16話 ショッピング
夏希のプレゼントを買いに行こう。そう言ったのは、モチ太だった。
バスに揺れられて一時間。高校よりも、もっと先にあるショッピングセンターで俺たちは下車した。ここが今日の目的地だ。
バスの定期は四人とも市内乗り放題のもの。移動費が浮いたのは地味にありがたい。
空調の効いた建物の中に入ると、ソララは地図を見つけて全体像を確認する。
「あたしはスポーツ用品店行くっす」
「俺は雑貨屋かな。とりあえず」
「私も雑貨。モチ太は?」
「僕はとびきり美味しいお菓子を探しに行くのさ」
一名ほど目的を忘れていそうなやつがいるな。誰とは言わないがモチモチしてる。
「しょうがないっすね。モチさんはあたしが見張っておくので、結斗さんたちはどうぞ。ほんっと、しょうがないっす」
「ソララ氏に見張られるなんて、素晴らしいご褒美なのさ」
「公共の場で変態発言は禁止っす」
大げさな動きで思いっきりセクハラ発言のモチ太。それを慣れたように捌くソララ。二人は並んで歩きだす。俺と有原はしばらく地図の前に立っていて、二人の背中が見えなくなって、ようやく頭が回り出した。
なぜか、俺と有原がペアになったような形だ。
有原は水色のワンピースにポーチを提げている。いつものように彼女はシンプルな服で、それがちゃんと映えている。顔とスタイルがいいからできる技。素材を引き立てるというより、素材でぶん殴るという方が近い。
そんな彼女の横で、俺は馬鹿の一つ覚えみたいにデニムと白シャツを着ている。どんな素材でも同じ味にしてくれる、最高のコーディネートだ。
「もしかして俺たち、まだ誤解されてる?」
「そんなわけないでしょ。ソララだって、お泊まりのことはなにもないって納得してたし」
「それもそうだな」
遅れを取り戻すように、地図の上に指を走らせる。
「雑貨屋って、どこだ――」
「雑貨屋は確か二階にいっぱいあるはず――」
「「ここ」」
同時に一つの店を指さす。手と手が当たって、じんわりと触れたところが熱を持つ。
慌てて手を引っ込めて、二歩後ずさった。有原も咄嗟に反対の手で指を隠して、地図から離れる。顔が熱い。有原の顔も赤い。
「す、すごい偶然だな」
気まずくならないよう、なんとか言葉を並べる。有原はこくこくと激しく頷いた。なにも喋らない。目も合わない。
この空気が続くのは、俺には耐えられない。
深呼吸を一つして、はっきりと声を出す。今度はちゃんとできた。
「行こう」
雑貨屋につく頃には、有原は落ち着きを取り戻していた。大きなため息を一つ吐いて、「ごめん」と一言。それからは元通り。俺もわざわざ蒸し返すようなことはしない。そんなことをしたら、こっちまで無事で済まない。
「物部はどんなのにするか決めてる?」
「いや。それがちっとも思いつかなくてさ」
「そんなんで大丈夫?」
呆れた顔をされるのも慣れた。有原に呆れられた回数なら、人類でも五番以内には入っているんじゃないだろうか。一位は間違いなくモチ太だ。あいつの背中はデカい。物理的にも、ダメ人間的にも。
「有原がいるからなんとかなると思ってる」
「すぐ頼るな。誕生日プレゼントなんだから、ちゃんと物部が選んであげないと」
「わかってるよ。冗談だって」
さすがにそんなところまで依存するわけにはいかない。
依存はしないが、だからといって俺が急成長するわけでもない。適度に助言はもらうつもりだ。俺の壊滅的なセンスは信用ならないので。
「ちなみに、有原はどんなの買う予定なんだ?」
「可愛いもの」
「可愛いって……蝉とか?」
小学校のグラウンドで、女子三人に「蝉は可愛い」と言いくるめられたことを思い出す。あれほとんど言論弾圧だったろ。思想の自由すら認められていなかった気がする。
「そんなわけないでしょ。物部は私をなんだと思ってるの」
「……一晩同じ部屋で寝た人」
「言い方最悪!」
「事実だし」
「事実だから嫌なの! だいたいあれは、物部がちゃんとしてないから起きた事故でしょ!」
「そういう有原だって、あっという間に押し切られてたじゃん」
夏希の声しか聞こえていなかったが、それでも有原が抵抗すらできていなかったのはわかった。ワンターンキルって、ああいうことを言うんだなと思ったよね。
「ま、結果として楽しかったから俺はいいけど」
「ずる」
「ん?」
