◇鐘
リーン…
ゴーン…
教会の鐘が響き渡る。
本日は快晴、雲一つない穏やかなこの日。
教会の中から純白の衣装に身を包んだ男女の姿が現れた。幸せいっぱいに笑みを浮かべる彼等はいつも以上にキラキラと美しく輝いている。
大切で大好きな旦那様の結婚式。
かつて孤児だった私は気付いた時にはたった1人、行くあてもなく裏路地をさ迷っていた。
まともな生活を送る事も出来ず、空腹で倒れ今にも死にそうだった私に手を差し伸べてくれたのは後にも先にも旦那様1人だけだろう。
旦那様は当時、ボロボロで見る影もなかった私を哀れみでも蔑みでもなくただ優しく微笑み救い出してくれた。
旦那様はご自身のお屋敷へと私を連れ帰ると住む場所と暖かな食事を与え、優しく時に厳しくも温かな屋敷の皆に出会わせてくれた。拾い育ててくださった旦那様とお屋敷の皆に恩を返したくて懸命に働いた私は、そのお陰か今ではただの下女からメイドの仕事をさせて貰っている。
それもこれも全て旦那様のお陰だ。
そんな旦那様と手を繋ぎ幸せそうに微笑む美しい女性は旦那様の幼馴染であり婚約者であった。
しかし、それも今日から旦那様の奥様となった。
彼女はとても美しくお優しい方で2人はとてもお似合いだ。
2人は沢山の方に祝福されて、互いを尊重し合うように寄り添いあっていた。きっとこの先、どんなに悲しく辛いことがあっても2人は何時までもああして寄り添い支え合っていくのだろう。
私はーーメイドとしてその姿をじっと見つめている。
隣ではメイド長が堪えきれずオイオイと涙を流していた。
私は彼女の肩を支えながらも2人の姿から目が離せなかった。
ジワリと涙が滲んだ。
それは感動からか、それとも単に隣で泣くメイド長につられたのか…それとも別の感情からか私には分からない。
幸せな光景だ、それはだって大好きな旦那様の結婚式だもの。
あぁ、なんて素晴らしいことか。なんて美しい姿か。
なんて、お似合いな夫婦か…。
なのに、ズキズキと疼く胸の痛みは何だろう?
何故、こうも悲しく悔しい気持ちになっているのだろう?
幸せいっぱいの彼等の姿は私には眩しすぎて、でもどうしても目は逸らせなくて、いつの間にか苦しく痛む胸を強く押さえつけていた。
こんな気持ち、間違ってる。
異常だ。おかしい。
ダメ、なのに…なんで、こんなにも辛い気持ちになるの…?
尊敬する旦那様の晴れの舞台。
誰もが幸せいっぱいのこの場で私は喜ばないといけない。
こんな気持ちは…想いは捨てて、彼の為に笑顔を送るんだ。
ぎこちなくとも、笑みを浮かべるの。
大丈夫。大丈夫…私はできる。
さぁ、笑え!
必死に自分に言い聞かせて顔を上げた時、私はあるものを見付けてしまった。
「…ぁ」
その時、咄嗟に体が動いたのは本当に無意識のことで。
支えていたメイド長を投げだして幸せいっぱいの笑みを浮かべる2人の元に走り出していた。
「ル、ルーア…?!」
後ろからメイド長の声が聞こえた気がするけれど、そんな事に構ってる余裕もなく、今日の主役の目の前に立ちはだかった。
2人は当然、突然飛び出してきた私に心底驚いていた。
「ルーア…?どうし」
旦那様が咄嗟に奥様を背中に庇い訝しげに私を見つめるその瞳に一瞬ズキリと胸が痛むがその気持ちには蓋をして、大きく両手を広げる。
驚きで目を真ん丸に見開く彼の顔を見つめて、めいいっぱいの笑みを浮かべた。驚きに瞠目する旦那様が口を開こうとしたその瞬間、背中に強い衝撃が走った。
ドォン…!と大きな音が辺り一帯に響き渡る。
孤児だった時と比べ栄養たっぷりで暖かい食事を与えられてきたものの、小柄で細い体は呆気なく吹き飛ばされると教会の壁にぶち当たる。
バキッ…!と何かが壊れる音がなった。
モウモウと立ち込める土煙の先、教会の神聖な真っ白な壁には血が飛び散り大きな紅い華が咲いていた。その根元にはぐったりと横たわる小さなメイドの姿。
一瞬、辺りはシン…とした静寂が満ちる。
しかしそれもすぐさま甲高い悲鳴によって打ち破られることになる。
「…き、キャアァァァァァァ!!!!!」
リーン…
ゴーン…
幸せを告げる鐘の音をかき消して、
終わりを告げる鐘が響いた。