14話 騒がしい一日
夏休みは至高だ。学校がないからゆっくり寝られる。
夏希のお腹が減ったら起きなきゃいけないけど、昨日は夜にお菓子を食べたから大丈夫だろう。
なんて思っていた時期が俺にもありました。
「ユイくん、今日からラジオ体操だよ!」
「うぐあっ」
学校がないならラジオ体操。小学生はちょっと勤勉すぎる。それに付き合わされる保護者の身にもなってほしい。
とはいえ、友達が参加しているのに夏希だけできないのは可哀想だ。眠い目を擦り、有原を含めて三人で公民館へ。集まった子供は五人ほど。少子化は、この田舎ではより顕著に表れている。
夏希を友達の方へ合流させて、インドア高校生は下がる。
下がったら、後ろにスポーツ女子が立っていた。
「あれ? 結斗さんじゃないっすか。おはようございます」
「ソララ? なにやってんの」
「なにって、ラジオ体操っすよ。結斗さん知らないんすか、体操するとヤックルもらえるっすよ」
「それ目当てで参加してる高校生はお前だけだろ」
というかなにか、大事なことを見落としているような。この場でソララと会うのって、実はけっこうまずくない?
横を見たら、有原も表情を引きつらせていた。
「あれ、冬花さんも。……もしかして、結斗さんと来たっすか」
「そんなわけないだろ。有原もヤックルもらいに来たんだよ」
「でも、体操の輪に交じってないっすよね」
「「……」」
二人揃って沈黙し、ソララはそれを肯定と取った。
どうせ夏希に聞かれたらバレるので、最初から詰んでいたと言えば詰んでいたが。
「へ、へぇー。そ、そんなラブな関係だったっすか。お、オトナっすね」
「やめて! ほんとにそういうのじゃないから!」
「……」
必死に弁明する有原の横で、俺は諦めて空を眺めていた。今日もウザいくらいに青い。
また、騒がしい一日が始まりそうだ。
◇
「結斗氏。JKとJSの二刀流は、いくらなんでも強欲がすぎるのさ」
「なんもないっつってんだろ」
ソララとばったり遭遇してしまったことにより、昼過ぎにモチ太の家に呼び出された。甘味処のテーブル席で、俺と有原は並んで尋問を受けている。向こう側にはモチ太とソララ。夏希は友達のアキちゃんと遊んでいるので、ここにはいない。
予想していた通り、夏希によって全てがバレた。昨日、有原が俺の家に泊まっていたこと。晩ご飯を食べて、楽しく遊んでいたことも。不幸中の幸いなのは、今は夏休みだから学校で変な噂が立たないことだ。
「結斗氏! 男らしくないぞ!」
「じゃあ逆に聞くけど、モチ太は女子とお泊まりしたことないのかよ」
カウンターになるかはわからないが、打てる手は打っておく。モチ太はコミュ力あるから、一回くらいありそうなんだよな。
モチ太の目から光が消えた。
「結斗氏。万死」
なかったっぽい。ドンマイ。
一切揺れ動かないモチ太の瞳に込められた感情は、純粋な怒り。全身をぷるぷると振動させる。まずい。九十キロオーバーの巨漢にタックルでもされようものなら、普通に骨折れる。
モチ太は細めた目から涙を流し、胸の前で合掌。
「南無阿弥陀仏……」
「やばいあいつ、俺を殺した後の準備始めてる」
「私は巻き込まないでね」
「有原ぁ⁉ ちょっとは俺を助けようって気はないのかよ」
連帯責任であるはずの有原は、なぜか平然とした顔でぜんざいを食べている。
「モチ太の狙いは物部だけだし。私は関係ない」
「ちょっとでも友情を感じた俺が……あ」
思いついちゃった。有原を動かす方法。
「なによ」
「モチ太から俺を守らなかった場合、クラスのグループに昨日のことを書き込む」
「な⁉ そんなことしたら物部だって無事じゃないのに⁉」
「こっちは今、殺戮大仏から命狙われてんだよ!」
モチ太から発せられるドス黒い瘴気は高まり、いよいよ鉈でも振り回しそうだ。
今生きられなかったらその先もない。九月まで生存できるなら、この場での恥など安い。
有原はため息を吐いて、テーブルを軽く叩く。音に反応して、モチ太が首を向けた。
「物部がいないと、夏希ちゃんが困るでしょ」
「夏希氏……ボクガ……マモル。結斗氏……コロス」
「森のバケモンかよ」
花だけは踏まないタイプのパワー系殺戮兵器じゃん。
「モチ太じゃ無理でしょ」
「モチさんじゃ無理っすね」
「ぐはっ。なぜにソララ氏まで」
女子二名からの同時攻撃によって、正気を取り戻したモチモチ野郎。さっきまでのドス黒い瘴気はなくなって、いつもの平和な顔に戻っている。
「モチさんって、女心一つも理解してないっすから」
「な、なぜにそんなことを。この英国紳士たる僕に」
誰が英国紳士だ。お前はお餅怪人だよ。
ソララは咳払いを一つして、俺と有原に頭を下げる。
「ま、結斗さんたちはなにもなかったみたいっすし。あたしの勘違いだったってことで」
「僕は……ただ、結斗氏が妬ましい……!」
「本当に醜い生き物ね」
有原さんちょっとは手加減してあげて?
