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24話 肝試し(JK編)

 俺たちが戻るのと同時に、ソララたちは出発した。今日のメインイベント開始だ。


 有原は二人の背中を見送って、わかりやすく脱力した。駆け寄った夏希をおもむろに抱きしめると、ほっと息を吐いてリラックス。


 恋する乙女とそのお相手に挟まれるのは、さぞ精神がすり減ったことだろう。二回出勤の俺は、あの二人と一緒になることはない。そういう意味では、このサービス残業は悪くない。


 夏希は有原が相手をしてくれているので、俺は少し離れた場所で休憩する。神社の参道はそれなりに高低差があって、思ったよりも体力を消費した。だが本当に体力を奪っていったのは、体よりも頭の方だ。


 夏希のことを知ろうとするほどに、増えるのはわからないという事実だけ。調べようのないハテナが積もって、壁みたいに視界を覆い尽くす。この先になにが起こるか、予想できることがなにもない。


 うたかた様に、意思があるとしたら。

 なぜ夏希は記憶を無くしているのだろうか。なぜ夏希と俺は出会ったのだろうか。


 どうしてあの子は、自分がいつか俺の前からいなくなると思っているのだろう。ずっとここにいたい。そう言った夏希の声は、この生活の終わりを確信していた。ずっとはいられない。それを理解しているから、あんなにも悲壮で、必死だった。


「……願わなければ、動かない。か」


 だが、誰がこんなことを願うというのだ。


 もういっそ考えるのはやめて、「神様だからなんでもあり!」と割り切ってしまった方がいいだろうか。そんな気がする。どうせ俺、そんなに頭良くないし。探偵になる気も、霊能力者の才能もない。背伸びして普通のサラリーマンになって、なんとか生きていければそれでいい。志もその程度。神様を許さないと強がったところで、なにかができる自信もない。


「……べ」


 普通だってすごいんだ。人間の半分は、普通にすらなれずに苦しんでいるのだから。


「……のべ」


 難しく考えるのはやめよう。今日を楽しく、明日も楽しく。自分にできることを、自分にできる限り。


「物部!」

「うわっ! ど、どうした急に」


「どうしたじゃなくて、私たちの番。行くよ」


 早足で歩きだす有原。怒っているのだろうか。振り返ってくれる気がしない。

 戻ってきたモチ太たちとすれ違う。ソララは夏希を抱きしめて、「ししょぉー、怖かったっす」と言いながら左右に揺れていた。目的は達成できたのだろうか。


「結斗氏、ファイト」

「なにがだよ」


 モチ太は飄々とした顔でハイタッチを求めてくる。この様子だと、ソララはなにもできなかったのだろうか。二人の様子を見てもわからない。モチ太は変なところで肝が据わっているやつだ。顔に出なくても、内心は大興奮なのかもしれない。


 聞きたい気持ちを抑えて、前を歩く有原に並ぶ。


「ごめん。ちょっと考え事してた」

「謝らなくていい。怒ってないし」


 短く切った髪の下で、横顔は固く締まっている。歩くペースも速くて、俺を置いていこうとするみたいだ。


「怒ってるじゃん」

「怒ってない。ほんとに……怒ってるわけじゃないから。気にしないで」


 語気が弱まっていって、それと一緒に歩くペースも落ちる。立ち止まって、有原は首を横に振った。憂いを帯びた目で、口元だけ微笑む。


「ごめん。本当になんでもないから。行こ」


 ゆったりしたペースで歩きだす。

 俺がぼーっとしてたのがまずかった。いろいろあったのは事実だが、今日は気が抜けすぎだ。なにもできない。全部が噛み合わない。並んでいる二択に対して、ことごとく不正解ばかり選んでいるような気がする。


 気まずさを払うように、有原が口を開いた。


「ソララは、どうしてモチ太のことが好きなんだろ」

「確かに不思議だよな。モチ太はオタクで、巨大で、意味不明なこと勝手に喋ってるし、体力ないし、時々俺の命狙ってくるし……けど」


 転校してきたときからずっとそうだ。馴れ馴れしく話しかけてきて、当たり前のように俺の近くにいて。「やあやあ結斗氏。今日も素晴らしいオタク日和だね。推しについて語り合おうじゃないかはーっはっは」みたいなことばっかり言ってきて。ウザいと言っても引かなくて。誰に気持ち悪いと言われても、絶対に自分は曲げなくて。


