ネカマの王は最強クラスの騎士を従えたい! ②
これはむかしむかしのお話。
俺は当時、普通に♀のキャラクターを使って、普通に遊んでいただけの、普通なネトゲプレイヤーだった。だが、とある日。同じギルド所属のメンバーから呼び出しを受けた時のことだった。
「み、みゆさん! 貴女のことがギルドに入隊した時から好きです! ぼ、ぼ、僕と結婚してください!!」
俺を呼び出した彼の名前は……何だっけ? ≪卍≫とか≪†≫とかに囲まれた、中二っぽい名前だった記憶だけはある。そんなまともに話した覚えもないギルドメンバーの一人に、突如結婚を申し出されたのだ。
「あー……一応聞くけど。それはもちろんゲーム内だけってことだよね?」
「うーん、出来ればリアルでもお付き合いしたいと考えてます……」
え、えぇ……。俺、リアル♂なんだけど。
チャット内での雰囲気ではなんとなく若い学生って印象だったし、もしかすると恋愛経験の浅さから俺をリアル♀と勘違いしているのだろうか? 確かにこのネトゲ、結婚機能はあるけれど……恋愛感情で申し出る人ってやっぱいるんだな。
ゲーム内で結婚を行うと、資産共有機能が解放されたり、相方の得た経験値を数パーセント取得出来たり、いつでも近くにワープ出来たりと、微々たる程度だが恩恵を得ることが可能だ。結婚の有無でそこまでゲームバランスが変わるわけではないけども、やっぱり効率を考えるともうちょい強い人と結婚したい。ここはやんわりと断るか。
……いや、待てよ。こいつ俺のこと好きなんだよな? それなら……いいこと思いついた。げへへへ。
「いきなり結婚は無理かなぁ。でもね、これからみゆの――」
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「――これからミユの下僕になってくれるのだったら、考えてあげてもいいよっ☆」
「げ、下僕ですか……?」
異世界でも前世と同じ状況に陥った今。あやふやな記憶を頼りに、俺は突如求婚してきた騎士へ当時をなぞる様にそう伝えた。
「そっ。これからミユの為に一生を尽くして、その身をたっぷりと捧げるなら考えてあげる。それが嫌ならこの話は全部なかったことにするね。チャンスは二度とあーげないっ。さぁ、どうするかな? 凛々しい顔したイケメン騎士くん☆」
俺は後ろに手を組みながら騎士に近づき、見上げるような形でウィンクした。
彼は提案に戸惑い驚きの表情を見せたが、覚悟は既に決まっていたと言わんばかりに直ちにキリっとした表情に変わる。
そして、その場に洗練された動きで跪きながら返答するのだった。
「……ゼクロ・アルファート。ここに、如何なる時も貴方様が望むがままに尽力し、この身が果てるその時まで貴女様に捧げることを誓います」
俺はその様子を下目に見ながら、にたぁと悪い笑みを溢した。ここまで言わせれば、≪出来上がり≫ってやつだ。
前世で初めて下僕にした奴と同様に、こいつはまともに恋愛したことなさそうな一途で純粋そうなタイプだろう。尽くさせれば尽くさせるほどそのうち俺のことしか考えられなくなるはずだ。
……まぁ、今回はやりすぎてめった刺しにされるなんてオチにならないように気を付けないとな。
「ふむふむぅ、よろしい。それじゃあ、よろしくねっ! ……えーと……」
「――ハッ! ゼクロとお呼びください」
「はぁい、ゼクロくん。頼りにしてるからね」
途中から跪く彼の隣まで行き、耳元でそっと囁いた。すると、顔はみるみるうちに真っ赤になっていく。非常にわかりやすい奴だ。
『おいおい、何かすげぇことになってんぞ。下僕って言ってなかったか?』
『騎士団ってのは国に忠誠誓ってんじゃねーのかよ。まさかその、どこの馬の骨かわからねぇ♀にベタ惚れして、この国を守るという使命を疎かにするわけじゃねーだろうな?』
『そうよ、その♀よ! その♀が騎士様の純情を弄んでるに違いないわ!』
『悪♀だ!! 求婚してきた相手を下僕にするなんて……とんでもねぇ悪♀だぜ!!』
気が付くと周りの空気が悪くなっていた。そうだそうだと次々に同調していき、一気にアウェー感が増していくのだった。俺は恐がっているフリをして、ふえぇと弱々しい鳴き声を上げてゼクロの後ろに隠れる。
ゼクロは拳を握りしめ、周りを囲う野次馬たちをキッと睨みつけた。
「――黙れ! 我が主を愚弄するものは、何人たりとも許しはしない……!!」
ゼクロは何もないはずの腰の辺りに手を持っていき、抜刀する構えを見せた。しかし、やはり手の先のどこにも剣は見当たらない。
――次の瞬間、手の中には輝きを放つ長い光が形作られていく。それを見ていた野次馬たちは一斉にしてシーンと静まり返った。ゼクロは周りの様子を確かめスッと光を消して、何事も無かったかのように再びこちらを振り向く。
「ミユ様、行きましょう。こんな愚民どもの相手をする必要はないです」
「ふえぇ~、怖かったよぅ……」
うっひょー!! こりゃ気分がええわぁ。この騎士さえいれば、どんな輩でもたちまち黙らせることが出来るじゃねぇか!
