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元S級ギルド受付嬢(29)、婚活中につき

作者: 汐屋キトリ

 冒険者ギルド受付嬢にして看板娘、スザンナ=モアは荒れていた。

 

「どうして彼氏が出来ないの! ギルド受付嬢なんて普通、モテモテのはずでしょうが!?」

「スザンナちゃん、今日も絶好調だねぇ」

「絶不調だよ!」


 ギルド本部からすぐ近く、会員制の酒場は今日も大盛況である。

 カウンターに置かれたエールジョッキを、間髪入れずにグイッと一気に飲み干す。それを周りの常連客がそれをやいやいと囃し立てたのだった。彼女の嘆きも飛び交う野次も、酒場では毎週末恒例の光景となっていた。


「それにしても、元Sランクパーティーのメンバーが、婚活のためにギルド受付嬢に転職とはねぇ」

「うわーん!」


 そう、スザンナは元S級冒険者だった。

 頑丈な身体と回復術師(ヒーラー)要らずの回復力、そして固有スキル【超破壊】による一撃で獲物を爆散させる腕。

 ついた通り名は“破壊神スー“。全くもって乙女に似つかわしくないと内心憤っていたが、いつの間にか広く知られた名となってしまったのだった。

 

 五年前、魔王を封印した彼女たちのS級パーティーは生ける伝説となった。スザンナは当時二十四歳だった。


 功績を手に「片想いしていた第二王子に求婚するぞ!」と勇んで帰還したは良いものの、蓋を開けてみれば彼はパーティーメンバーの回復術師(ヒーラー)と付き合っていたとかで、スザンナは告白する前に失恋してしまった。

 しかし幸か不幸か、回復術師(ヒーラー)は良い子だった。彼女のこともまたパーティーメンバーとして大切に思っていたスザンナは、二人の結婚式を見てスッパリと想いを断ち切ったのだった。


 また、五人いるパーティーメンバーのうち盾使い(タンク)と女魔導士は冒険中にカップルとなり、帰還後一番初めに式を挙げた二人でもあった。

 そしてスザンナは、この世の真理を悟る。

 

回復術師(ヒーラー)や魔導士みたいな後方支援の女はモテるけど、最前線で戦うゴリゴリアタッカー女は、モテない!」

 

 幼少期は御伽噺(おとぎばなし)に憧れ、「将来の夢はお嫁さん!」と言っていたくらいには生来のロマンチストだったスザンナは、決めた。

 アタッカーは引退し、後方支援の役職に就こうと。


 しかしスザンナのもう一つのスキル【自己治癒】は他人には効かないし、魔法もからっきし。弓だって味方に当たる可能性の方が高い程度には苦手だった。

 これまで【超破壊】と己の腕力だけで、魔物たちをワンパン滅殺してきたのだ。前述した回復術師や魔導士にはジョブチェンジ出来ないことは自分でも分かっていた。

 

 となればそれよりも更に後方支援、ギルドの受付嬢ならどうか。

 冒険と日常の境目に位置する、ある意味生死の見届け人である彼女たちは(冒険者からの)モテ役職、堂々のナンバーワンであった。

 戦いの中で死にかけたとき、冒険者たちは彼女らの顔を思い出し、気力を振り絞るらしい。「生きて帰って、受付嬢ちゃんの笑顔を見るんだ……!」というように。


 ちなみにこれは当時組んでいたS級パーティーの五人目、剣士の言葉である。

 彼は愛しの受付嬢に会いたいがために依頼を受けまくっていたらいつの間にかS級になっていたとんでもないバカで、その嬢にも長年告白を躱され続けていた。

 しかし魔王を封印したという功績としつこいアプローチのおかげで、彼は先日ちゃっかりその受付嬢とゴールインしたのだった。

 

