(小話)q-1 おみあし、拝舐。
◇
昼休みの視聴覚室はひんやりと静かだ。
空調の効いた空間は、外とはまるで別世界。
暗幕から漏れた光が、細長い筋になって床に落ちる。
あたしと先輩。静かな闇の中で、ふたりきり。
授業が再開するまでの、ほんの束の間――。
影の席に腰かけた、あまね先輩が、ふと靴下に指をかけた。
「……あっ」
人差し指と親指で、器用にリブをつまんで、くいっと引き下ろす。
片方ずつ、丁寧に脱がれていく、薄手の靴下。
白い肌が、少しずつ露わになっていく。
足首、くるぶし、甲――。
そこにあるのは、たしかに"足"なのに。
それ以上に、何故だか息を呑むほど――綺麗だった。
(……、すご……っ)
暗がりの中でも、わかる。
指先まで神経が行き届いているような、洗練された血色。
なのに、降りたての雪のように真っ白で、なめらかな肌。
骨のかたち、筋の流れ、爪の輪郭――どこを切り取っても。
ただ、ひたすら美しくて。
静かに、背筋がざわめくような――そんな気配。
(彫刻……)
ふと教科書で読んだ言葉が脳裏をよぎる。
彫刻は、石の中に眠る“かたち”を、掘り起こす行為だと。
先輩の足も、きっと最初から完璧な姿で、どこかに眠っていたのだろうか。
先輩が、生の両足を揃えた。
すっと伸びた足の線だけで、空気の重心が傾いたようだった。
確かめようとすれば逃げていく。
まなざしの端だけでも、焼きつけておきたい――。
「……じっと見ないで」
「ご、ごめんなさい……っ」
でも、だって、綺麗で……。
まばたきするのすら、もったいない。
ずっと、こんな足で歩いているんだ。
学校の中。通学路。知らないどこか。
あたしの知らない、世界を。
息が浅くなる。
鼓動ばかりが、やけにうるさい。
(触ってみたい……)
わかっている。ダメだって。
その一線を越えてしまえば、もう戻れないって、わかっているのに――。
そんなことを思ってしまった瞬間には、もう遅かった。
指先が、すっと伸びていた。
「……ひゃっ」
肌に触れた瞬間、小さく震えた声。
足の甲にそっと触れて。
ぷにっ。
ほんのり体温を帯びた、やわらかな感触が、脳に直接届く。
「……っ」
先輩の肩がぴくりと揺れた。
でも、怒りもせず、はねのけるわけでもなく――。
ただじっと、耐えている。
その静けさに、ますます苦しくなる。
もっと知りたくなる。
どこまで許されるのか、許されないのか。
指先を滑らせて。
白磁のような肌の上、細く浮いた骨のかたちを、なぞっていく。
爪の縁を、愛でるように、指先で辿りながら。
足の裏へと、ゆっくり指を降ろす。
しっとりとあたたかい。
指の股をひとつひとつ、逃さずくぐらせる。
指の付け根。内側の柔らかなくぼみ。
そこに自分の体温を溶かすみたいに、ゆっくりと触れていく。
くすぐったいくらい、そっと、そっと――。
ぴくり。
先輩の足が、わずかに震えた。
(……先っぽだけ……)
よくない言い訳が、心のなかでひそやかにささやく。
本能と理性がせめぎあう。
そして――。
――ぺろっ。
舌が触れたのは、ほんの一瞬。
少しだけ塩気のあるその肌に。
指先にするやつの延長みたいな、ささやかなキス。
濡らして、舌先に熱が伝わった。
先輩の足の裏から、あたしの舌先へ――。
ひとすじ、つうっと、光る細い糸が引いた。
「……」
先輩が、固まった。
「……せ、せ、せんぱいの、だから……っっ!!!」
ありったけ、全力で、必死に言い訳を考える。
我に返ってしまった。
頬も、心臓も、火がついたみたいに熱い。
「ぜ、ぜんぜん……き、汚くないです……!!」
意味も理屈も通っていない。自分でも何を言っているのか分からない。
けれど、安心していいことに気づいた。
拒絶の気配は、どこにもなかったから。
先輩は、何も言わず。
ただ、足先をほんの少しだけ内側に――。
恥ずかしさを隠すように、くい、と丸めた。
◇
静けさが戻る。
チャイムの音だけが、響いた。
あたしたち、ともに遅刻だ。
先輩は一言も口にしないけれど。
そのままずっと、靴下を履こうとはしなかった。