助けてくれとは言ったが、息の根を止めろとは言ってないんだよ俺。
「も、モチさんがどうしてもって言うなら、あたしがしてもいいっすけど……ね」
「ソララ氏が、なにをしてくれると?」
「……なんでもないっすよーだ」
べーっと舌を出して、ソララがそっぽを向く。モチ太は混乱した様子だが、ゆっくり起き上がると考えるのをやめたらしい。皿に残っていた磯辺焼きを口の中に放り込む。
「して、今日はどうしようか。せっかく集まったことだし、このまま解散も味気ない」
「なんかして遊ぶっすか。せっかく四人いるし、ビーチバレーとか」
「どこに海があるんだよ」
ここは見渡せど田んぼと山ばかりの田舎。海へ行こうと思ったら、交通機関乗り継いで一時間以上かかる。
「じゃあシンプルに徒競走っすかね」
「シンプルに部活じゃん。今日はあんまり運動したくないぞ俺」
一昨日に走り回った筋肉痛が、今も残っている。有原とモチ太も同じらしく、なにかやるにしても中がいい。という意見を示す。インドア組三人が顔を合わせ、アイデアを出そうとする。
「「「……」」」
あれ、俺たちってもしかして、共通の趣味とか一個も無い? そもそも俺には趣味が無い。この時点で共通するわけがない。
考えているうちに、一つ思い出した。遊びじゃないけど、相談したいこと。
「あのさ。夏希の誕生日が八月九日で、来週なんだけど、皆でパーティーとか……うっわ、すごい食いつくじゃん」
夏希の名前が出た瞬間に、揃って机に身を乗り出してきた。俺が座っているのが壁側ということもあって、すごく狭苦しい。
「師匠の誕生日、祝わないわけにはいかないっす」
「そういう話はもっと早くして」
「夏希氏の誕生日ともなれば、盛大に祝うしかないのさ」
さっきの沈黙が嘘みたいだ。
やっぱり俺たち、友達同士の集まりじゃなくて『夏希見守り隊』なんだよな。団結する理由がそれしかない。
「夏希はパーティーが好きみたいだから、賑やかにやれたらいいかな」
「焼き肉食べ放題とかっすか?」
「方針としては大体そんな感じ。でも、夏希が俺と料理したいって言ってたから。その辺りも汲んであげたいと思ってる」
「夏希氏の料理! ふむふむ。オムライスにハートを書いてもらうのは有料かな」
「モチさん、あんまりふざけてると滅っすよ」
ソララが目をバキバキにして殺気を放つ。そうだよな。今は真剣にお誕生日パーティーについて話してるところだもんな。ソララが怒るのも頷ける。
有原が腕をつついてきた。
「なに作るの?」
「夏希が作りたいもの」
「言うと思った」
「今回はいいだろ。誕生日なんだから」
「それもそっか」
作る物は本人と相談しながら決めるとして、とりあえず、パーティーの大枠を決めてしまいたい。
「俺の家は使えるけど、やっぱり五人だと狭いと思う。テーブルもあれじゃ小さいし、そのあたりがネックなんだよな」
「確かに、結斗氏の部屋は単身用だものなあ」
モチ太が腕組みして、そこでまた静寂が訪れる。まだ高校生の身である俺たちに、使える場所は少ない。アイデアで土地が増えれば苦労はしない。思考は詰まっていくばかりだ。ソララは呟きながら考えていて、自然とそっちに視線が引っ張られる。
「場所が……場所がない……場所……っすか。あっ!」
力強く手を打って、口角を思いっきり持ち上げた笑み。
「場所ならいくらでもあるっすよ。外に!」
「「「外?」」」
声を揃えて首を傾げるインドア三人組。ソララは「察しが悪いっすよー」と唇を尖らせて、はっきりと答えを教えてくれる。
「ピクニックっす。ピクニック!」