 つまり伝説と名高いあのパーティーの中で、現在独身者はスザンナのみである。


「私だって、結婚したいのに!」


 この国の女性の結婚適齢期は十六から二十歳。スザンナはその年齢のときガムシャラに鍛錬に励んでいたものだが、後になって後悔することになるとは。

 おかげで冒険者としての名声は手に入ったとはいえ、当時二十四歳で特定の相手もいないスザンナは行き遅れの分類となってしまっていた。

 

 焦ったスザンナは冒険者時代のツテを使って、最も実力のあるものたちが集う冒険者ギルドの本部の受付嬢として働き口を得た。

 

──「二十四歳」ではなく、「十九歳」と年齢を偽って。


 五歳もの大胆なサバ読みではあったが、冒険者ギルドの職員からは大歓歓迎された。何てったって伝説のパーティーメンバーだ。魔王が封じられ、魔物の脅威も減っていたこともある。


 スザンナは転職したが、目的はあくまで()()

 あの“破壊神スー”と露見してしまえば、モテるものもモテない。それでは意味がないのだ。

 戦闘の邪魔にならないように常に短くしていた髪は魔導師に伸ばしてもらい、回復術師に清楚系メイクも習う。荒っぽかった口調も、何とか丁寧に直した。

 これで完璧な美人受付嬢に完璧に扮すことができたと思ったのだ。



 しかし、事件は冒険者ギルド勤務初日に起こった。

 週末の宴会のノリを引き摺ったB級冒険者が、オイタをしたのだ。


「お嬢ちゃん、別嬪(べっぴん)さんだけど見ない顔だねぇ? 新人なら俺が、このギルドのこと教えてやるよ」


 受付にフラフラやって来ていきなり手を握ってきたその男は、アルコールの匂いをぷんぷんさせていた。

 スザンナは、記念すべき最初の褒め言葉をこんな酔っ払いの男に言われてしまったこと、あとシンプルに触られたことにブチギレた。優しく誠実な男に頬を染めながら「一目惚れしました……」とか言われる予定だったのに、と。

 スザンナは即座にその不届者の腹部をぶん殴る。一瞬でノしたのだった。


「B級ごときが。私を口説きたいなら、せめてA()()になってからにしてくださいね」


 スザンナが「やってしまった」と気づいたのは、その冒険者が白目を剥き、周りが大歓声をあげた時だった。

 拳に【超破壊】スキルは纏わせず、純粋な暴力だけに留める理性(?)は残っていたとはいえ、明らかにオーバーキルである。


「新人ちゃんすげぇな!」

「シビれたぜ!」

「まさかあの拳……」

「俺も殴ってくれ!」


 やんややんやと盛り上がるB級までの冒険者たちとは対照的に、何人かの顔見知りのA級冒険者たちはポカンと口を開けていた。

 変装で隠せていたと思っていたのに、あの一撃のせいで彼らはスザンナの正体に気づいてしまったらしい。

 希少な固有スキル【鑑定】まで使って、スザンナの真の年齢を確認してくる失礼なA級もいた。


「A級目指すぞ!」

「俺も俺も!」

「うわ、五歳も……?」

「踏んでくれてもいい!」

 

 そして先程喧嘩腰で口走った「口説くならA級になってから」という言葉が、ギルド内を一人歩きすることとなる。

 

 スザンナは別に、結婚相手に強さなど最初から求めていない。どうせ自分より強い男なんて片手で数えるくらいしかいないだろうと思っていたからだ。

 求めるのはむしろ、優しさと顔。

 しかし、この事件のせいで「受付嬢スザンナはB級以下はお断り」という雰囲気が出来上がってしまう。


 他のA級冒険者といえば、すでに名声を手にし妻子を抱えたベテランか、かつて依頼を取り合って取っ組み合いをした恋愛対象外の顔馴染みくらいしかいない。その中の誰もスザンナの正体を知って口説きに来る男はいなかった(来られても困るメンツだが)。


 そんなスザンナにも、春が来かけたことはあった。

 

