10-1 連絡先交換していないのに電話がきた。運命ってことでよろしいか?
◆
ほんの数分だったはずなのに。
まるで一生分の夢を見たみたいだった。
気づけば、朝になっていた。
カーテンのすき間から陽射しが差し込む。
頬に触れるシーツの感触すら、先輩の声の残響みたいだ。
スマホを胸に抱いたまま、眠っていたらしい。
バッテリーが切れて、通話履歴を確認できない。
何度もまばたきをしてみる。
とくん、とくん。静かな心音が響く。
……全部、夢じゃないよね?
◆
ぼんやりした頭を引きずりながら、学校へ向かう。
昇降口の階段に足をかけた、そのとき。
「ひなたっ!?」
「ひゃっ……!」
背後から飛んできた声と、ふわっとした衝撃。
あたたかいものが、背中にぴとっと密着する。
「ひなただねっ!? ほんとに、……よかったぁ~~~~~っ!!」
耳が爆発するかと思った。
れなこが、ぎゅっと、あたしを抱き締めてくる。
「び、びっくりしたぁ……っ。れ、れなこ、何っ……!?」
「もぉぉ~~っ、心配したんだからぁっ! どしゃ降りの中、姿見えなくなるし! てか、生きてる!? 元気!? 体温は!? 感情は!? 魂は居住地に戻ってる!?!?」
「体温は……たぶん大丈夫……。ていうか、最後の何っ!?」
「ごめん、と、とり乱したぁ……! 深呼吸しよ? ひなたも、いっしょに、ふー……」
「何であたしも!? れなこが落ち着いてよ!」
「いやっ! れなはいいのっ。大事なのは、ひなた!!」
れなこが強い声で言い切った。
その目があまりに真剣で、思わず言葉を失う。
「……だって、れな、見たもん。あのときの、ひなたの顔」
「……え?」
「急に走り出す前の……顔」
……れなこ、こそ。
すごく苦しそうな顔をしている。
どうしてそんな顔をしているのって、こっちが聞きたいぐらいに。
ふたりで頷きあって、昇降口前の階段から離れた。
第二校舎の脇、人目のない小道へと足を向ける。
「……追いかけたけど、見失っちゃって。あのとき、ほんとに……怖かったんだよ」
れなこの言葉は、小さく震えていた。
「……れなこも、濡れたの?」
あの大雨の中、あたしを探すために。
「ん。……それは平気ぃ。れな、元から濡れてたからノーカウント~!」
一転して、れなこはケロッと笑う。
でも、それは明らかに空元気で――だからこそ、沁みる。
……あたしが勝手に飛び出して。そのせいで。
「……ほんとに、平気だよぉ」
れなこの手が、あたしの背中をそっと撫でた。
「今こうして、ぬくもりがあって、ちゃんと声が届いて。……だから、れなは、それで十分」
気持ちに触れてくれるみたいな、その手のひらの動き。
朝から、こんなに優しくされるなんて、反則だ。
「それよりも、ひなたっ!」
「……え、あたし?」
「れなは今、ひなたの感情バケツなんだからねっ!」
「……はい?」
「何リットルでも、受け止める覚悟だからねぇっ!!」
……ほんとに、もう。
バカみたいな言葉の中に、ぎゅうぎゅうに詰まったやさしさ。
胸の奥が、ふんわりとあたたまっていく。
「……本当、ごめんね。勝手に帰って」
「ううん、れなのほうこそ……! すぐ追いかければよかったぁ。ひなた、泣いてない?」
「な、泣いて……ないよ」
――少なくとも、今は。
「……泣きたくなったら、泣いていいよぉ」
れなこの声が、いつものふわっとした調子に戻っていた。
「そのまま聞いてるから。いつでも貸すからね、耳も心も」
――どうして、わかるんだろう。
あのときの涙なんて、大雨にまぎれて、誰にも気づかれなかったと思っていたのに。
「……うん。……そうだね」
今だって泣きたいわけじゃない。
昨日は会えたし、電話もできた。
連絡先だって、結果的に交換できた。
毎日連絡できるんだ。
だから、もう平気なはずなのに。
それなのに、それでも、止められない。
溢れてくる。
先輩の声も、匂いも、ぬくもりも。
耳に、鼻に、肌に――まだ、あちこちに残っている。
忘れたくない。でも、失うのが怖い。
心の片隅にある、拭いきれない影は。
また急に、遠くへ行ってしまうんじゃないかって、不安。
「……大丈夫だよぉ」
そっと言葉がかかる。
「大切に思ってるひなたが、一番わかってるでしょ?」
涙なんかこぼす前に、全部、包み込んでくれる声だ。
「……そうだよね」
指で目を拭う。
……もう、吹っ切らなきゃ。
今日からは――また毎日、顔を見られる!
「ありがと、れなこ!」
「にひひっ。小学校からの、ひなた専属マネージャーですからっ!」
あったかくて、ちょっとうるさくて。
でも、誰よりも心強い、大事な友達。
「……相談、してもいい?」
「もちろんっ。ど〜んと来なさい!」
「作戦会議、したいんだけど」
「……ほぅ。どんな?」
次こそは、絶対に、先輩に言ってほしいことがある。
「先輩に、また会えたとき――」
れなこの小さな耳に、耳打ちする。




