13-1 “堂々と会えるね”って、恋の予告か何かですか?
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視聴覚室の扉を、そっと開ける。
静まり返った空間に、プロジェクターの光だけが淡く漂っていた。
暗幕に包まれた壁。埃を映し出す、まっすぐな光の筋。
何度も授業で使った場所なのに。
――今日はまるで、誰かの秘密をしまっておくための部屋みたいだ。
だってその秘密が、今、そこにいる。
部屋の隅にある教壇に、先輩が立つ。
スライドが切り替わるたび、先輩の横顔がふっと浮かんでは、闇に溶けていく。
スクリーンに"美化活動の改善提案"という文字が浮かんでいた。
けど、あたしには。
そっと眉を寄せながらリモコンを握る、その指の方が、気になって仕方がない。
「……飛鳥ちゃん」
こちらに気づいた先輩が、呼んでくれた。
いつもと同じ、淡々とした声だ。
「……はい、先輩。頑張ってますね」
(……夜はあんなに、“ひなたちゃん”って、呼んでくれるのに)
こぼれた心の声は、天井に溶けていった。
先輩の、スライドを送る指先がふと止まる。
よく見ると、その顔に、かすかな色が差していた。
髪をかきあげて。視線をそらすように目を伏せて、すぐに資料に向き直るけれど。
……耳の先が、赤い。
「……先輩、どうかしましたか?」
気づかないふりをして、問いかける。
「もしかして……暑いですか?」
わざとらしく首をかしげてみせる。
もちろんわかっている。先輩が照れているって。
でも――そういうの、先輩の口から聞きたい。
当の先輩はぷいっと顔を背ける。
「……知らない」
ぽつんとこぼれた声は、拗ねたようで、少しだけ震えていた。
視線はまだ合わせてくれないまま、手元のリモコンを握りしめる。
「……えへへっ。ごめんなさい先輩。あたし、いじわるでした」
ぷうっと、ちょっとだけ頬がふくらんでるのが、もう、もう、可愛いっ。
「プレゼン、いつなんですか?」
「ん……。6月末」
「あっ、じゃあ月曜日なんですね!」
「……よくわかったね?」
「あ、えと、その。あたしもその日、用事がありまして」
通信陸上のメンバー発表もあるから、知っていた。
期末テストが終わった翌週は、先輩のプレゼンがある日だってこと。
絶対、忘れない。
「……もう大丈夫」
ぽつりと言って、先輩が壁のスイッチに手を伸ばす。
視聴覚室の蛍光灯が、ちかちかっと瞬いて、ゆっくり灯った。
「片づけるから、少しだけ待っててくれる?」
「あっ……あたしも手伝います!」
慌ててかけ寄ると、先輩が少しだけ笑った気がした。
カーテンを開けると、梅雨明けの陽射しが流れ込む。
穴の空いた音響壁が、差し込んだ光をやさしく受けとめる。
音も、気配も、空気さえも。
ぜんぶが、ふたりだけの世界を、包み込んでくれている気がした。
「……そういえば先輩。今日、給食は?」
尋ねると、先輩は小さく首を振った。
「持ってきてない」
――準備しておいてよかった。
持ってきていた保冷バッグを開ける。
教壇の上に、お弁当箱を置いた。
蓋を開けた瞬間、たまご焼きの甘い香りが広がった。
「……じゃーんっ! 今日は、がんばっちゃいました!」
得意げに胸を張って、先輩にお弁当を差し出す。
鮮やかな黄色のたまご焼きに、ハート型のにんじんグラッセ。
ころころのミニハンバーグは、笑った顔に海苔でデコレーション。
その隣には、桜でんぶと青菜の二色おにぎり。
うずらの卵には、ちっちゃなピックで、ウサギの耳。
仕切り代わりに、レタスで全体をふわりと包み込んだのがポイントだ。
「……わたし用?」
先輩が少し目を丸くして言った。
「もちろんっ! 今日はお弁当自由持参日ですからっ」
さっき、れなこが言っていた嘘だけど。
部活が休みだから、放課後は先輩とずっと過ごせるって思った。
「頑張った人には、特別メニューです!」
ぱちん、と片目をつぶってウインクしてみせる。
でも内心は、ずっと祈りっぱなしだ。
味、大丈夫かな。うさ耳、崩れてないよね? 海苔、湿気てないよね?――って。
そんな不安を、たったひと言が溶かしてくれた。
「……おいしそう」
その声が、心の奥まで染みわたる。
なんてことないひと言だって、わかっているのに。今日いちばん嬉しい。
「……ぜひ、食べてください先輩」
あなたのためなら、いくらでもつくりますから。
◆
先輩はあたしのお弁当を。
あたしは先輩のおにぎりを。
ふたりで美味しく過ごした、その後。
「準備、もう終わってるんだ」
「……え。そうなんですか?」
「借りた期間は、2週間。……でも、資料は完成してる」
先輩が、手に持っていた鍵を、ちゃりんと鳴らす。
静かな音が、視聴覚室にふわっと響いた。
「この2週間は――堂々と、昼休みにも会えるね。飛鳥ちゃん」
……そんなの、反則……っ!
か、か、かっ、かわいいっ!!
ああ、だめだ、また心臓が終わる……。
「……ふたりきりなら、“ひなた”って、呼んでくださいよ」
先輩は、一瞬だけ息を呑んで。
頬をほんのり染めながら、でも何故か、不敵に――微笑んだ。
「……わたしが、耐えられないから。……だめ」
こらえきれずに、顔を両手で覆った。
可愛いなぁ、先輩はっ!!!




