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15-4 "好きだから頑張れる"一方で、"好きだから気持ちが乱れる"なんて。


 ちくっ、ちくっ。

 違和感は、日々積み重なった。

 でも、走るたびに薄れていく気がしていた。

 ……いや。麻痺していただけかもしれない。

 それが、筋なのか、骨なのか、関節なのか。

 どこが痛いのか。痛みの正体さえ、わからない。


(まだ……走れる)


 そう信じていた。

 願いにも似た、幻想だったとしても。


 放課後。

 今日も一番にトラックへ出た。

 灰色の雲が空を覆って、空気は重く湿っていた。

 夏の気配を含んだ、どこか焦げた匂いがする風。

 れなこはミーティングで、あとから来るらしい。

 ――正直、ほっとしていた。

 誰にも見られず、誰にも止められずに、走れる。

 まだ自分は戦える。




「……800、4本目。行きます……っ」


 呟いて、スタートラインに立つ。

 呼吸を整える。鼓動と重ねる。

 腕を引いて、脚を蹴って――走り出す。


 スパイクの音。風の裂ける音。心臓の音が、鼓膜を叩く。

 フォームを崩さないように。膝の角度を保って――前へ、前へ、前へ。


(もっと、速く……。もっと――!)


 最初の200は、まだ脚がついてきてくれた。

 踏ん張れる。耐えられる。まだ、走れる。

 ……走れなきゃ困る。

 手放したものの重さは、こんなもんじゃなかったはずだから。

 短期集中で、結果を出す。

 その証を胸に、また――先輩の隣に戻るんだ。

 

 300mのカーブ。

 走っている途中で、明らかに何かが"ずれた"。

 左脛の骨を、内側から掴まれるような、鋭い痛み。


(……あと100……!)


 歯を食いしばる。

 呼吸が乱れて、視界が滲む。

 それでも、足を止めたくなくて――次の一歩。

 地面を蹴った瞬間に、支えが消えた。

 世界が、斜めに傾いた。

 トラックの赤土が、視界いっぱいに迫ってきて。

 受け身も取れないまま、叩きつけられた。


 どしゃっ、と、灼熱のざらついた感触。

 肌に焼きつく。肘が擦れた。肩がひねられた。

 そして――それらの痛みがどうでもいいぐらい、今まで感じたことのない、焦燥感。

 動悸と、冷や汗が止まらない。

 左脛の奥に、鋭い刃物のような痛みが走り続けている。


「ひなたっ!!!」


 呼ばれた名前に、はっと意識が戻る。

 れなこの声。

 足音が近づいて、肩を強く支えられた。


「どこ!? どこ痛めたの!?」

「……あ、し……っ」


 声にならなかった。

 代わりに、涙が、頬を伝って零れた。


「……抱えるよ。いい?」


 頷くしかなかった。

 悔しくて、痛くて、情けなくて。

 苦しくて、それ以上、何も言えなかった。


「っ……ご、ごめ……」

「謝るなっ!」


 その一言が。

 胸の奥を、ぎゅっと締めつけた。


 れなこの肩を借りて歩く。

 ……いや、歩くなんて言えない。

 左足を引きずって。

 崩れた夢を引きずって――部室へ向かった。


 脚が痛いのか。

 それとも胸が痛いのか。

 もう、自分でもわからなかった。

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