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詩帖拾遺  作者: 坂本梧朗
1990年代

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103/295

その41 コミュニスト旅立つ

                

フランス語と

フランス文学を学ぶために

コミュニストは

フランスに旅立った


三年後の定年を待つべきか

今断行すべきか

ずいぶん迷った


「結婚して三十年

 真面目に働いてきたからね

 もう十分過ぎるほど

 働いてきたのかもわからないね」

切り出すと

妻はわりとあっさり

半減する収入を承諾した

三年間で失われる体力  

それは尻に刺さる拍車だった


企業の時間表を越えて生きんとする決意を

党は認めてくれたが

日本の代表的独占資本での

闘いを放棄するのか

という自己内部からの問い掛けが

彼にはむしろ重かった


己を生かすことこそ

よりよく闘うことだと

そういう時代だと

彼は自分を前に押し出した


フランスからの第一信では

飛行機の中での孤独な十数時間が

もっとも辛かったとのこと

人生の折り返し点も過ぎた年齢(とし)になって

言葉も話せない国で

一人で一年暮らすことの   

不安が胸を塗り潰し

悔いが心を苛んだ


フランスの空気を呼吸しだして

二十日余りたった現在

やはり自分の決断は正しかったと思えるし

幸せを感じているという

認めてくれた妻

励ましてくれた仲間に

感謝しているという


手紙の日付の三日後

彼はフランス語学院に入学する

一年後

仲間と党にとって

一層有用な男になって

元気溌剌と帰国することが

彼の願いだ


           


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