001 念願の人族。まあ空腹だけど
「.........!」
意識がはっきりしてくる。そうだ、俺は親父に.........
仰向けになっていた身体を起こす。.........うん。体は異常なしっと。
装備はすべて取られたはずだが、白いTシャツと茶色の短パンを、俺は着ていた。多分、親父の情けだろうな。まあ、この程度だったら売っても腹の足しにはならないし、ありがたく着ときますか。
グゥゥゥゥゥゥゥ..................
「腹が減ったな。いったい何日寝ていたんだ」
裸足のまま、俺は森の中を歩く。土のひんやりした感触が新鮮だ。魔族だったころは、一応魔王の息子だったわけで、裸足の生活とは無縁だった。こうして自然に触れるのも、中々できなかったしな。
俺は歩けば歩くほど、人族になったことを実感する。
「あっ、一応.........あれ、試しておくか。」
右手の親指を、嚙み千切る。ぺっ。自分の指なんざ、食いたかねえよ。
「................................」
しばらく手を見つめていると、さっきまで無かった親指が、新しく生えてきた。これまあまあ体力使うんだよな...........それでも、これではっきり分かった。
「俺、半人半魔になったのか」
人間界だと都合がいいっちゃいいけど、中途半端なのは好みじゃねえ。
「とにかく、何か動物でもいないもんかね。腹が減って死ぬぜ、こっちは」
ときどき鳥の鳴き声は聞こえるが、生憎魔族だったころの翼はない。傍から見たら、本当にただの人間だ。鹿とか、高望みするとイノシシ辺りがいいな。早く親父とはかち合いたいが、ここは焦らず、しっかりと人間界を堪能してからにしたい。ケモノ肉、ケモノ肉.........フフフ。
にやにやして歩いていると、これは驚いた。
「おほっ、さっそく"高望みさん"のおでましですか」
遠くから、イノシシがのっそりと歩いてきているではないか。いやはや、これも日ごろの行いですなあ、多分。
俺は小走りで近づき、ソイツと向かい合う。丸々太っていて、これ以上ないほど食欲をそそる個体だ。(生きてる状態だけど)ヤバい、にやけが止まらん。
拳を、握る。
「魔力は無いから、素手でやりあおうじゃねえか」
俺の闘気を感じたのか、イノシシの眼が険しくなる。いいねいいね。
ヤツは鼻息を荒くし、突っ込んできた。
構えて...........向かってきたヤツの顔に、ありったけの力を込めた一撃。
ドォォォォンッ!
周りの草木が揺れる。吹っ飛ばされたイノシシは怯み、落ち着いて今度はこちらの出方を伺っている。にしても、人族ってこんなにいい拳骨が打てるのか。まあ多分、魔族時代の鍛錬の成果が、なぜか残っているからだろう。自分でいうのもなんだが、いい肉体してるぜ、まったく。
「まっ、こんなの連発してられないけどな。」
さっさと決めたい。俺は間合いに入り込む。
「ごめんな、お前にも家族がいるだろうけど」
しゃがんで、ヤツの顎を下から打ち上げた。宙を舞う、イノシシ。
「こっちには、魔王の元息子がいるんだ。」
ボスッ
ヤツは背中から地面に打ち付けられ、気絶した。ざっとこんなもんよ。
「それにしても、筋肉は人間製でも、まさか魔族時代のものにここまで近似しているとはな.....................」
親父も中々甘いな。まあそれよりも...........今は待ち望んだケモノ肉が目の前にあるんだ、捌くとするか。
俺は手ごろな石を選び、いい感じに砕く。包丁の完成っと。
「魔王城にいたときはどうなることかと思ったけどよ、そこら辺の魔物とだったら案外やりあえるな、俺。」
捌きながら、考える。
確かに、肉体は人族としては文句なし。思わずそうこぼしてしまうのも無理はない。しかしどうだ?さっきの一撃だって、疲労を感じなかったわけじゃない。スタミナだったら、むしろ結構劣るかもな...........
サワァ...........サァ........
そよ風が気持ちいい。さっきの闘いで、あんまし鳥は鳴いてないけど。
「っよし。これでいいかな。毛皮も一応とっといて........」
あらかた捌き終わった。毛皮はあって困るものじゃないからな。さて、じゃあそろそろイノシシバーベキューとしますか。
俺は周りにあった木の枝をありえない速度で集める。早く、食いたい...........
「これとこれとこれと...........うし。このぐらいでいけるだろ」
毛皮を座布団代わりにして、ようやく一息。ふぅ。春の日差しが気持ちいい。
ええっと、炎魔法で火を起こしてっと。胡坐をかいたまま、俺は右手をかざす。
何も、起こらない。
.....................あっ
「魔力、無いんだった.....................」