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詩帖拾遺  作者: 坂本梧朗
1970年代

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その16 旅   (五)北上川


 途中、大きな鉄橋が懸かっていた。その下を、黒い川が流れていた。閃くものがあった。―そうじゃないか。川音を聞きながら橋を渡った。信号待ち。そこにいた自転車のおじさんに、

「あの川は北上川ですか」

「そうだよ」

 私はため息をついて川をふり返った。川は闇の中を、ぬらりぬらりと光りながら、ゆったりと流れていた。


  やはらかに柳あをめる

  北上の岸辺目に見ゆ

  泣けとごとくに


「柳はないんですか」

 私はふり向いておじさんにたずねた。信号はまだ変わってなかった。

「柳はないな」

「どうしてですか。昔はあったんでしょ」

「―――」

「枯れちゃったかな、排気ガスで。それとも人為的に除けられたのか」

「………」

 彼は何か言った。しかし聞きとれなかった。素肌にメリヤスのシャツ一枚の、配達帰りの商店主という感じだった。信号が変わり、彼の自転車は水銀灯の明りの中にすべり出した。私は川に目を戻し、信号を一つ見送った。

 そして街に飲みに行った。


 酒場の女に「啄木知ってるか」と聞いてみた。秋田の生まれで十九才という女は、色白で愛らしい顔立ちをしていた。もちろんというようにこっくりした。

「歌知ってるか」

「教科書に載ってた、ほら、中学校の頃だもん。ふーん、覚えてないなあ。わたし頭よくなかったでしょう」

 にっと笑った。

 函館で啄木一族の墓を見た。駅前からずっと、所在地の方向を示す表示板には事欠かなかったが、着いてみると貧相な墓だった。片方しかない献花筒に、枯れかかった花が揺れていた。

 私はその夜、旅に出てはじめて酔った。


 宿への帰り、ふたたび橋にさしかかった。北上川が流れている。酔っている私はふらふらと川縁に降りて行った。しゃがんで川面を見つめた。水に手を入れた。匂ってみた。きれいな流れだった。

 やつもしたんだろうと、岸辺を見あげた。柳がゆれているはずの空間は、闇の帯だった。その上にネオンが瞬いていた。

 低い位置から見る川面は、ネオンを映して輝きを増していた。

 明治から現在までの、無数の青春の光輝を悼んで、北上川はきらめき流れていた。


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