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12話 お泊まり会

 翌日の夕方。インターホンの音にドアを開けると、両手に大きなバッグを持った有原が立っていた。髪を後ろで団子にして、麻のゆったりしたシャツとスカートを着ている。シャツはベージュ、スカートは紺。素朴な色合いだが、地味だとは思わなかった。

 そういえば、私服を見るのは初めてだ。


 ぎこちなくお辞儀して、ゆっくりと有原が家に上がる。


「お、おじゃまします……」

「どうぞ……」


 目が合うと少し気まずい。お互いのミスが重なった結果だから、なんとも言い難いものがある。


「お姉ちゃん、来てくれてありがとうございます!」


 居間で準備していた夏希がやってきて、ぺこっと礼をする。


「ううん。こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」


 有原も丁寧に頭を下げ、顔を上げる。そこに想像したほどの抵抗感はなくて、内心でほっとする。一番最悪なのは、とりあえず開催したものの空気が悪いことだ。ひとまず、そこは回避できそうでよかった。

 有原はバッグに手を入れると、中からレジ袋を取り出す。コンビニで買ったらしいお菓子が、いっぱいに詰められていた。


「物部、これお菓子」

「悪いな」


「いいの。連帯責任でしょ。荷物はどこに置けばいい?」

「居間の壁際ならどこでも。使いやすいところを使ってくれ」


「わかった。そうするね」


 それにしても、リュックとバッグの二つも荷物があるとは思わなかった。バッグにはボードゲームが入っているようだが、それにしても多い気がする。女子にはいろいろあるらしい。

 畳に置いたリュックから、また別の袋を出す有原。マトリョーシカみたいだな。


「それで、最初は銭湯に行くんだっけ」

「うん。俺と夏希は準備できてるから、行けるようになったら教えてくれ」


 うちの風呂は狭いし、さすがに有原だって抵抗があるだろう。銭湯なら、夏希も喜ぶし問題ない。

 有原はすぐに立ち上がって、首を縦に振った。


「いつでもどうぞ」

「じゃあ行こうか」


 それぞれが自分の持ち物を入れたバッグを持って、外に出る。

 代わり映えのしない夏の夕景。茜色と紺碧がせめぎ合う空の下では、稲穂がのどかに揺れている。

 車通りのない道だから、夏希を真ん中にして横並びに歩く。夏希と繋いだ左手が、ご機嫌な少女のペースで揺れる。


「おっふろー、おっふろー、おっふろー」


 即席の歌を歌って、軽快なリズムで前に進んでいく。


「ふんふふーん、ふんふふーん……」


 耳を澄ましたら、その向こう側で有原も鼻歌を歌っていた。夏希ほどではないが、それでも浮かれているのがわかる。


 目が合った。

 有原の表情が固まり、さっと感情が抜けていく。その後から、追いかけるように羞恥で真っ赤に染まっていく。


「ち、ちがっ、違うから!」

「お姉ちゃん、なにが違うの?」


「えっ、ううん。なんでもないよ。物部に言ったの」


 間に夏希を挟んでいるおかげで、今の俺は実質無敵。


「別にいいだろ。楽しくて浮かれるくらい」

「浮かれてないし」


「お姉ちゃん、楽しくないの?」

「浮かれてる! すごく浮かれてるからね! ……物部ぇ」


 ものすごい殺気を感じるが、全部夏希が止めてくれるから安心だ。これから先、人と話すときは間に夏希を挟むのがいいかもしれない。夏希越しなら俺、総理大臣ともタメ口で話せる気がする。


「よかったよ。楽しんでくれてるみたいで」

「うぐ……」


 有原は言い返す言葉が見つからないようで、ぷいっとそっぽを向いてしまう。それからぎこちなく、またさっきの鼻歌を歌い始めた。

 赤く染まった頬から、ゆっくりと俺は目を逸らした。





 銭湯から出る頃には、有原はすっかり開き直って、夏希と二人で俺が知らない歌を歌っていた。

 子供の頃に有名だった曲だと言われたけど、世間へのアンテナがへし折れた俺にはわからなかった。一般常識の欠如って、こういうところで出るんだな。もっとテレビとか観た方がいいんだろうか。それとも今はネットか。


