17話 準備!
八月八日。
夏希の誕生日の前日。早めの晩ご飯を食べた俺と夏希は、明日に向けての準備に取りかかる。
「よし、じゃあ作っていこうか」
「ナツ、準備かんりょーです」
エプロンをつけた夏希が背筋を伸ばして台所に立つ。二人で作ったものを、皆に食べてもらうという願いを叶えるために。
「火と包丁は俺に任せて、夏希はパンにバターを塗って」
「はいっ」
今回作るのはツナ、たまご、ハムチーズの三種類だ。どれも定番で美味しく、手順も簡単。初めてのお手伝いにはちょうどいいだろうと、俺が選んだ。大事なことだからもう一回言うと、俺が選んだ。
本当のことを言うと「誕生日くらい自分で選べ」と有原に怒られた結果、自分で選んだだけだが。俺って進歩のないダメ人間だ。
卵を茹でて、シーチキンをマヨネーズと絡め、薄切りにしたキュウリを塩に漬ける。
バターを塗り終わった夏希と、完成したゆで卵を一緒に剥く。これが尋常ではない難しさで、三十分かかった。想定外のタイムロス。まだまだ料理の道は長い。
ゆで卵を潰して、マヨネーズと塩こしょうで味を調える。そこまでできたら、後は具材を挟むだけだ。一枚ずつ丁寧に、夏希と一緒に挟んでいく。
完成したらタッパーに詰めて冷蔵庫へ。
「できたー」
「よくできました。きっと皆喜んでくれるよ」
「えへへ。ユイくん、ありがと」
「どういたしまして」
夏希はエプロンを外して、窓の方に近づく。カーテンをずらして、網戸の向こうにある空を眺める。今日は半月。雲で時々隠れるが、星も見える。いい天気だ。
「明日、ちゃんと晴れるかな」
「てるてる坊主も作ったんだから、大丈夫だよ」
カーテンのレールには、夏希がせっせと作ったてるてる坊主が並んでいる。何体かは俺が顔を描いた。衝撃的な下手くそさで、夏希に「……カニの妖精さん?」と聞かれてしまった。普通に人間を描いたつもりだったのに。
空を見ている少女の頭を、そっと後ろから撫でる。お風呂の後は髪をほどいていて、シャンプーのいい匂いがする。
「今日はもう寝よう」
「うん」
電気を消して、布団に横になる。お腹が冷えないよう、タオルケットだけかける。カーテンが揺れて入り込む夜風。それだけで眠れるから、ここは都会よりずっと快適だ。
「ねえ、ユイくん」
「どうしたの」
もぞもぞと隣で動く音。横になったまま、夏希がこっちを見ている。俺も体勢を変えて、彼女の方に体を向けた。
「誕生日って、なんでお祝いするの?」
「おめでたい日からだよ」
「どうしておめでたいの?」
「大切な人が生まれた日だからだよ」
「ナツは大切?」
「当たり前じゃないか」
無愛想で、楽しいことなんて一つもない俺の横にいてくれる。いつもニコニコして、太陽みたいに照らしてくれる。料理も掃除も洗濯も、夏希がいるからちゃんとできる。頑張る理由で、頑張れる理由で。それに、夏希がいたから出会えた人たちがいる。
「あのね、ナツもね。ユイくんがすっごく大切なの。だからユイくんの誕生日は、一生懸命お祝いするね」
「ありがとう。楽しみにしてるよ」
「うふふ。おやすみなさい」
「おやすみ、夏希」
仰向けに戻って、しばらくしないうちに寝息が聞こえてくる。
どうか明日は晴れますように。
そう願って、俺も目を閉じた。
翌朝、俺を起こしたのは夏希ではなかった。
窓を叩く雨風の音。真っ暗な空は、分厚い雲で覆い隠されていた。