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◆天使



ルーアとの出会いから始まるヒーロー視点のお話となります。



シンシンと降りしきる静かな夜。

馬車の中からボンヤリと外を眺めていた私はあの日天使を拾う。




宮殿での仕事がやっと終わり、馬車の中から外の景色を眺めていた。

時刻はすっかり日をまたぎあたりは静まり返っている。

耳に届くのはカラカラと回る馬車の車輪と馬の息遣いだけ。


あぁ…今日は満月なのか。


雲間から闇を割く美しい光が降り注ぐ。

キラキラと降り積もる雪が月明かりを反射して夜の闇を明るく照らしはじめた。お陰で外を眺めているのにも退屈しない。


…ふと、何かが視界の隅に映り込んだ気がした。

本当に一瞬のことだけれど…小さな路地の先に何かがいた。


ドキリと胸がなる。


気付いた時には私は馬車を止め外に飛び出していた。

制止する護衛達の声も聞かず、月の光も届かない路地の奥へと走り出していた。


…そこには雪の中で眠る小さな小さな子供がいた。


すっかり雪に埋もれ辛うじて見えるその姿に血の気が引いた。

慌てて抱き上げれば冬だと言うのに薄いボロボロの服とも言えない布を纏い死んだように眠るその子は体もボロボロでピクリとも動かなかった。


見るからに死んでいそうなその子供の姿にズキリと胸がいたんだ。


この国は長らく戦争はなく、今代の王は賢王とまではいかないが決して愚王ではなく平和な国を築いている。

ここ、王都も年々治安は良くなりとても過ごしやすい場所だ。

それでも1歩暗い裏路地にでも入ればそこには荒くれ者も多く残念なことに小さなスラム街もあった。そこでは孤児院にも入れない、可哀想な子供達が盗みを働くこともあった。


目の前に倒れふすこの子もきっとその1人なのだろう。


こんな所で…可哀想に。寒かっただろう。

このまま見て見ぬ振りをするのも目覚めが悪い。

共同墓地にでも弔ってあげよう


…そんな考えが頭をよぎる。


本来であれば私がこんなことをする必要は無い。

したとしてもそれは護衛や下男に命じてやらせてばいいことだ。


…そう分かっていたのに。


何故、私はこの子を抱きしめているのだろう?

何故、私はこの子を人に渡せないでいる?

何故、この子は…まだ生きていると、そう思うのだろう?


「大丈夫か?」


ポロリとこぼれ落ちたその言葉に、何故こうも期待しているのだろう?


誰がどう見ても死んでいる。

なのに何故そう声をかけたのか自分自身、不思議でならない。

私の後ろで護衛達が狼狽している気配を感じていたし、私自ら抱き上げる事はないとも言われた。

そもそもこんな雪の日に、防寒具を着込んでいるとはいえ雪が降る寒い夜に地べたに膝をつけるなど…普段の行動からは考えられない事だった。


だが、不思議とその時はそうする事が当たり前であると、漠然と理解していた。


抱き上げたその子は長いこと雪の中にいたためか氷のように冷たかった。髪も服も雪で湿っているし、顔も青白い。

ろくな食事もできなかったのだろう。ガリガリにやせ細った身体は酷く軽く、少しでも力を込めれば容易く折れてしまいそうで恐ろしかった。


目の前に死にゆく子供を見て、その軽さに、その冷たさに酷く恐怖を感じた。言い知れぬ焦燥感にかられ、護衛達の声も聞かずに私は只管に声をかけ続けた。


「おい、大丈夫か?」


「こんなところで寝るな」


「おい、起きろ…起きてくれ」


「…死ぬな」


「頼む…生きて、その瞳を見せてくれないか…?」


どれだけそう祈っただろうか?


私の後ろでは無意味に声をかけ続ける普段とは全く異なる私の姿に護衛たちは酷く狼狽えていた。


何故そうまでして声をかけ続けるのかと。

見知らぬ小汚い子供に。

もう、死んでいるだろう子供に。

何故?どうして…?


「旦那様…体が冷えてしまいます。そろそろ…」


「だが…」


「旦那様…その子は、もう」


「っ…」


誰もが諦めていた。

誰もがもう死んでいると、そう思っていた。

だが、腕の中のその子はふっと目を覚ましたのだ。


…奇跡だと思った。


ゆっくりと開けられたその瞳は満月のように美しい金色。

薄汚れているが顔は愛らしく、天使のようだと思った。


空から落っこちてきてしまった憐れな小さな天使。

翼をもがれた可哀想な小さな天使は私に気付くとフワリと微笑みを浮かべた。


その笑顔に、一瞬で心を奪われた。


咄嗟に声をかけようとしたが、天使は直ぐに目を閉じてしまう。

このままでは本当に死んでしまうと、慌てて馬車に乗り込み屋敷へと馬を走らせた。


私の腕の中に、天使がいる。


彼女を見ていると不思議と顔に熱が集まった。

ドキドキと高鳴るこの鼓動はなんだろうか?

腕の中で眠る天使が心底愛おしいと感じてしまうのは何故だろうか?


もし、もしも…これを恋と呼ぶのならば…。


ハッとそこで漸く己が何を考えていたのか気付き慌てて頭を振り思考を払い飛ばす。


ダメだ!これは違う!恋なんかではない!

これは…そう、可哀想な子供に同情しただけだだ。

恋なんてものでは無い!

例えそうだとしても認めてはけないものだ。

決して、認める訳にはいかなかった。


なぜなら…私には婚約者がいたから。






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