 ……モチ太に聞くのだけは違うはずだ。あいつに聞いたら、徹底的にオタクに染め上げられる。

 アパートに戻って、夏希はパジャマに着替えた。俺と有原は学校指定のジャージで、着替えは必要ない。


「なんかこれだと、学校行事みたいね」

「外でカレーでも作るか?」


「物部は火起こしなんてできないでしょ」

「中学の頃はマッチ全部ダメにした」


「ほんっと、頼りにならないんだから。……でも、頑張ってるみたいじゃん」

「まだなんもしてないけど」


 冷蔵庫から食材を出して並べているところで、包丁すら握っていない。


「わかるの」

「ふうん。達人の眼ってやつか」


「達人じゃない。何回も言うけど、私は料理好きでもなんでもない一般人だから」

「一般神?」


「神様の方じゃないし」

「じゃあ、普通って凄いんだな」


「そりゃそうよ。人間の半分は、平均以下なんだから」

「……確かに」


 当たり前のはずなのに、そうやって考えたことはなかった。


「いいから手を動かす。夏希ちゃんがお腹空かせてるよ」

「実は有原が腹ペコなのでは?」


「う、うるさい! ちゃんと食べれるように、昼ご飯減らしてきてあげたんだから。さっさと作る!」

「楽しみにしてくれてんじゃん」


「昨日言ったでしょ」


 メッセージのことだろうか。そういえば、電話する前にそんなやり取りがあった気がする。


「社交辞令だと思ってたよ」

「あのね、私がそんなことする?」


「しなそう」


 社交辞令を言う愛想があったら、きっと有原は教室どころか学年、へたしたら学校中の人気者だ。それくらいのポテンシャルがある。顔には。顔だけは。性格? 終わりです。人のことロリコン呼ばわりしてるからゼロ点。


「じゃあ頑張るか」


 横には腹を空かせた女子が二人。シェフは初心者の雑魚。

 でも、やるしかない。


 白菜を使う分だけ千切って水洗い。まな板に載せて切っていく。熱を通すと小さくなるので、そのぶんを考慮してやや大きめに。ニンジン、タマネギ、水で戻したキクラゲもカットして、ボウルに入れておく。

 スマホでレシピを確認しながら、順番に具材を炒めていく。

 炒めるのは火が通りにくい順番で。野菜と肉を入れ終わったら、調味料と一緒にウズラの卵を入れる。全体に火が通ったら、水溶き片栗粉を全体に馴染ませる。とろみがつくまで強火にかけたら一品完成。

 隣のコンロに鍋を置いて、お湯を沸かす。沸騰したら中華スープの素で味付けして、最後に卵を落として完成。

 サラダは水菜を切ったものの上に、プチトマトを一つ置く。ドレッシングはご自由に。


 完成と同時に、コンロを軽く叩いて手を挙げる。


「はいっ」

「早押しクイズじゃないんだから」


「できました」

「うん。できてる」


「判定は……」

「だから、食べなきゃわかんないの。プロじゃないから。っていうかプロでも無理!」


「冗談だって。夏希、テーブル拭いて」

「はーい」


「私も運ぶ」

「了解」


 皿が足りないので、八宝菜は買ってきた紙皿に取り分けた。小さなちゃぶ台に、三人分の食事が並ぶ。

 座布団は来客用に買い足しておいた。今日はちゃんと、全員が座れる。


「「「いただきます」」」


 手と声を合わせて、俺と夏希はじっと有原を見つめる。緊張の一瞬。ここで俺が、パーティーで料理を振るうに値するかが決まる。


「……食べづらいんだけど」

「お姉ちゃん、頑張って!」


「夏希ちゃん。わかったからご飯食べて」

「いいの。ナツ、ちゃんと見届けるって決めたから!」


「見届けなくていいから! もう、物部!」

「なんで俺⁉」


 有原は怒りながら、勢いよく八宝菜を一口。その表情が、一瞬にして変わった。

 怒りから驚きへ、驚きから困惑へ。何度も瞬きして、有原は八宝菜を見つめる。


「あ……え……、あれ……」

「……なんか変なもの入ってたか」


「ううん。違う。これ、美味しい」


 言われたことが信じられなくて、俺は何度か瞬きする。有原もなんだかふわふわしていて、現実感がなさそうに繰り返す。


「美味しい」

「おぉ……そうなんだ。よかった」


 肩の力が一気に抜けて、後ろに手をつく。安堵のため息。ゆっくりと瞬きして、俺も食べ始める。

 夏希は誇らしげに、元気よく箸を動かして言った。


「ね、ユイくんのご飯は美味しいでしょ」


 有原は頷く。箸を動かして、黙々と口に運んでいく。夢中になっているみたいだ。ただレシピを真似しただけのものだが、彼女の琴線に触れたらしい。


 こればっかりは、情報社会のおかげと言わざるを得ない。

 文字が読めて、ある程度練習すれば誰でも同じ味になる。なんて素晴らしいことだろう。

 やる気が必要。という致命的な欠点を除けば、自炊は最高だ。


 にしても、こんなにあっさり合格するとは思わなかった。俺の料理は美味い、らしい。

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― 新着の感想 ―
[一言] あぁ、有原が家に来る口実がなくなってしまう…って思ったけど、ナツが頼めば一発か。有原の方もまだ深堀りの余地ありそうだし、フェードアウトしなさそうで良かった。ロリコン(有原判定)同士仲良くね。…
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