(小話)o-2 ……ぷに感、確認。(逆ぷに返し)
「へ?」
「……こういうのって、交互にやるものじゃないの?」
仰向けに寝転がっていたあたしの視界に、ふわりと影が差す。
「さっきは、飛鳥ちゃんがぷにされた。……次は、わたしの番」
――濡れ羽色の長い髪が、さらりと、あたしの頬に落ちた。
涼しげな目元。透けるような白肌。
瞳を縁取るように、影を落とすまつげ。
全部が、あたしの視界を独り占めにしてくる。
空を覆うように、先輩の顔が近づいた。
「……え!? えっ、え、え!? ど、どこを!?!?」
「……同じところ。公平でしょ」
「せ、先輩~~~~~~っ!?!?」
近い。とにかく、近い……!
動くたびにさらさらと揺れる髪が、あたしの首筋をくすぐる。
ぷに返しを、先輩に……?
そんな、そんなの、そんなの……っ。
「でも、条件がある」
「……じょ、条件?」
ふっと、先輩が目元をゆるめた。
「やさしく、触れてね」
「~~~~~っっ!!」
何なんですか!? そのセリフ!!
そんなセリフ、こんな涼しい顔で言える人、地球に一人しかいない!!
……でも、でもでもでも……。
「……い、いきます……!」
仰向けのまま。
意を決して、指先を伸ばす。
触れるのが惜しいくらいの距離で止まりかけて、それでも――そっと、ぷにっ。
「……んっ」
先輩が、かすかに息を呑んだ。
指の先に伝わる、あたたかくて、やわらかい感触。
大きな瞳が、まっすぐにあたしを射抜いて――ゆっくり、まぶたが伏せられる。
風がさらりと吹いて、先輩の髪が、あたしの額と頬にふわりと触れた。
光に透ける頬に、うす紅が灯る。
「……もうちょっと、長くでもよかったのに」
ぽつりと、囁くみたいに。
鼻先をかすめる、先輩の吐息。
いたずら? 冗談?
わからない。
秘密みたいに、静かな声。
心臓が跳ねて、暴れて、止まらない。
まるで甘さと毒を、同じスプーンですくったような。
優しさと、秘密のどちらも隠している――琥珀色の瞳。
――そんなの、ずるいよ、あまね先輩……!
……ぽたり。
何かが、手の甲に落ちた。
「……あっ」
見れば、レジャーシートの上に置きっぱなしのキャンディー袋が、しんなり湿っている。
先輩が右手に持つ、ソーダ味のアイスキャンディーも。
表面から雫がポタポタとこぼれ落ちていた。
「……わわっ! 溶けてるっ……!」
慌てて手に取ると、いちごミルクの包みがやわらかくなっていて。
中のアイスが、じんわりとかたちを失いはじめていた。
そりゃそうだ。
こんなに、ずっと触れあって、きゅんきゅんして、ぷにってしていたら――忘れるよ。アイスのことなんて。
「……しょ、しょうがないですねっ。これはもう、急いで食べましょう……!」
そう言って袋を開けかけた、そのとき。
「……わたしの罰は、もう許してくれた?」
「……え?」
不意に聞こえた言葉に、手が止まる。
顔が、ぐっと近づいた。
垂れた髪に、視界をふさがれる。
「あーん、する?」
指先じゃ届かないような、透明な香りが、肌に触れる。
逃げられない、至近距離で。
――先輩の声が、風にとかされるみたいに、落ちてきた。
視界いっぱいに、先輩の顔。
白く透き通る肌。
まつげの一本一本まで、くっきり見えるほどの距離。
垂れた前髪の向こう、琥珀色の瞳に、あたしが映っている。
髪の帳に包まれた、こっそり、ふたりきりの空間。
きれいで。
触れたら壊れてしまいそうで。
でもさっき、ぷにって、触れた。
すぐそこにいる。息が、かかりあうほど距離に。
「……先輩」
「どうするの、飛鳥ちゃん」
またも、いたずら――?
そんな風を装っている先輩だけれど。
そのまなざしは、たぶん、冗談じゃない。
心臓が、どくどく、早鐘みたいに鳴っている。
胸の奥が、何かを期待して、静かに震えている。
「……へっ、……へへへへへっ!?!?!?」
「ふふ、冗談。……半分」
口元をゆるめながら、先輩はそっと視線をそらす。
自分のほうが照れている様子だ。
身じろぎをするから、絹みたいな黒髪が、さらさら揺れて……。
あたしの首筋を、何度もなぞる。
先輩の髪、とても、いい香りだ。
シャンプーでも香水でもない、たぶん先輩だけの匂い。
やがて、先輩はうつ伏せをほどいた。
指先で袋を開けると、そのままぺろりと舌先で、キャンディーの先をなぞった。
「……ちょっと溶けてるくらいが、甘いんだよ。こういうのって」
あたしの心臓も、またひとつ溶けた気がした。
甘さと、アイスキャンディーの冷たさと、くすぐったいくらいの胸の鼓動。
――夏って、こんなに味がしたっけ?




