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(小話)q-1 おみあし、拝舐。


 昼休みの視聴覚室はひんやりと静かだ。

 空調の効いた空間は、外とはまるで別世界。


 暗幕から漏れた光が、細長い筋になって床に落ちる。

 あたしと先輩。静かな闇の中で、ふたりきり。

 授業が再開するまでの、ほんの束の間――。


 影の席に腰かけた、あまね先輩が、ふと靴下に指をかけた。


「……あっ」


 人差し指と親指で、器用にリブをつまんで、くいっと引き下ろす。

 片方ずつ、丁寧に脱がれていく、薄手の靴下。

 白い肌が、少しずつ露わになっていく。


 足首、くるぶし、甲――。


 そこにあるのは、たしかに"足"なのに。

 それ以上に、何故だか息を呑むほど――綺麗だった。


(……、すご……っ)


 暗がりの中でも、わかる。

 指先まで神経が行き届いているような、洗練された血色。

 なのに、降りたての雪のように真っ白で、なめらかな肌。

 骨のかたち、筋の流れ、爪の輪郭――どこを切り取っても。

 ただ、ひたすら美しくて。

 静かに、背筋がざわめくような――そんな気配。


(彫刻……)


 ふと教科書で読んだ言葉が脳裏をよぎる。

 彫刻は、石の中に眠る“かたち”を、掘り起こす行為だと。

 先輩の足も、きっと最初から完璧な姿で、どこかに眠っていたのだろうか。


 先輩が、生の両足を揃えた。

 すっと伸びた足の線だけで、空気の重心が傾いたようだった。

 確かめようとすれば逃げていく。

 まなざしの端だけでも、焼きつけておきたい――。


「……じっと見ないで」

「ご、ごめんなさい……っ」


 でも、だって、綺麗で……。

 まばたきするのすら、もったいない。

 ずっと、こんな足で歩いているんだ。

 学校の中。通学路。知らないどこか。

 あたしの知らない、世界を。

 息が浅くなる。

 鼓動ばかりが、やけにうるさい。


(触ってみたい……)


 わかっている。ダメだって。

 その一線を越えてしまえば、もう戻れないって、わかっているのに――。

 そんなことを思ってしまった瞬間には、もう遅かった。

 指先が、すっと伸びていた。


「……ひゃっ」


 肌に触れた瞬間、小さく震えた声。

 足の甲にそっと触れて。

 ぷにっ。

 ほんのり体温を帯びた、やわらかな感触が、脳に直接届く。


「……っ」


 先輩の肩がぴくりと揺れた。

 でも、怒りもせず、はねのけるわけでもなく――。

 ただじっと、耐えている。


 その静けさに、ますます苦しくなる。

 もっと知りたくなる。

 どこまで許されるのか、許されないのか。


 指先を滑らせて。

 白磁のような肌の上、細く浮いた骨のかたちを、なぞっていく。

 爪の縁を、愛でるように、指先で辿りながら。

 足の裏へと、ゆっくり指を降ろす。

 しっとりとあたたかい。

 指の股をひとつひとつ、逃さずくぐらせる。

 指の付け根。内側の柔らかなくぼみ。

 そこに自分の体温を溶かすみたいに、ゆっくりと触れていく。

 くすぐったいくらい、そっと、そっと――。


 ぴくり。

 先輩の足が、わずかに震えた。


(……先っぽだけ……)


 よくない言い訳が、心のなかでひそやかにささやく。

 本能と理性がせめぎあう。

 そして――。


 ――ぺろっ。


 舌が触れたのは、ほんの一瞬。

 少しだけ塩気のあるその肌に。

 指先にするやつの延長みたいな、ささやかなキス。

 濡らして、舌先に熱が伝わった。

 先輩の足の裏から、あたしの舌先へ――。

 ひとすじ、つうっと、光る細い糸が引いた。


「……」


 先輩が、固まった。


「……せ、せ、せんぱいの、だから……っっ!!!」


 ありったけ、全力で、必死に言い訳を考える。

 我に返ってしまった。

 頬も、心臓も、火がついたみたいに熱い。


「ぜ、ぜんぜん……き、汚くないです……!!」


 意味も理屈も通っていない。自分でも何を言っているのか分からない。

 けれど、安心していいことに気づいた。

 拒絶の気配は、どこにもなかったから。


 先輩は、何も言わず。

 ただ、足先をほんの少しだけ内側に――。

 恥ずかしさを隠すように、くい、と丸めた。





 静けさが戻る。

 チャイムの音だけが、響いた。

 あたしたち、ともに遅刻だ。


 先輩は一言も口にしないけれど。

 そのままずっと、靴下を履こうとはしなかった。

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