 三年前のことだ。二十六歳(ギルドでの公称は二十一歳)になった彼女に、一人のB級冒険者が告白して来たのだ。

 堅実に実力をつけ若くして中堅となった彼は、他者からも信頼されるような冒険者にしては珍しく誠実な男であった。


「スザンナ! 俺、この依頼でファイヤードラゴンを倒したら、A級に昇格するんだ! だから!」

「う、うん!」

「その時は……俺の気持ち、聞いて欲しい」

「うん、待ってるから!」


 しかし彼はその後、帰らぬ人となる。

 

 スザンナは三日三晩泣き暮れた。

 鼻水を書類に垂らしながら仕事する彼女を見て、ほかの冒険者たちは酒やら甘い物やらをくれた。美味しかった。泣いた。


 亡くなった彼のことは、昔好きだった王子ほど熱心に惚れ込んでいたわけではない。しかし純粋に想いを寄せられて嬉しかったし、結婚相手としてかなり条件も良かった。

 段々と悲しみが怒りに変わって来たスザンナは一日有給を貰い、ファイヤードラゴンを単独で討伐した。ワンパンだった。泣いた。


 

 それから二年の月日が経ち、スザンナは二十九歳(公称二十四歳)になった。

 しかし、「それなら独身を謳歌しよう!」と思考をシフトチェンジするには、彼女はまだ幸せな結婚を夢を見ていた。


 そして今日も今日とて、A級冒険者以上とギルド関係者のみの会員制酒場で、酒を流し込みながら愚痴を言うのだった。


「もう、受付嬢なんて辞めてやるぅ!」

「スザンナちゃんに辞められちゃったら困るよぉ」


 幼少期から冒険者登録をし、最低ランクのE級からS級まで駆け上がったスザンナは、依頼ランクを適切に振り分けるのに長けていた。

 特に非戦闘員の職員であれば、C級依頼とB級依頼の境、あるいはB級依頼とA級依頼の振り分け判断に迷うことも多い。そんな時に彼女は重宝されていたのだった。


 受付嬢の仕事は多くない。数字などが出てくる細かい作業仕事までは回ってこないため、スザンナの仕事はギルド登録作業と依頼ランクの振り分け程度。

 あとはオイタをする輩が出ないようにギルド内を睨み回したり(特にA級たちへの牽制に役立つらしい)、期限の迫っている上級依頼をたまに片付けてやったりと、それくらいだった。


「嫌だ! 街の食堂の看板娘として人生やり直してやるんだから!」

「いや〜、もうスザンナちゃんはギルドの名物……じゃなかった、有名受付嬢だからねぇ」

「うわぁん! 誰が名物ですって!」


 どこからか聞こえて来た「いい年して可愛こぶった泣き真似すんな!」というヤジに向かってノールックでナイフを投げつけ、黙殺する。血飛沫が上がった気がしたが、気のせいたろう。

 ついでに別の人物らしき「うわぁっ! 破壊神だ!」という声にもフォークを放っておく。その名で呼ぶな。



 次の日もまた、二日酔いの頭でスザンナは何とか出勤した。数年前までは吐いて寝さえすれば酔いなど残らなかったというのに、年月は残酷である。

 ちなみに【自己治癒】は、二日酔いには効かない。前線から退いた今となっては、全くもって使えない代物に成り下がってしまった。


「スザンナさん!」

 

 ズキズキ痛むこめかみを抑えていると、爽やかな声がかかるわ二日酔いにも効きそうだ。


「あら、久しぶりねジェフくん」


 黒髪に赤い眼をした彼は、最近A級に上がって来た大型ルーキーである。ベビーフェイスではあるが、整った顔立ち。おまけに人懐っこく、年齢ランク問わず、先輩冒険者たちにも可愛がられているらしい。


(今日も目の保養だわ〜)


 完璧とも言える彼を、スザンナが結婚相手候補リストに入れない理由はただ一つ。


(十個下は、流石にね……)

 

