(小話)n+4 「がんばったら、ごほうび」──その甘声で、一撃即死。(ごほうびをもらって再び臨終)
◆
テストが返ってきた、放課後。
視聴覚室のドアに手をかけた指先が、かすかに震える。
――意を決して、ノブを押し込む。
「せ、先輩っ。テスト、戻ってきましたぁ……っ!」
「うん。……どうだった?」
夕焼けが差し込む室内。
いつもと変わらない、静かな声。
でもその瞳が、ほんの少し期待にきらめいていた。
「こ、これ……見てくださいっ!」
答案用紙を、両手で差し出す。
小さな数点たち。5教科の点数を合わせても、300点を超えない。
だけどひとつひとつ、まるで奇跡みたいに輝いている。
すべてのテストで、ぎりぎり勝ち取った……及第点。
「……飛鳥ちゃん」
先輩は、ゆっくりとその紙を見下ろす。
まぶたをふわりと伏せて。
小さく、安堵の息をこぼした。
それから、やわらかく目を細めて――あたしを見た。
「がんばったね」
先輩は、笑った。
ずっと信じてくれていた人に、「おかえり」と言われたみたいだった。
「……せ、先輩の、おかげです……」
物覚えの悪いあたしに、根気よく、何度も付き合ってくれて。
自分の勉強よりも、あたしのために時間を使ってくれた、先輩。
テスト紙の上に積もった小さな努力。
たったひとりの人に――。
一番に、見てほしかった。
「努力は、ちゃんと報われるんだって……証明してくれたね」
それなのに、こんな風に――まるで、自分のことみたいに喜んでくれる。
目にこみ上げてくるものを誤魔化そうとして、ぎゅっと瞬きをする。
「じゃあ……ごほうび。二つ目と、三つ目」
先輩が、すっと立ち上がった。
そして――近づいてきて。
あたしの前髪に、そっと触れる。
「……声が、好き」
心臓、また止まりかけた。
わずかな衣擦れの音すら、空気を震わせる気がした。
「それから……」
吐息が、ふわっと耳をなぞる。
囁く声は、甘く、静かで。
ぎりぎりの距離で、ささやくように――。
「わたしを、いつも見てくれるところ。……大好き」
「~~~~~っっっ!!!」
耐えきれなくて、膝から崩れ落ちる。
ぷしゅーっ、と奇声を上げながら、しゃがみこんで。
顔を手でおさえたまま震えるしかない。
「も、もうっ……っっっ、むりですっ……!!」
恐る恐る見上げた、視線の先。
先輩は、ちらりと目を逸らすように、顔を横に向けていた。
その耳の先が――夕焼けにとけるように、紅色を帯びている。
なのに先輩は。
まるで追い打ちをかけるように、すっとしゃがんで。
あたしの顔の高さに、目線を合わせた。
吐息たっぷりに、言う。
「……いろんな表情、わたしにだけ見せて」
――それっ、ごほうび四つ目ですかぁぁ~~~……!?!?
(ぁ、ぁ、……ぁぁ)
思わず頭を抱えると、先輩が、くすっとまた笑った。
「ごめん。……やりすぎたかも」
でもその声は、ぜんぜん反省していない。
揺れたまつげの奥。琥珀の瞳をふわりと細めて。
先輩は、照れたように微笑んでいた。
◆
視聴覚室の窓の向こう。
淡い夕暮れが、ゆっくりと夜の色にほどけていく。
今日という日が終わってしまうのが、惜しくてたまらない。
この時間も、この空気も、できるならずっと閉じ込めておきたかった。
「……あしたも、勉強、します」
ぽつりと、覚悟のように言うと。
「うん。がんばろう」
先輩は、光るような瞳で、まっすぐにあたしを見てくれた。