「たまにスゲー格好よく見える」


 夏希の話題に、俺よりずっと楽しい受け答えができる。ソララが遊ぼうと言ったら、体力が無いのにちゃんと付き合う。当たり前のように、有原の髪型を褒められる。

 あいつにできることが、だいたい俺にはできない。


「そっか」

「有原にとっても、モチ太って格好いいのか」


「格好いいかはわかんない。私からしたら、モチ太は優しいとキモいの間にいるような人だし」

「キモ優しい」


「あははっ。キモ優しいってなに? 褒め言葉じゃないよそれ」

「キモいやつが優しかったら……うわっ、もっとキモいな」


 汗だくのおじさんがニヤニヤしながらハンカチを差し出してくる。控えめに言っても地獄だ。でもモチ太っておおよそそんな感じではある。ドュフフって笑うし。嫌悪感がないのが不思議だ。


 どうやらキモいと優しいは相乗効果でマイナスになるらしい。やっぱりマイナスにはマイナスをかけないとプラスにならない。数学は正しい。


 気づけば有原は微笑んでいた。


「全然話変わるけど、気になってたこと聞いてもいい?」

「いいよ」


「物部って、どうしてこんなところに住んでるの? 学校も遠くて、不便なのに」

「怖い話は好きか?」


「えっ、怖いの?」

「さあ。でも、ちょっと不思議な話。なにかに誘われるみたいに、トントン拍子で決まったんだ。俺もよくわからん」


 ドッペルゲンガーのことは言わない。このくらいなら、ただのよくわからない話で済む。モチ太以外に打ち明けるのは、まだ少し先にしたい。


 鳥居をくぐる。そこから先は、厳かな気分になって口数が減る。夏希と来たときも、参拝まで黙っていた。


 こんな短い間隔で二回も来てすいません。

 手を合わせて心の中で深く謝罪して、回れ右して元来た道を戻る。


 鳥居を抜けて、長い階段。下りたら今日も終わり。

 さっきまでの会話は終わった。新しい話題を探さないといけない。そうしないと、押しつぶされてしまいそうになる。


 隣を歩く有原の髪が、いつもとは違う揺れ方をするたびに。焦燥が胸を締め付ける。


 いつもと同じだ。俺だって毎日、夏希のことを褒めている。あれでいい。語彙なんてなくたって、言うのと言わないのじゃ大違いだ。

 これがソララ相手だったら、きっと俺は軽く褒められる。それと同じだ。有原だってよく遊ぶ相手の一人で、だから同じはずで。


「なんか全然怖くなかったね。神社って、お墓が近くにないからお化けもでなそうだし。物部がいると、ちょっとだけ安心するし……」


 ――違う。


 同じじゃない。同じじゃないから、言葉が出てこなくて、苦しいんだ。苦しいけど、伝えなくちゃもっと苦しくなる。この苦しさから逃げたら、きっと死ぬほど後悔する。


「有原!」

「――っ⁉」


 自分でも思ったより大きな声が出てしまった。有原はビクッとして振り返る。


「ごめん。緊張して、変な声出た」

「ううん。大丈夫」


「その髪、可愛いよ」


 言えた。思ったよりも簡単だった。顔の熱さも、心臓の音も、全部が嘘みたいだ。

 有原は、数秒固まって、いきなり階段を駆け下りる。と思ったら、立ち止まって振り返った。


「ばーか」

「ごめんって」


 ゆっくりと階段を下りていく。有原はゆっくりと右手を持ち上げる。肩を叩かれるのだろう。避けずに受け止めよう。どうせ痛くないし。


 有原がいる段の、一つ手前に踏み出す。

 それと同時に、有原が一段上った。


 ぎゅっとシャツが掴まれる。胸にこつんと固いものが当たる。


「ばか」


 密着はしきっていない。抱きつかれているかといえば、それとも違う。

 ただ、ただ近くに有原がいる。俯いて顔は見えなくて、くぐもった小さな声だけがよく聞こえた。


「もっと早く言ってよ」


 優しい手が、俺の胸を叩く。


「ごめん」

「本当に思ってるの?」


「思ってるよ」

「ならもう一回言って」


「その髪型、可愛いと思う」


 大きく、ゆっくりと背中が動く。全身から力が抜けるように、有原が頭を預けてくる。


「……よかった」


 それだけ言うと、体を離して段を下りる。

 暗闇の中で、彼女は笑っている。そんな気がした。


「はやくしないと、また誤解されちゃうよ」





 皆と合流してから、俺たちはいつものように振る舞った。なんでもなかったようにモチ太に軽口を言って、夏希の手を引いて帰った。


 そういう演技だけは、上手いのが俺だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 気づかなければ幸せだったのに、一度気づいてしまうと色々と気になってしまいますよね。 そして、何も知らない時には、もう戻る事はできないと。ならば進んでいくしかないんでしょうけれど。
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