3-1 “赤くなったら終わり”って言ったのに、先輩、赤くなっているんです。
◆
うぐぉ……。
翌朝、筋肉痛に襲われた。
身支度すらまともにできない。
最近はハードな練習でも平気だったのに。
……あれはもう、運動じゃなくて、自ら引き起こした事故だ。
朝練がないのが、せめてもの救いだ。
何とか登校して、二階の昇降口へ通じる階段が見えてきた。
延々と続くピラミッドに見えた。地獄の石段だ。
「おっはよぉ〜、ひなたっ! 昨日はすっごく頑張ったねぇ〜!」
れなこの能天気な声が背後から飛んでくる。
「お、おはよ……。いててて……」
「ちょ、何そのペンギンみたいな歩き方〜!?」
手すりにすがって、よろよろと階段を上る。
一段ごとに太ももが悲鳴を上げる。これ、ほんとに昨日と同じ階段?
「限界だよぉ!? 今日は休んだら~?」
「あ、あたしの限界なんて……っ。こんなもんじゃない……っ」
れなこは一瞬きょとんとしてから、ケラケラ笑い出した。
「ひなた、やっぱ青春してる~!」
「してないからっ! うがっ、あいたたた……」
全身に痛みが走る。もうっ!
「昨日の放課後、なーんかあったでしょ~?」
「な、ななななんにもないしっ!!」
声が裏返る。れなこがニヤリと笑った。悔しい。
「ふくらはぎバキバキ歩行でも、学校に来てんだもんねぇ〜。ガッツだよ、ガッツ!」
「そ、そりゃ来るでしょ。生徒なんだから……」
「……言わないでおこうと思ってたけどぉ~」
れなこが意味ありげに覗き込んでくる。
「顔、ゆるんでるよぉ〜? ひなた♪」
「……はいぃ?」
「昨日のすっごい走りのときも、今の顔も。同じ~っ!」
はにかんだ笑顔で言うだけ言って、
「絶対いいことあったやつ~♪」
「……なっ!」
何を、そんな。
れなこはにっこり笑って、スタスタと階段を上っていった……。
「まっ、待ってよっ! いいことなんて、ないしっ! ぎゃぁぁいたたた……っ」
「バキバキマンのひなたなんて、怖くな~いよぉっ」
どれだけ言い返しても「へっへ〜んっ」と押し切られる。
結局、階段の途中で置いていかれた。
……いいこと、なんだろうか?
昨日のこと。
自然とあの光景が思い出される。
真っ赤な耳。
額を押さえて、うるうるの目でこっちを見上げた、あの顔。
(……あんな可愛いの、ずるいってば……っ!)
バキバキの脚に鞭打って、階段を駆け上がる。
何とかホームルームには間に合った。
でも先生の話はまったく頭に入ってこない。
授業中も、昼休みも、頭の中でぐるぐる回っているのは――。
げんこつ級のデカおにぎり。
もぐもぐ。
……口元の米粒。
九条先輩。
(……先輩っ!)
でも、あたし、逃げたんだよ。
何も言えずに……。
……。
ちら、と隣を見ると、案の定、れなこがニヤニヤこっちを見ていた。
◆
今日。
もう一度だけ、向き合うと決めた。
あんなふうに逃げたことを、ちゃんと謝りたい。
もし会えたら、今度こそ――呼ぶ。
”九条先輩”って。
……たぶんそれが、あたしの”限界”の、もうちょっとだけ先。