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(小話)n+4 「がんばったら、ごほうび」──その甘声で、一撃即死。(ごほうびをもらって再び臨終)


 テストが返ってきた、放課後。

 視聴覚室のドアに手をかけた指先が、かすかに震える。

 ――意を決して、ノブを押し込む。


「せ、先輩っ。テスト、戻ってきましたぁ……っ!」

「うん。……どうだった?」


 夕焼けが差し込む室内。

 いつもと変わらない、静かな声。

 でもその瞳が、ほんの少し期待にきらめいていた。


「こ、これ……見てくださいっ!」


 答案用紙を、両手で差し出す。

 小さな数点たち。5教科の点数を合わせても、300点を超えない。

 だけどひとつひとつ、まるで奇跡みたいに輝いている。

 すべてのテストで、ぎりぎり勝ち取った……及第点。


「……飛鳥ちゃん」


 先輩は、ゆっくりとその紙を見下ろす。

 まぶたをふわりと伏せて。

 小さく、安堵の息をこぼした。

 それから、やわらかく目を細めて――あたしを見た。


「がんばったね」


 先輩は、笑った。

 ずっと信じてくれていた人に、「おかえり」と言われたみたいだった。


「……せ、先輩の、おかげです……」


 物覚えの悪いあたしに、根気よく、何度も付き合ってくれて。

 自分の勉強よりも、あたしのために時間を使ってくれた、先輩。

 テスト紙の上に積もった小さな努力。

 たったひとりの人に――。

 一番に、見てほしかった。


「努力は、ちゃんと報われるんだって……証明してくれたね」


 それなのに、こんな風に――まるで、自分のことみたいに喜んでくれる。

 目にこみ上げてくるものを誤魔化そうとして、ぎゅっと瞬きをする。


「じゃあ……ごほうび。二つ目と、三つ目」


 先輩が、すっと立ち上がった。

 そして――近づいてきて。

 あたしの前髪に、そっと触れる。


「……声が、好き」


 心臓、また止まりかけた。

 わずかな衣擦れの音すら、空気を震わせる気がした。


「それから……」


 吐息が、ふわっと耳をなぞる。

 囁く声は、甘く、静かで。

 ぎりぎりの距離で、ささやくように――。


「わたしを、いつも見てくれるところ。……大好き」

「~~~~~っっっ!!!」


 耐えきれなくて、膝から崩れ落ちる。

 ぷしゅーっ、と奇声を上げながら、しゃがみこんで。

 顔を手でおさえたまま震えるしかない。


「も、もうっ……っっっ、むりですっ……!!」


 恐る恐る見上げた、視線の先。

 先輩は、ちらりと目を逸らすように、顔を横に向けていた。

 その耳の先が――夕焼けにとけるように、紅色を帯びている。

 なのに先輩は。

 まるで追い打ちをかけるように、すっとしゃがんで。

 あたしの顔の高さに、目線を合わせた。

 吐息たっぷりに、言う。


「……いろんな表情、わたしにだけ見せて」


 ――それっ、ごほうび四つ目ですかぁぁ~~~……!?!?


(ぁ、ぁ、……ぁぁ)


 思わず頭を抱えると、先輩が、くすっとまた笑った。


「ごめん。……やりすぎたかも」


 でもその声は、ぜんぜん反省していない。

 揺れたまつげの奥。琥珀の瞳をふわりと細めて。

 先輩は、照れたように微笑んでいた。





 視聴覚室の窓の向こう。

 淡い夕暮れが、ゆっくりと夜の色にほどけていく。

 今日という日が終わってしまうのが、惜しくてたまらない。

 この時間も、この空気も、できるならずっと閉じ込めておきたかった。


「……あしたも、勉強、します」


 ぽつりと、覚悟のように言うと。


「うん。がんばろう」


 先輩は、光るような瞳で、まっすぐにあたしを見てくれた。

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