21話 ラジオ体操皆勤賞
ラジオ体操に行く保護者の朝は早い。
朝の六時に目を覚まし、身だしなみを整えて朝食を済ませ、七時には公民館に到着しなくてはならない。最近はお母様方に顔を覚えられ、子供たちと一緒に体操もしている。もちろんソララも一緒だ。ヤックルはもらってない。
俺の早起きが続いている理由。それは、少しでも夏希に信頼してもらうためだ。
モチ太が言っていた。うたかた様は、願わなければなにもしない。
夏希が帰りたいと願わなければ、それだけでこの時間が続く可能性は上がる。もしどこかへ行ってしまうときがきても、そのとき、夏希が俺のところへ戻りたいと願ってくれれば――
そんなことを考えて、導き出した結論。
夏希の願いをなるべく叶える。その一環としての、ラジオ体操皆勤賞だ。
体操が終わったら、保護者側に立って子供たちのカレンダーにスタンプを押してあげる。子供たちの中には、当然のようにソララも入っている。違和感は三日目で感じなくなった。
「いやぁ、結斗さんも様になってきたっすね」
「ラジオ体操が様になるってどういうことだよ」
「動きのキレが増してるっすよ。特に体を大きく回す運動の」
「あれ楽しいよな」
「っすよねー」
夏希がアキちゃんたちとヤックルを飲んで遊んでいる間、俺はソララと話している。
「そういえばソララって、いつもなにしてるんだ?」
「午前中はラジオ体操、ジョギング、トレーニング、ストレッチっすかね」
「アスリートすぎるだろ」
「午後は畑手伝ったり、釣りしたり、まあだいたいそんな感じっす」
「予想以上にソララってソララなんだな」
意外性がないというか、俺が見てないところまで二百パーセントでソララらしさが爆発していた。彼女はこの先も変わらないんだろうな、という不思議な安心感がある。
「結斗さんはなにしてるっすか? 無趣味の人って、やっぱり座禅とか?」
「座禅が趣味って人もいるだろ。俺は基本的に夏希といるし、いないときは天井の染み数えてるよ」
「……想像以上に無っすね」
「つっても、家事全般やらなきゃいけないから。最近はあんまり天井見てないな」
「怖いからやめてほしいっす」
ドン引きしたソララは、それからまじまじと俺の顔を見つめてくる。観察するように、様々な角度から。
「なに?」
「結斗さん、あたしとジョギングしないっすか?」
「は?」
「前から思ってたっすけど、結斗さんって運動部っぽい顔してるんすよね」
「運動部っぽい顔ってなんだよ。そういう決めつけ、今の時代に合ってないぞ」
「人は顔面が十割っすから」
「人権団体! ここにすごい思想の人がいます!」
ルッキズムの極限みたいなこと言い出すじゃないか。
「でも、顔を見ればその人のことがだいたいわかるっすよ」
「野生の勘ってやつ?」
「そっす。今の結斗さん、めっちゃ走りたそうだなって」
「お前はなにもわかってない。今の俺は、帰って二度寝したい」
「二度寝は体によくないっすよ」
「でも心にはいい」
あのだらっとした感じが好きだ。布団でのんびり午前の時間を消滅させる。夏希と会うまでは、土日はほとんどそれだった。
「むぅー。本当に走らないっすか」
「走らないよ」
「腹踊りしてもだめっすか?」
「すんな」
年頃の女の子がそんなことをするんじゃないよ。っていうかなんで腹踊りしたらいけると思ってんの。この村の文化にあるのだろうか。だとしたら滅べ。
「ではでは、トレーニングだけでもご一緒に」
「えぇ。筋肉痛になったらしんどいじゃん」
「男は筋肉っすよ! モテるのに必要なのは知力でも財力でもなく筋力っす!」
「筋力あったらモテるの?」
「はいっす。女子は結局、なんだかんだ言って肉しか見てないっすから」
