2-1.
続かないかもしれません。
前世の記憶が頭の中に溢れたあの日から一ヶ月という時間が過ぎて、私という保育園児を取り巻く環境は、……実のところ大して変わってはいない。
高祖父の遺言によって、私を含めた高祖父の曾孫世代以降で十四才未満の子女は高円家が支援している格式ある教育機関のいずれかに通う、という事になり、私自身も母が通っていたお嬢様学校に通う事になったのだけれど、後々の両親の会話から察するには、どうやら遺言の事が無くとも母は私を自分が通っていた学校に通わせたいと考えていたらしいのだ。
一覧にも載っていた聖バルバラ女学園というのが母の出身校であり、入試に合格すれば幼稚舎から私が通う事にもなる学校なのだが、どうして母が積極的な行動に出ていなかったのかと言えば……。
「ねえ、義仁さん。実はね、私、曾祖父様の遺言の事が無くても、花恵ちゃんが聖バルバラ女学園に通ってくれたら良いなと思っていたのよ」
「え? そうだったのかい? それを言ってくれさえすれば、保育園も聖バルバラ系列の保育園を選んだのに……」
「うーん。それはそうなのだけれど、少し思うところもあって」
「そうなのかい?」
「ええ。私はね、両親が決めてくれた通りに聖バルバラに通って、素敵な先輩や後輩、先生に出会えて、とても充実した学校生活を送れたと思っているの」
「ああ、そうだね。裕美さんの友人は僕から見ても素敵な人ばかりで、少し羨ましいなと思うよ」
「ふふっ、ありがとう。……でもね、私が素晴らしいと思ったからといって、花恵ちゃんにそれを押し付けてしまうのは間違い……とまでは言わないけれど、やっぱり少し違う、と思うのよ。花恵ちゃんの人生は花恵ちゃんの物であるべきだし、もちろん父親である義仁さんの意見も大事よね?
だから、花恵ちゃんが育ってある程度の分別を身に付けるまでは、基本的には義仁さんに選んで貰って、分別が付いたら花恵ちゃんの希望も聞いて、そうして花恵ちゃんらしい人生を進んで貰えたら良い、と思っていたの。
そうね。小学校を選ぶ頃か、少し遅れるけれど中学校を選ぶ頃か、その頃になれば、どんな自分になりたいかって朧気にでも考え始めるでしょうから」
「そうだったのかあ」
「ええ。でも遺言の話があって、その中に聖バルバラの名前が載っていて、それで……」
という訳である。
要するに、高祖父の遺言が無くとも私の虐め回避への敷居の高さは元々高かったというだけで何の問題も無い……訳が無いのだけれど、もう覚悟は決めたのだから今更の話だ。うん。そう思おう。そう思わないと泣けてくる。
小学校入学前に自分の将来像を考え始めるって、それが上流階級の常識なのだろうか。
前世のアラサー男やその周囲が将来の事を考え始めたのは、確か中学生の半ばで高等学校の志望面談が始まった頃だったと思う。向上心に溢れ私立で難易度の高い小学校や中学校に入学した知人も居なかった訳ではないが、そんなのは極一部のお話だったはずなのに。
そもそも常識からして違っているというのは結構な想定外だった。正直な話、小学校や中学校の段階であれば前世の記憶という優越を以て成績優秀者には成れるだろう、と考えていたのだけれど、この分だと非常に怪しいと言わざるを得ない。
聖バルバラ女学園幼稚舎の入試まで半年ほどだった筈だから、少しでも常識の溝を埋めないといけないな。