「ああもう、私も楽しかったから。だからこの話はもうしない」
「わかった」
実際、事故みたいなものだったのは本当だし。新学期が始まって、変な噂になったら大変だ。俺のほうはいいとしても、あれが原因で有原に風評被害がいったら申し訳ない。
告白されたこともあるって言ってたし。学園祭や修学旅行の頃には、有原にも彼氏ができるかもしれない。その邪魔をするのはよろしくない。
……でも、彼氏ができたら。今みたいにこうやって、四人で遠出することもなくなるんだろうな。もちろん、俺と二人で話してくれることも。
――ああ、そうか。俺、有原と話してるのが楽しいんだ。
長い髪を揺らして、雑貨屋の中を歩く。その目は棚に向いていて、真剣だ。細い指で上からなぞるようにして、商品と値札を見比べる。
「物部も探しなよ」
「わかってる」
あの横顔を、もう少しだけ見たいと思ってしまった。
深呼吸して思考を切り替えて、プレゼント探しに集中する。ヒントならさっき、有原が言っていた。可愛いものを買うと、女子的にはいいっぽい。
しかし案の定、どれにすればいいかわからなくなって難航。
見かねた様子で、有原が話しかけてくる。
「物部は誕生日プレゼントもらったことある?」
「昔はもらってた」
「なにをもらったの?」
「そのとき流行ったおもちゃとか、かな」
けれど、それも両親が離婚してからはなくなった。母さんがいなくなって、綺麗な嘘は俺の前から姿を消した。
サンタさんはいない。流れ星は願いを叶えてくれない。神様は俺のことなんて見てない。
俺が生まれてきたことを喜んでくれる人も、いない。
「有原はなにをもらった?」
「私が欲しいって言ったもの。最近はなにもいらないから、お金をそのままくれる」
そう言いながら、ぬいぐるみを持ち上げる彼女は寂しげだった。満たされている。けれど、その事実が息苦しくて。贅沢な悩みを抱えている自分が嫌で。
そんなふうに、自分を縛ってしまうのが有原だと。俺はもう知っているから。
少しだけ自信を持って言える。
「じゃあ、俺と同じだ」
「え?」
「俺ももらってるよ。生活費とお小遣い」
「なにそれ――」
有原は小さく笑った。店の中だから声を殺して、ほんのりと瞳に涙を溜めて。
彼女が持っているぬいぐるみの、隣のものを手に持ってみる。それだけで、少しだけ同じ気持ちになれた気がした。
「俺がもらってるんだから、有原ももらっていいんだよ」
「――うん」
有原の顔に笑顔が戻った。ほっとして、俺はぬいぐるみを棚に戻す。
「夏希、なにあげたら喜ぶかな」
「なんでも喜ぶと思うよ。あの子、物部のことが大好きだから」
「そうだとしても、一番いいやつをあげたいんだ」
「ロリコン」
「はいでたロリコン。……なんか久しぶりに言われた気がするよ」
「もっと言った方がいい?」
「もう二度と言わなくていいぞ」
いくつかの雑貨屋をはしごして、有原は小さなぬいぐるみを買うことに決めたらしい。ラッピングを頼んで、それが完成した頃に、俺の買いたい物は違う場所にあると気がついた。
雑貨店には可愛いいものがたくさんあって、そのどれも夏希は好きになってくれるだろう。でも、その中に俺から贈りたいものはなかった。
俺があの子に渡したいものは、文具店にあった。
「これにするよ」
最初、有原はとても意外そうにしていた。けれど理由を話したら、
「いいと思う」
と言ってくれた。
ラッピングをしてもらって、モチ太たちとの合流を目指す。
電話もメッセージも、急かしているようで申し訳なくて。ひとまず、あの二人が行きそうな場所へ行ってみることにした。
ソララが言っていたスポーツ用品店、フードコート。ぐるりと一周回って、やっと見つけた。モチ太たちは入り口近くのスイーツショップに並んでいる。
声を掛けようとしたら、肩を掴まれた。
「ちょっと待って」
「ん」
立ち止まって振り返ると、有原は困ったような顔をしていた。
「前から思ってたんだけど、ソララってモチ太のこと……」
「……やっぱり?」
彼女の言いたいことがわかって、俺の中にあった疑念のようなものが急速に確信へと変わっていく。
そこから先は、お互いになにも言わなかった。
モチ太と話すソララの様子を見ていたら、わかってしまったから。
当分の間、このことは俺と有原の秘密にしておくことにした。