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34話 結局皆で遊園地

 おや、と思ったのはバス停についたときだった。


 いつも通り朝六時に起きて、朝ご飯を食べて、おはぎと水筒をリュックに入れて家を出た。夏希は水色のTシャツに、ベージュのショートパンツ。頭に麦わらの帽子を被って、可愛らしいポーチを肩にかけている。手を繋いで、スキップする夏希のペースに合わせて歩いて行った。有原とはバス停で合流することになっていた。


 その、バス停についたとき。


「おやおや、結斗氏と夏希氏ではないか」

「あれ。お二人もお出かけっすか」


「あっ、モッチーとソララちゃんだ! おはよー!」


 モチ太とソララもそこに立っていたのだ。二人揃ってお出かけ仕様。ソララはデニムのホットパンツに白いシャツで、モチ太はいつものXLサイズコーデ。並んで立ってもカップルには見えないが、息はぴったりと合っている。


 なぜか挨拶を済ませると、二人揃って後ろを向いてこそこそし始める。


「だから言ったじゃないっすか。もう一本早くしようって」

「いやしかし、あの結斗氏がこの時間のバスに乗れるとは思わず」


「体がラジオ体操になってるんす。無遅刻無欠席っすからね」

「そ、そういうことは早めにセリヌンティウス……」


「セリヌ……ってなんすか。もう」


 ひそひそ話のつもりなんだろうけど、普通に全部聞こえてる。距離もないし、二人とも声でかいし。

 俺を見守るために来たのだろうか。この二人ならあり得そうだ。今日、遊園地に行くことは伝えてある。昨日の様子じゃ心配させるか。尾行しようとしているらしいのが、謎ではあるけど。


「ねえねえ、二人はどこに行くの?」

「むほっ!」


 ぴょんと飛び出した夏希に、モチ太が不審者みたいな悲鳴を上げる。


「し、ししし、し師匠。あたしたちは、その、えーっと……どこにも行かないっすよ」

「それは無理があるだろ」


 目をそらして口笛を吹き始めたソララに、落ち着いてツッコむ。褐色の少女は変な汗をだらだら流す。好きな男の隣でしていい顔じゃない。


「夏希、モチ太とソララも遊園地に来るって言ったら嬉しい?」

「えっ⁉ そうなの?」


 キラキラした目には、嬉しいという言葉が乱舞している。


「……そうでござる」

「……はいっす」


 二人揃って申し訳そうな顔をしてきた。なんでだよ。別にいいよ。


「あっ、でもね。ソララちゃんたちがデートなら、ナツはお邪魔になっちゃうの」

「いやいや。そんなことはないでござるよ。ソララ氏とデートするなんて」

「ハ?」


 うっかり失言をかましたモチ太に、目からハイライトを消したソララが迫る。普段の元気っ子からは想像がつかない豹変っぷりだ。


「デート、するなんて? その続きは?」

「ソララ氏とデートするなんて、一生分の運を使い切ってしまいそうでもったいないのさ!」


「モチさんったら、そんなこと言われたら照れるっすよー」

「わ、わはは、わはは……」


 一転して頬を赤く染めるソララの横で、巨漢は小刻みに震えている。この二人の力関係って、相変わらずよくわからない。ベタ惚れしているのはソララなのに、尻に敷かれているのはモチ太だ。惚れた弱みという言葉にも例外はあるらしい。


「でも安心してほしいっす師匠。モチさんとのデートは今回ではないっすから」

「そうなの?」


「はいっす。だから、一緒に回りましょうね。師匠はジェットコースター好きっすか?」

「ジェットコースターはね……ナツ、乗ったことない」


「じゃあデビューっすね。早くて気持ちいいっすよ」

「ユイくんも乗る?」


 くるりと振り返って、夏希が手を引いてくる。……正直あんまり好きじゃないけど、首を振る方向は縦だ。


「もちろん。今日は全部乗るって言ってたもんな」

「結斗さんもなかなかのやる気っすね。でも負けないっす!」


「なんの勝負だよ」


 謎の気合いを入れるソララの隣で、夏希はぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。こんなふうに喜んでくれるなら、俺はどんなに速いジェットコースターも、古い観覧車も、高速回転のコーヒーカップにも乗れる。


 そんな話をしていたら、こっちに走ってくる人が見えた。

 水色のワンピースで白いハットを被った有原は、バス停につくとほっと一息つく。二つ向こうの交差点を、目的のバスが通過した。


「ごめん。準備してたらギリギリになっちゃって」

「ナイスタイミング。間に合ってよかった」


 それだけ言葉を交わして、バスに乗り込む。先頭で入っていた夏希が一番後ろに座ったので、そのまま五人で横に並んだ。俺は夏希の右隣で、有原は真ん中。その奥にソララ、モチ太の順番だ。


 普段は乗らないバスに興味津々の夏希は、さっそく外の景色に夢中だ。それを見た有原が、微笑んで言う。


「楽しそうね」


 その優しいまなざしは、妹を思う姉のものなのだろうか。隠すと決めたのに、胸が痛んでなにも言えなかった。不自然に思われないよう、軽く頷いておく。


 それから有原は反対側。モチ太たちの方を向いた。


「で、あの二人は?」

「バス停に生えてた。あいつらも遊園地に行くらしいから同行することになった」


「すごい謝ってるけど……」


 耳を澄ますと、モチ太とソララはぺこぺこしながら「すいません、すいません」と繰り返している。なんなんだあいつらは。


「じゃあ、全員揃ったんだ」

「うん」


「そっか。物部が頑張ったからだね」

「まさか」


 それだって当たり前のことじゃない。俺たちは一度、バラバラになりかけている。この時間があるのは、特別なことだ。まさかこんなに早くなるとは思わなかったけれど。嬉しい誤算だ。


 ちらっと隣を確認する。夏希はじっと外を眺めている。モチ太とソララは、スマホを二人でのぞき込んでいる。


 今なら言えそうだ。声を潜めて、そっと囁く。


「有原。今日の格好、お洒落だな」

「……ふふっ。でしょ」


 今回は早めに言えた。

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