(小話)s-1 無表情な横顔に溶け込んだ、嫉妬の温度。
机って、こんなに重かったっけ……?
両腕ぷるぷるになりながら、何とか運び終えて、へなへなと壁にもたれかかった。
「……ありがとね。助かった~! ……よし、次はあっちの教室から運ぼう!」
一緒に運んでくれた女子にお礼を言う。
プレゼン大会の準備で、多目的室に机を移動させなきゃいけなくて。
陸上部が手伝いに駆り出されたのだった。
(……はあ、まったく)
ひとつの教室から、まとめて運べばいいのに。
"発表者の机と椅子"を移動させるとか、どうしてこう、めんどくさい指示を出すんだろう……。
それでも。
これがあまね先輩のプレゼンに、ほんの少しでも役に立つなら。
……そう思えば、腕がぷるぷるしても、階段を往復しても、全然へっちゃらだ。
トレーニングになるって思えば、悪くないかも?
しかし。ふう。
これで何往復目だろうか。
額にじわりと汗がにじみ始めた頃。
ふと顔を上げて、階段の踊り場を見る。
――あ。
夕陽が差し込む逆光の中。
輪郭だけが淡く縁取られて、光の向こうに揺れる姿。
指先はぴんと伸びて、姿勢はまっすぐで。
たったひとりで立っているだけなのに、空気の密度が変わったように感じた。
あまね先輩。
光と影の境界に、静かに浮かぶその姿は。
――あれはもう、人間のかたちをした、とても美しいものだ。
遠い星みたいな、そんな光。
瞬きを忘れて立ち尽くした。
……でも、何だろう。
そのまなざしが、いつもより――冷たく見えた。
「……あまね先輩?」
「飛鳥先輩。どうしたんですか?」
「……えっ!? あ、あぁっ。ちょっと……見惚れちゃって!」
椅子を持つ後輩女子に、ぽかんとされる。
「……ああ。あの人が、例の」
「うぅぅ~~……っ!! ……ほら、急ぐよっ!」
二段飛ばしで階段を駆け上がる。
あたしの顔、絶対に真っ赤。やばい。終わった。死んだ。
先輩と、後輩の前で。……もう、ダメだ。
……でも。
あの目は、気のせい?
いや、違う。
だって先輩は、確かに見ていた。
あたしが後輩と並んで、机を運んでいる姿を、じいっと――。
表情はいつも通りなのに。
耳の先が、見たことのない類で、赤くなっていた。
言うならば……あれは、怒りだ。
――これって、もしかして、……もしかして。
「……ごめんっ。机ここに置く、先行っといて!!」
「飛鳥先輩!?」
駆け足で来た道を戻る。
衝動のまま、階段を駆け降りた。
「せ、先輩っ!」
先輩は、まだ同じ場所に立っていた。
あたしを見て、わずかに目を見開く。
「見てました!? めっちゃ重かったんですよ、あれっ。ほら、腕、ぷるぷる~!」
ぷらん、と両腕を見せるみたいに差し出した。
ちょっとでも――"可愛い"って思ってもらえたら嬉しくて。
でも、先輩はふいっと目をそらして、ぽつりと呟いた。
「……べつに。どうでもいい」
「えっ、ひどっ!? 頑張ったのに~!」
冗談めかして、ぷんすかしてみせたけど。
先輩はそっぽを向いたまま――。
(ど、どうしよう……!?)
「……他の子と一緒に運べば、軽かったでしょ」
……えっ?
くぐもった低い声。
どこか拗ねたように、先輩が言った。
その言葉には、棘があって。
少しだけ、さみしさが混ざっていた気がした――。
「……先輩?」
「なに」
振り返らずにそう返す先輩。
無表情な横顔に溶け込んだ、嫉妬の温度。
髪の隙間から、ちらりと覗くうなじが、まっかっか。
あたしは、ちょっとだけ視線を落とした。
「……ううん、何でもないです」
顔を見られたら、胸の奥まで見透かされそうで。
ごめんなさい、先輩。
(やばい、可愛い。……いや違う、やばい。けど、可愛い。……いや、やっぱり可愛い……っっ!)
脳内ぐるぐるの無限ループ。
何ですかその仕草。何ですかその耳の赤さ。
何でそんなに、キュートなんですか。
可愛すぎて、正気じゃいられない。
あたしのために、嫉妬してくれたんですか?




