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END-1 リハビリの日々


 歩くだけで、ふくらはぎが張る。

 何でもない段差で足が止まる。

 競技用のスパイクを履いて、風を切って走っていたなんて――夢だったんじゃないかと思うくらい。

 左足は、まだ自分のものじゃないみたいだった。


「ひなたさーん、今日もがんばったねえ」


 理学療法士さんの明るい声が、リハビリ室の白い空間に響く。

 あたしは少しだけ笑って、タオルで額の汗を拭いた。

 ――まだ、ぜんぜん走れない。

 でも、少しずつ。ほんの少しずつだけど、前には進んでいる気がした。




 手術は成功した、とのことだ。

 入院したばかりの頃は、ベッドから降りて、車椅子に乗ることも困難で。

 歩けない自分に、悔しさと情けなさが込みあげてきて、泣きそうになる日もあった。

 それでも毎日、足はわずかずつでも動いてくれた。

 歩いて、伸ばして、踏み込んで。

 できなかったことが、"できた"に変わっていく。


 屈伸は控えるように言われている。今は90度よりも曲げてはいけない。

 けどいつか、思い切り曲げられる日が来ることを信じて。





 病院の入り口で、あの人が待ってくれていた。

 手を振ってくれるその姿に、胸がぎゅっとなる。

 制服じゃない。グレーのパーカーに、白いスニーカー。

 さらりとまとめた髪はハーフアップで、耳元には小さなピアスがきらめいていた。


「……先輩、開けたんですかっ!?」


 つい、声が裏返った。松葉杖を倒しかける。

 ……そりゃあ、よく似合っているよ。

 ただでさえ超絶美人なのに、拍車がかかって。ずるいくらい綺麗だ。

 でも、無垢な先輩がピアスなんて……。ちょっと、いや、かなりショック。


「……これ」


 先輩は、そっと片方のピアスを外して、見せてくれた。

 耳たぶに挟むだけの、フェイクピアスだった。


「な、……なぁんだ。よかったぁ~~~……!!」


 思わず声が漏れる。

 あたし、何をそんなに動揺しているんだろう。

 ……いやいや、ピアス穴がないことに安心したのもあるけど。


「……安心した?」


 先輩の、下から覗き込むような、ちょっとした上目遣い。


「もぉ、先輩」


 ――今日も、先輩が来てくれた。

 毎日、欠かさずに来てくれること。

 そのことが何より嬉しい。

 一方で、先輩はむっとしていた。


「……先輩じゃなくて、あまねって呼んでよ」

「えぇ~? 先輩は、先輩ですよぉっ。いつまでもあたしだけの先輩です♡」


 ウインクをする。

 先輩は呆れたような、照れたような。視線をそらして、頬をかく。


 ……ピアスの件で驚いたから、かな。

 ちょっとだけ。

 ほんの少しだけ、追加でいじわるしたくなった。


「……そういう先輩こそ、何で毎回、来てくれるんですか?」


 松葉杖にもたれかかって、少しだけ俯くようにして、聞いてみた。

 先輩は、あたしの目をじっと見て。

 それから、静かに、微笑んだ。


「会いたいから」


 たった、それだけの言葉だった。

 短くて、まっすぐで。

 その奥にある想いがまっすぐ届いて――また心がほどけていく。


 ペットボトルの水を、先輩が手渡してくれる。

 指先が少しだけ触れた。

 顔をそむけて、水をひとくち。


「……ずるいです。先輩」


 本当は、泣きそうになったのを隠しただけだった。

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