 彼の冒険者カードにはしっかり、十九歳と刻まれていた。

 スザンナは現在二十九歳(公称二十四歳)。ジェフとは十歳の年齢差がある。

 男が十歳年上というならこの国でもままある話だが、女では遺産目当てでしか聞いたことが無い。


 いくら結婚を焦っているといえど、流石にラインは弁えている。よってスザンナは、若者のきめ細かい肌を眺める留めていたのだった。


 ちなみにスザンナはこれでも、アンチエイジングには人一倍気を遣っている。【超破壊】で古い細胞を破壊し、即座に【自己治癒】で新しい皮膚を再生させる。超人的なスキルと心身の耐久力により、肌管理は若い子にも引けを取らないほどバッチリだった。


「二ヶ月ぶりかしら? ソロのA級依頼だったわよね」

「ミスリルドラゴンの巣の位置が変わってて、探すのに手間取っちゃいました」


 たはは、と笑うジェフの発言にギルド内が一気に騒がしくなる。


「ミスリルドラゴンだと!?」

「しかもソロ!? 嘘だろ!」


 ミスリルドラゴンはその名の通り、鋼よりも硬いミスリルの鱗を持つドラゴンだ。スザンナもパーティー時代に討伐したことがある。

 S級のスザンナとてソロでも討伐できる自信はあるが、それでも十九の新人が一人で挑む相手じゃないのは確かだ。若き才能に素直に感嘆する。

 彼は麻袋から討伐証明部位の逆鱗を出し、受付に置いた。専用の魔道具で確認し、依頼達成のサインを書いてもらう。


「そうだ、スザンナさんの誕生日って先月だったんですよね? お祝いできず、すみませんでした」

「あー、うん。全然いいのよ」


 スザンナの目が泳いだ。恋人も出来ないまま先月二十九になってしまったという事実はまだ、直視したくない。


 そんな彼女の様子には気づかず、ジェフは空から何かを引っ張り出す。別空間に時を止めたまま物を貯蔵できるのは彼の固有スキル【保管庫】だ。

 大変便利なこのスキルは大陸中を探しても珍しく、スザンナも彼の他には元パーティーの魔導士くらいでしか見たことがなかった。


「これ、ミスリルドラゴンの肉です。スザンナさんはドラゴンの肉が好物って聞きました! 誕生日プレゼントといっては何ですが、良かったら」


 集まった熱い視線に彼は振り返り「皆さんもどうぞ」と微笑むと、大歓声が上がる。


「うお〜! 三年ぶりのドラゴン肉!」

「依頼もないのにギルド来てて良かった!」

 

 ドラゴンの肉なんて生きていてそうそう食べれるものではない。どこから聞きつけてきたのか近所の食堂のおじちゃんがすっ飛んできて、「調理は任せなァ!」と張り切っているのが見えた。

 それにしても。


(ドラゴンの肉が好物って聞いたって……いやまぁ、好きっちゃ好きだけどさ)


 それが『スザンナの好物』として広まったのは、三年前にファイヤードラゴンを討伐したとき、肉をギルドで配ったのが原因だろう。

 勿論スザンナが倒したということは伏せ、表向きは「討伐したとあるS級冒険者の厚意」ということにしていたが。

 

 当時スザンナは、焼きたてドラゴン肉に「今まで食べた中で一番美味しいよォ!」と泣きながらかぶりついた。その光景が、尾ヒレをつけて広まったのだろう。

 結婚相手(になりそうだった冒険者)の仇は、確かに美味だった。

 