「また強い思想だなぁ」
ソララってもしかして、別の世界から来てたりする? ボディビルが男の必修科目になってる世界。そんな世界線があってたまるか。
っていうかソララが好きなのって……まあ、あれも肉っちゃ肉だもんな。
「結斗さんは女子のどこを見てるっすか」
「目を見て話すようにはしてる」
「そういうことじゃないっすよ。魅力を感じるところについてっす」
「さぁ……?」
「まさかそっちも無っすか」
「どうだか」
「あーっ、今誤魔化したっすね。嘘の匂いがぷんぷんするっすよ!」
ソララは俺の周りをぐるぐる回って、「どうなんすかー」と何度も聞いてくる。
ちょうどそこに戻ってきた夏希が、ニコニコ笑顔で俺の周りを回り始める。
朝っぱらから女子高生と女子小学生にぐるぐるされる男。それが俺です。AO入試はこの自己紹介でいこう。
棒立ちしている俺の周りを、ソララと夏希はサーカスみたいに回る。先に回り始めていたソララが、先に限界を迎えたようだ。地面に倒れ込んで、悔しそうに額の汗を拭う。
「さすが結斗さん……やるっすね」
「俺はなにもしてないが」
「自らの手を汚さずにあたしを倒すとは、並の使い手ではないっすね」
「……」
ソララは役に入り込んだみたいに、こっちの言うことを聞いてくれない。モチ太かお前は。
「ユイくん、すごい」
ほらもう夏希が変な勘違いしちゃってるじゃん。俺はどうすればいいんだよ。立ってるだけで人を吹っ飛ばせますって言うの? 昭和の詐欺じゃん。
夏希に合図して、倒れたままのソララに手を振る。
「俺たちはもう帰るぞ。運動頑張ってな」
「ちょぉっと待ってほしいっす。後生、後生っす」
「なんだよ」
「結斗さんが運動をしないのはわかったっす。だから、この漢ソララと女子会してほしいっす!」
「漢ソララと物部 (♂)で?」
「男の子でも気合入れたら女子! モチさんが言ってたっす!」
「モチ太め……」
ソララになんてことを教えてるんだ。そんな特殊性癖を全面に押し出すから、オタクが怖がられるんだよ。
「結斗さんならいけるって信じてるっす」
「人から信頼されて嬉しくないことってあるんだな」
間に挟まった夏希が、不思議そうに首を傾げる。
「ねえユイくん、女子会ってなにをするの?」
「俺じゃなくて女子に聞いてね」
夏希まで俺のことを女子だと思ったらどうすんだよ。この子の性癖が歪むところなんて見たくない。そうなったら責任取れないし、夏希にお願いされたら女装も……いや、それは断れるぞ。イエスマンにも限度はある。
「ソララちゃん、女子会ってなに?」
「一番強い女子を決める会っすよ」
「そんな脳筋女子会があってたまるか!」
なんで女子が全体的に強さに飢えてる前提なんだよ。やっぱりソララの家系にゴリラ交ざってるよな。そうじゃなきゃ辻褄が合わない。
「女子会ってあれだろ、女の子同士で集まって普段できない話をするみたいなやつだろ」
「あー、……そ、そうっす。それそれ」
ソララは急に視線を逸らして、もじもじし始めた。心なし、耳が赤い。
「いやー、今日は暑いっすね。気温とか、五十度くらいまで上がったりするんすかね。あは、あははは」
「ソララちゃん? お熱あるの?」
「べ、べべ、別になんともないっすよ。師匠が気にするほどのことじゃないっす」
無知で純心であるがゆえに、殺傷力の高い夏希の問いかけ。綺麗な目をした子供相手に嘘をつくのは、想像以上に心が痛む。
手を伸ばした夏希に額を触られて、ソララは酷く申し訳なさそうだ。
「結斗さぁん」
「……わかったよ。でも、女子会じゃないからな」
思ったより更新作業がしんどくて、一週間で終わりそうにありません……ごめん……ごめん




