19話 同じ気持ち
持ち寄った料理を食べて、買っておいたケーキを食べて、それから俺たちは室内でできる遊びをした。絵しりとりでは、俺の絵の下手さが炸裂した。伝言ゲームは五人じゃ簡単だった。大富豪はちょうどいい人数だった。ハンカチ落としをするには、うちは狭すぎた。
遊んで、遊んで、遊び疲れてきた頃に、オレンジの光が飛び込んできた。
そのときようやく、雨が上がっていることに気がついた。
「もうこんな時間っすか。早いっすね」
ソララの言葉に時計を確認すると、五時をとっくに過ぎている。
「そろそろ帰らないと」
「うむ。では僕たちはこのあたりで」
三人は帰る準備のために、それぞれのバッグを持ってくる。だが、荷物をしまうのではない。まだ出していないものが、それぞれにあるから。
モチ太と目が合って、軽く頭を下げる。俺のミスだ。楽しみすぎて、プレゼントを渡す時間を確保し損ねた。モチ太は口だけ動かして「問題ないさ」と言ってくれる。
「じゃあまず、あたしから。はい師匠。プレゼントっす」
「え?」
渡された袋を持って、夏希はきょとんとしている。
「柔らかいバットとボールっす。こんど、一緒に野球やるっすよ」
ソララが下がって、モチ太が前に出る。
「僕からは美味しいクッキーを。夏希氏もモチモチになれるようにね」
「あ、ありがとう」
モチ太が下がる。今度は有原だ。
「ぬいぐるみ。気に入ってくれるかな」
「わぁっ。可愛い……! 皆、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げた夏希に、三人が笑いかける。今度こそ、帰る準備をして立ち上がった。
俺と夏希も靴を履いて、外で見送った。
「ばいばーい」
手を振る夏希に背を向けて、三人は楽しげに歩きだす。
その背中をじっと見つめる夏希は、あの時と同じ顔をしていた。
――言わないと、伝わらない。
胸に突き刺さった棘を避けるように、ゆっくりと問いかける。
「夏希は今、幸せ?」
「……うん。すっごく幸せ」
「よかった。じゃあ、家に戻ろうか。まだ俺のプレゼント渡してないし」
「ユイくんのプレゼント?」
「うん。俺からもちゃんとあるよ」
家に入って、通学鞄の中に隠していたプレゼントを取り出す。薄くて面積の大きい、触ると固いもの。振ると少し音がする。
「開けてごらん」
夏希の小さな手が、包装紙を破る。その中から出てきたのは、
「色鉛筆だ!」
「絵日記頑張ってるから……って思ったんだけど。どう?」
他の三人に比べて、俺のだけ実用的というか。入学祝いみたいな雰囲気が出ている気もして、不安になってしまう。
だが、そんな不安を取り払うように、夏希が抱きついてきた。
「いっぱい使うね!」
「うん。いっぱい使って、たくさん書いて、俺に見せてよ」
小さな背中と頭に手を当てて、そっと撫でてやる。
あの絵日記が全て埋まる頃には、夏希はここにはいないだろう。
だから、たくさんの思い出を残そう。夏希がいるべき場所へ帰るときまで、なるべく多くの思い出を。
この時間は永遠じゃない。きっとまだ、夏希はそのことを知らない。
そう、思っていたのに。
か細い声が、不意に耳を打った。
「あのね、ナツ。ずっとここにいたい……。帰りたくないの」
子供は、思ったよりもずっと多くのことを観察している。そんなことを、どこかで見た気がする。夏希は賢い子だと知っていたつもりだった。
でも、この年でもう別れについても理解しているとは思わなかった。
「俺も同じ気持ちだよ」
できもしないことを、できるとは言えない。適当な嘘でこの場を乗り切ってしまったら、俺と夏希の信頼関係を壊してしまいそうで。ずっと一緒だなんて嘘は、俺にはつけなかった。
どんな絆も、気がつかないうちに解けることを知っている。
俺と夏希の間にあるものが、そうでないことを願った。