 しかし好物に関する噂のもとが自分の婚活中の不幸だと思うと、今回のミスリルドラゴンの肉も素直には喜びづらい。


 ジェフはというと、屠ったミスリルドラゴンを固有スキル【斬撃】で解体していた。

 一体彼はいくつスキルを所有してるのだろう。血飛沫が上がるたびに会場……じゃない、ギルドは湧き上がっていた。

 そして全てを食堂のおじちゃんに肉を託し、一仕事終えたジェフはスザンナに向き直ると、満面の笑みを浮かべる。


「遅れてしまいましたがスザンナさん! ()()()歳のお誕生日おめでとうございます!」


──しーん。


 先程までのお祭り騒ぎは嘘のように、途端にギルドが静まり返る。ひゅう、と一陣の冷たい風が皆の頬を撫でた。

 沈黙を破ったのは、勇気ある(蛮勇とも言う)兄貴肌のB級冒険者ヒューゴだった。


「お……おいおいジェフ、何言ってんだよ。スザンナちゃんは二十四歳だぜ?」

「え、違いますよ。スザンナさんは二十九歳です」


 スザンナはふかふかの椅子から、ゆっくりと立ち上がる。

 彼女のトップシークレット(実年齢)を知っているギルド職員たちとA級冒険者たちの顔は、青を通り越して白くなっていた。

 

「スザンナ=モア、」


 そのまま受付から出たスザンナは、


「──()()()()、よッ!」

 

 ジェフの腹を殴った。グーで。

 彼が勢いよく吹っ飛び、轟音を立てて壁にめり込む。瓦礫と土埃が飛び散った。


(あっ)

 

 気づいた時にはもう遅い。スザンナは年齢を看破されたあまりの衝撃で、無意識のうちに【超破壊】を使ってしまっていた。


 彼女の脳内を一瞬にして未来のビジョンが駆け巡る。

 現れるミンチ状のジェフの死体。冒険者ギルドは当然のごとくクビ。殺人罪で現行犯逮捕、しかしかつてのS級仲間たちの嘆願で処刑だけは免れ、最終的に劣悪な監獄に幽閉されるのだ。ここまで想像するのには僅か〇・五秒足らず。

 

 スザンナは天を仰ぐ。


(終わった……)


 しかし、ミンチは現れなかった。砂埃の中、ゆらりと何かが立ち上がる。


「生きてるぞ!?」


(え!?)


 ファイヤードラゴンすら一発で殺した拳だ。大人げもなくS級本気(マジ)パンチをかましてしまったというのに、まさか生きていてくれたとは。

 あれをまともに食らって立っていられたのなんて、元パーティーメンバーのS級盾使い(タンク)くらいのはずだった。


()()()()()効くなぁ、スザンナさんのパンチ」


──相変わらず?


 姿を現したのは、恍惚とした笑みを浮かべたジェフ。内臓が飛び出していることもなく、出血していることもなかったが、ある一点……いや二点に全員の視線が集まる。

 彼の背からは黒い双翼、そして頭からは禍々しいツノが二本、生えていたのだ。

 変貌したジェフの姿を見て、スザンナは叫んだ。


「あんた──あの時の魔王!?」

「え、魔王!?」

「魔王だって!?」


 冒険者たちが一斉に武器を構える。

 しかしS級五人のパーティーがやっと、討伐でなく”封印”できたのが魔王である。粒揃いとはいえ無策では、A級以下が束になってかかったとて勝てる可能性はゼロ。そもそも密集したギルドの空間内では武器をまともに振ることも難しいのだ。

 ツノを現したジェフ──魔王には一歩も足を動かせないような圧がある。

 動いたらその瞬間殺される。皆がそれを肌で感じ取っていた。


 そんな中、冷静に腰を落として駆け出したのはスザンナだ。


「先手必勝ッ!」


 神速とも言えるスピードで距離を詰めたスザンナは再度、全力の一撃を叩き込む。

 しかし今度は彼は倒れなかった。それどころか嬉しそうに頬を染めている。


「コレだよ、コレ……!」


 まるで薬物中毒者(ヤクチュウ)みたいな台詞に全員がドン引きした。反撃する様子もないので、とりあえずもう一発殴ってみる。


──ドゴッ!

 

「もっとください、スザンナさん!」


 不穏な効果音が響くが、彼はなぜか殴れば殴るほど喜んでいる気がする。周囲も異様な光景に唖然とし始めた。


──バキッ!

