第0話 静寂の国へ
かつて、日本国という国があった。その国は、四季に恵まれ、多様な文化を抱える文明国として世界に君臨していた。
しかし、国民は子孫を残さなくなり、いわゆる「少子化」がこれまで以上に進行しつつあった。2080年、国民の減少に連れて社会の維持が困難に、とうとう国家そのものが縮小していた。
2095年、日本はついにその統治機構を維持することができなくなり、同時に社会も分散してしまった。いや、人々がこのようになることを望んでいたかのように、穏やかに統一された「日本」は終焉を迎えた。
それは、音もなく崩れていくような終わりだった。
爆音も、叫びも、旗の色もなかった。ただ、生まれる子が減り、学校が静かになり、町が空白を抱えるようになった。道路には草が伸び、電波は届かなくなり、地図から名が消えていった。
争いも、革命も、天災も起こらなかった。
ただ、それぞれが静かに灯りを消し、誰とも決めないまま、人々はこの国を手放していった。
やがて、都市は小さな自治に分かれ、広大な土地が“誰のものでもない”空白として広がった。
それでも、誰かは耕し、誰かは歌い、誰かは記憶を綴った。その記憶が、いまや空へと浮かぶ。
過去の政府が残した分散型クラウドの中に、言葉や風景や、誰かの夢が眠っている。
この物語は、その記録をたどるひとりの少女の旅。