるぷると震える指先で、目元を拭った先輩が、視線をそらした。
「……あなた、何言ってるの?」