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その8 理髪店心象
椅子に座る
今日はあの娘が後ろに立つ
椅子の背が倒れる
目を閉じる
柔らかい手指が顔に触れる
そのときがきた
安らぎに身体が伸びる 眠りが近づく
が あの覚醒
〈あのまま眠り続けていられたら〉
自分に蹉く
彼女につまずく
剃刀がノドを上下している
〈生唾を呑みこむことで緊張を知られたくないが〉
生唾をのみこむ
〈寝てしまえ、リラックスしろ〉
コワバル心の糸をたどれば
ドアの外にニチジョウが蹲っている
洗髪
耳の後ろを流れ落ちる湯
撫でる手の優しさ
〈この手に口づけたい〉
吐息 眠気の甦り
〈そう このまま眠ってしまえ〉
その身構えのために
再びコワバリが始まる
休めぬ頭が
ラジオの歌謡曲にひっかかる
歌詞についてあれこれしゃべる
あ 耳殻を耳かきがこする
〈この快に身をあずけよ〉
耳に集る神経
ただ固いものが耳をこすっているだけだ
マッサージ
可憐な容姿を裏切る指先の力
好意を感じさせるほど巧緻な力加減
しかし安らぐにはすでに
この椅子の上のときも終ろうとしている
〈許しておくれ あなたの優しい手指の下でさえ 私は融けなかった〉
椅子から降りる
薄明の世界が足許へ脱落する
開けられたドアから
コワバル日常が殺到する