 

「何で、攻撃してこないのっ!」

「うーん、堪らない!」


 質問すら聞いていない彼は目をとろんとさせ、一人で悦に浸っているようだった。

 

──メリッ!


「何なのよ! イケメンだからって何でも許されると思うな!」

「えっ、僕のことイケメンって思ってくれたんですか?」

 

──グワシャッ!


「ってか、何で魔王を“封印“することになったか思い出した! あんた硬すぎるのよ!」

「懐かしい思い出ですね、僕もあんなに重たい拳《愛》は初めてでした!」


 そう、魔王は硬すぎる。

 当時スザンナが先手必勝の一発を入れたあと、魔王は急に目を見開いたまま動かなくなった。

 

 一応己の装備が割れるまで殴ったが、回復術師(ヒーラー)いわく「まだ生命(バイタル)が反応してる」とのことで、一向に死なない。そのため討伐ではなく、最終的に"封印"の形を取ったのだった。

 あの時はてっきり目を開けたまま気絶したのかと思っていたが、実は全然起きていたと。ただパンチの衝撃で惚けていただけらしい。


 無尽蔵の体力を持つはずのスザンナは、肩で息をし始める。肉体的というよりは精神的な疲労によるものだった。現役時代も滅多にかかなかった汗が、受付嬢の制服を湿らせる。


「復讐にッ、来たの!?」

「復讐? まさか! 僕はただ、スザンナさんにもう一度殴ってもらいたい一心で」


 その場の全員が耳を疑う。「殴ってもらいたい一心」?

 彼はニコニコしながら続ける。

 

「探してもなかなか見つからないわけですね。“破壊神スー“がまさか、本名でギルド嬢に転職してたなんて」

「何だって!?」

「スザンナちゃんが“破壊神スー“!?」


 盛大な身バレに、これまでの努力が水の泡と化した。

 スザンナはかつてのS級パーティー仲間からは「スー」と渾名で呼ばれていた。よってスザンナ=モアという本名を魔王が知るはずもなかった。

 

 何なら剣士からは「スー」とすら呼ばれずに「破壊神!」と呼ばれていた。

 改めて思い返すと、乙女に対してあんまりな呼び名だ。呼ばれるたびに殴っていたものの、ついぞ直らず。そんなノンデリの方が先に結婚できたのもあんまりだと思った。


「殴ってもらう云々は一旦置いておいて、魔王がどうして冒険者の真似なんかしてたのよ」

「だってスザンナさんが言ったんじゃないですか、口説くならA級になってからって」


 あの時見ていたのか。驚愕であんぐりと口が開く。顎が外れたかとすら思った。


「私を口説くためにわざわざ、冒険者登録を?」

「はい。本当はA級じゃなくて同じS級になってから、と思っていたのですが……」


 ジェフは跪いたかと思うと、小さな箱をパカリと開けて差し出した。中に入ってたのは、ミスリルドラゴンの眼球が嵌め込まれた指輪。


「スザンナさん、僕と結婚して、毎日殴ってください!」

「無理!」


 考えうる限り最低のプロポーズを、即答で断る。

 スザンナは「二人はいつまでも仲良く幸せに暮らしました」がしたいのだ。ドメスティック・バイオレンスも甚だしい家庭など築きたくない。


「どうしても、ですか……?」


 彼のルビーのような瞳がうるうると潤み始める。子犬のような表情。思わぬ猛攻にたじろぐ。

 スザンナはこういう顔に弱かった。

 

 魔王戦の時はフードを被っていて見えなかったがこの魔王、顔が良い。元々冒険者だと思っていた頃から目の保養にしていたのだ。つまりはちゃめちゃにタイプだった。


「で、でもほら、ジェフくんって十九歳でしょ?」


 もじもじし始めるスザンナに、ギャラリーたちは(あれ、流れ変わった?)と互いに顔を見合わせる。二人称も「あんた」や「魔王」でなく「ジェフくん」に戻っていた。

 

