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10-1 連絡先交換していないのに電話がきた。運命ってことでよろしいか?


 ほんの数分だったはずなのに。

 まるで一生分の夢を見たみたいだった。


 気づけば、朝になっていた。

 カーテンのすき間から陽射しが差し込む。

 頬に触れるシーツの感触すら、先輩の声の残響みたいだ。

 スマホを胸に抱いたまま、眠っていたらしい。

 バッテリーが切れて、通話履歴を確認できない。


 何度もまばたきをしてみる。

 とくん、とくん。静かな心音が響く。

 ……全部、夢じゃないよね?



 ぼんやりした頭を引きずりながら、学校へ向かう。

 昇降口の階段に足をかけた、そのとき。


「ひなたっ!?」

「ひゃっ……!」


 背後から飛んできた声と、ふわっとした衝撃。

 あたたかいものが、背中にぴとっと密着する。


「ひなただねっ!? ほんとに、……よかったぁ~~~~~っ!!」


 耳が爆発するかと思った。

 れなこが、ぎゅっと、あたしを抱き締めてくる。


「び、びっくりしたぁ……っ。れ、れなこ、何っ……!?」

「もぉぉ~~っ、心配したんだからぁっ! どしゃ降りの中、姿見えなくなるし! てか、生きてる!? 元気!? 体温は!? 感情は!? 魂は居住地に戻ってる!?!?」

「体温は……たぶん大丈夫……。ていうか、最後の何っ!?」

「ごめん、と、とり乱したぁ……! 深呼吸しよ? ひなたも、いっしょに、ふー……」

「何であたしも!? れなこが落ち着いてよ!」

「いやっ! れなはいいのっ。大事なのは、ひなた!!」


 れなこが強い声で言い切った。

 その目があまりに真剣で、思わず言葉を失う。


「……だって、れな、見たもん。あのときの、ひなたの顔」

「……え?」

「急に走り出す前の……顔」


 ……れなこ、こそ。

 すごく苦しそうな顔をしている。

 どうしてそんな顔をしているのって、こっちが聞きたいぐらいに。


 ふたりで頷きあって、昇降口前の階段から離れた。

 第二校舎の脇、人目のない小道へと足を向ける。

 

「……追いかけたけど、見失っちゃって。あのとき、ほんとに……怖かったんだよ」


 れなこの言葉は、小さく震えていた。


「……れなこも、濡れたの?」


 あの大雨の中、あたしを探すために。


「ん。……それは平気ぃ。れな、元から濡れてたからノーカウント~!」


 一転して、れなこはケロッと笑う。

 でも、それは明らかに空元気で――だからこそ、沁みる。

 ……あたしが勝手に飛び出して。そのせいで。


「……ほんとに、平気だよぉ」


 れなこの手が、あたしの背中をそっと撫でた。


「今こうして、ぬくもりがあって、ちゃんと声が届いて。……だから、れなは、それで十分」


 気持ちに触れてくれるみたいな、その手のひらの動き。

 朝から、こんなに優しくされるなんて、反則だ。


「それよりも、ひなたっ!」

「……え、あたし?」

「れなは今、ひなたの感情バケツなんだからねっ!」

「……はい?」

「何リットルでも、受け止める覚悟だからねぇっ!!」


 ……ほんとに、もう。

 バカみたいな言葉の中に、ぎゅうぎゅうに詰まったやさしさ。

 胸の奥が、ふんわりとあたたまっていく。


「……本当、ごめんね。勝手に帰って」

「ううん、れなのほうこそ……! すぐ追いかければよかったぁ。ひなた、泣いてない?」

「な、泣いて……ないよ」


 ――少なくとも、今は。


「……泣きたくなったら、泣いていいよぉ」


 れなこの声が、いつものふわっとした調子に戻っていた。


「そのまま聞いてるから。いつでも貸すからね、耳も心も」


 ――どうして、わかるんだろう。

 あのときの涙なんて、大雨にまぎれて、誰にも気づかれなかったと思っていたのに。


「……うん。……そうだね」


 今だって泣きたいわけじゃない。

 昨日は会えたし、電話もできた。

 連絡先だって、結果的に交換できた。

 毎日連絡できるんだ。

 だから、もう平気なはずなのに。


 それなのに、それでも、止められない。

 溢れてくる。

 先輩の声も、匂いも、ぬくもりも。

 耳に、鼻に、肌に――まだ、あちこちに残っている。

 忘れたくない。でも、失うのが怖い。

 心の片隅にある、拭いきれない影は。

 また急に、遠くへ行ってしまうんじゃないかって、不安。


「……大丈夫だよぉ」


そっと言葉がかかる。


「大切に思ってるひなたが、一番わかってるでしょ?」


 涙なんかこぼす前に、全部、包み込んでくれる声だ。


「……そうだよね」


 指で目を拭う。

 ……もう、吹っ切らなきゃ。

 今日からは――また毎日、顔を見られる!


「ありがと、れなこ!」

「にひひっ。小学校からの、ひなた専属マネージャーですからっ!」


 あったかくて、ちょっとうるさくて。

 でも、誰よりも心強い、大事な友達。


「……相談、してもいい?」

「もちろんっ。ど〜んと来なさい!」

「作戦会議、したいんだけど」

「……ほぅ。どんな?」


 次こそは、絶対に、先輩に言ってほしいことがある。


「先輩に、また会えたとき――」


 れなこの小さな耳に、耳打ちする。

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