33話 恋をしたから
夏希には「大丈夫だよ」と嘘をつくしかなかったし、それからのことはいつも通りだった。
いつもよりちゃんと手を繋いで、一緒に料理を作って、しっかり話を聞いて。俺にできることは、やっぱりそれくらいしかない。それくらいしかないけれど、その重さを知った。いつも通りは、当たり前じゃない。
夜になる頃には、雨はもう上がっていた。明日は晴れだと天気予報は告げて、夏希は張り切って布団に入った。
アパートの外に出て、スマホを起動する。有原からメッセージが届いていた。不在着信もたくさんきている。彼女はずっと、俺のことを心配してくれていた。
電話をかける。繋がった。
「もしもし。大丈夫なの?」
第一声が食い気味の心配で、申し訳ないけれど嬉しかった。こんなに自分のことを気にしてくれる人がいる。ちゃんと謝らないといけない。
「ごめん有原。急にいなくなって、連絡も無視して、ごめん」
「なにがあったの?」
「夏希のことで……ちょっといろいろ。ごめん。詳しいことは、有原には言えない。でも信じてないとか、頼れないとかじゃないんだ」
俺が見たことは、有原と夏希には隠すことにした。もし仮に、うたかた様の目的が二人を再会させることだとしても。俺は違う道を選ぶ。夏希が過去を思い出してしまったら、それを引き金に消えてしまうような気がした。
「モチ太には話したんでしょ」
「……うん。モチ太とソララに話した」
「一人で抱え込んでないのね。よかった」
有原は優しかった。俺が言えない理由も聞かず、走り出してしまったことも責めなかった。一人で抱えていないか。ただ、そのことだけを。俺のことだけを想ってくれていた。
「――……っ」
溢れそうになる言葉を、すんでのところで堪えた。
好きだと言いたい。大好きだと叫びたい。今すぐ彼女のところに走っていきたい。
この衝動が恋だというなら。俺はもう、自分の親を責めることなどできない。
母さんは、父さんじゃない男に恋をして家を出ていった。父さんは、母さんじゃない女に恋をして再婚した。
どうして俺じゃないんだと思った。どうして俺の幸せを考えてくれないんだ。俺より大切なものができたことが悔しくて、虚しかった。
だけどわかった。
有原冬花に恋をして、知ってしまった。
この感情の熱量を。重さを。痛みも甘さも、なにより特別だったから。
自分がそうなりたいとは思わない。なにかを許せたわけじゃない。だけど、諦めはついた。
初恋は俺のことを、呪いから解き放ってくれた。
「明日、予定通り遊園地。三人で行こう」
「うん。楽しみにしてるから」
くすぐったくて、俺は笑った。有原の笑い声も聞こえた。
「おやすみ」
「おやすみ」