「十歳も離れてるし……」

「それは人間換算の年齢で、実際五百年は生きてます、魔王なので!」

「歳上ってこと!?」


 ギャラリーは(そこじゃないだろ)(ほんとに五歳サバ読んでたのかよ!)と内心ツッコミを入れたが、魔王と元S級冒険者のラブコメに首を突っ込む勇気までは無かった。

 上目遣いの魔王はスザンナに追い討ちをかける。


「僕は貴女のパンチに、一目惚れしたんです!」

「一目惚れっ!?」


 一目惚れ、なんて甘美な響き。

 カッコ内の言葉は全員に聞こえていたが、スザンナの脳はそれを完璧にスルーした。ぽうっと頬をピンクに染め、身体をくねらせる。

 受付嬢に転職した五年前、夢見ていた台詞そのものではないか!

 

 そこでまたも命知らずな呟きが響く。兄貴肌のB級冒険者ヒューゴだ。

 

「おいそれ、一目惚れってか、一殴り惚れじゃ……おわっ!?」


 スザンナがノールックで投げたその辺の万年筆(ギルド備品)によって、余計なことを言った彼の耳に風穴が開いた。オイオイと男泣きする彼の横で、初対面らしきヒーラーの少女が回復魔法をかけてやっているのが見える。そこ、勝手にロマンスを始めるんじゃない。

 ラブの波動を察知し睨みつけそうになったが、気が逸れたことを咎めるようにジェフが袖を引いてくる。


「他の男なんて見ないで、スザンナさん!」

「ぐっ!」

 

(か、可愛い!)

 

 ゴングの音が脳内で聞こえた。「男を可愛いと思ったらもう、終わりなんですよ」とは、ノンデリ剣士の嫁になった先輩ギルド嬢の言葉だったか。完敗だ。

 スザンナは自らの人差し指をつんつんと突き合わせる。


「ま、まずはお友達から……!」

「やった!」


 その言葉に飛び上がって喜んだジェフに手を取られたかと思うと、目にも止まらぬ早業でドラゴンの目ん玉リングが薬指に付けられる。スザンナは速攻外し、元の小箱の中に突っ込んだ。


「これだけは絶対イヤ! もっと可愛いのがいい!」

「分かりました、一緒に素材選びにいきましょうね!」

 

 願わくば、素材というのがダイヤモンドではなく魔物の部位ではありませんように。魔物狩りデートは流石に御免被りたい。


「宴じゃァ〜!」

 

 タイミングを見計らったのか、叫んだ食堂のおじちゃんがガラガラと台を引いてきた。様々な形に調理されたドラゴンの肉がその上で輝いている。

 我先にと骨付き肉を奪い合う冒険者たち。先程までの緊迫感はどこへやらだ。

 一息ついていると、馴染みのA級が肉を貪りながら近づいてくる。


「魔王の手綱握れるのはお前(の拳)だけだからな! くれぐれも夫婦喧嘩で人間皆殺しとか、勘弁だぞ!」

「ジェフくん、人間に攻撃なんてもうしないよね?」

「しません! スザンナさんが浮気しない限りは!」


 笑顔で怖いことを言ってきたが、まぁスザンナが浮気しなければ良いだけの話だ。


(ん、あれ……? まずはお友達からって言ったよね?)


 いつの間にか友達すっとばして恋人同士みたいな雰囲気にされている。

 ちゃっかり言質を取られた気がしたが、何やかんやスザンナは流れに身を任せることにした。「こういう人生もまぁ、アリかな」と受け入れ始めていたのだった。


 結婚式にはかつてのパーティーメンバーも招待してやろう。平和ボケした彼らが元魔王(はなむこ)を見てひっくり返る姿を見るのが楽しみだと思った。

お読みいただきありがとうございました!

とある外部コンペ用に1万字縛りで書いたのものですが、楽しかったです。

よろしければ評価等いただけますと非常に嬉しいです〜!


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