その4 坂
私の家は山腹にあり、街から家に帰るにはかなりな坂道を上らねばならない。
坂道は石段を経る道と曲折した舗装道路とに分かれ、少しでも距離が短い事を願う私は、大抵直線で急な石段道を選ぶ。
石段を上りはじめて間もない頃は、頭を下にむけて、石の面を見詰めながら、一気に上った。それが私の人生に新たに加えられた、従って克服しなければならない困難の一つであるかの様に、律義に、休む事なく。だが上り切って肩で息をする自分の姿は、やはり如何にも奇妙で、風が通り抜ける程に希薄だった。なぜその様に気を詰める。たかが坂道一つのことではないか。私は自嘲し、自問した。
ゆっくり上ることにした。
途中で休んで、残りの石段を見上げたり、既に足下になったそれを振り返ったりする。少し息を抜いて、眼下の、今そこから脱けてきた街を見渡す時もある。そんな時、ふと街に対する問いかけが心で動く。やがてその街で、今日もスレ違いスレ違い動いた自分の姿が浮かぶ。痛みが素早くその姿を追い払い、さあ急ごうと私を促す。前屈みになって、一、二、一、二、イチ、ニイ………。だがこれでは以前と同じだ。
この坂道は苦しい。
なぜ家に着く前にこの様な坂があるのだろう。お前は何をしてきた? お前は何をしている? 石段は私に問いかけ、苦い思いが胸に広がる。
目指す地面が目の高さになり、更に下がり、平面となって広がり、その上に、苦く苛立たしく膨らんだ思いが脆くも拡散して、私は坂を上り終える。