「貴様ら、道を開けろ!」
ゼクロが力強く求めると野次馬たちは素直に従い、ぞろぞろと道の端に移動していった。人々へ力を見せしめて無理矢理に従わせるこの感じ、これはネカマの王が再誕したと言っても過言ではないだろう。
ゼクロは開いた人の道を騎士の風格を出しつつ堂々と歩いていく。俺はその後をいい気味だと言わんばかりニタニタとついていく。そして、俺たちは颯爽とその場を後にするのだった。
「……ところで、ミユ様。今日はこれからどうされるのですか?」
「えっ? ……うーん、折角ゼクロくんが下僕になってくれたし、明日には高難易度クエストに行きたいから、冒険者ギルドで身分登録したいかなぁ……? さっき行った時はそれどころじゃなくて、結局登録出来てないんだよね」
「あぁ、冒険者ギルドですか。それなら逆方向……」
「あっ……」
やっべぇ。さっきの野次馬たちの道を引き返すことになるじゃん。勝ち誇ったように歩いてきた分、もう一回通るのめっちゃ恥ずかしー!
俺たち二人は先程とは打って変わって、申し訳なさそうに来た道を引き返すのだった。
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冒険者ギルドに着く頃にはすっかり日も落ち、辺りは暗くなっていた。夜は酒場としても運営しているようで、外にいても冒険者たちがどんちゃん騒ぎしている声が聞こえてきた。
先程の俺であればドデカい騒ぎ声に委縮してしまっているところだろう。だが、最強クラスの手駒を手にした俺は一味違うぜ! 何も恐れることなくこの建物に入ることが出来るだろう。
『おいっ!! やんのかてめぇゴルァ!!』
『上等だオルァ!! さっさと表出ろや!!』
急に楽しそうな雰囲気から一変して、怒鳴り声と共に何か激しく壊れる物音が聞こえてきた。
……うん、やっぱりさっさと登録済ませて帰ろっ!
「ミユ様、着きましたよ。ご存知かと思いますが、冒険者は荒くれ者が非常に多いです。僕の傍から離れないように気を付けてください」
「うんっ、ちゃんと守ってね! ミユのナイトくん☆」
そう言ってやるとゼクロは照れ臭そうにしていた。そして、彼は照れ隠しのように勢いよく扉を開ける。一瞬辺りは静まり返り、当然のこと注目を浴びるのであった。
中にいた冒険者たちは予想外な組み合わせの俺たちに、最中だった取っ組み合いも止めるほど興味を持っているようだった。
『【無剣の騎士】じゃねーか! こんな掃き溜めに一日で二回も来るなんてな』
『隣にいるのは……昼間騒いでた♀か? あんなよわそーな奴に何で【無剣の騎士】はくっ付いてんだ?』
【無剣の騎士】というのは恐らくゼクロの二つ名的なやつだろう。どの世界でも強いやつには二つ名がついてると相場が決まってるらしい。
『おい、♀!! お前は冒険者より、そのエロい身体売った方が金になんじゃねーの?? ギャハハハ!!』
酒を飲んでいた冒険者たちは楽しそうに、指を差して笑い出した。俺はサッと身体を手で覆い恥じらいを見せて、セクハラに困惑する純情な美♀を演じる。ネカマの王と呼ばれていただけあって、この類のセクハラ対応なんてお手の物だ。
「チッ、相変わらず汚らわしい低俗な連中だ。ミユ様、こんな奴ら無視して行きましょう」
「う、うゆぅ~」
俺たちは周りの声を振り払い、受付のカウンターへと向かった。昼間は受付嬢らしき♀が対応していた気がするが、今は寡黙そうなバーのマスターみたいな♂が受付対応をしている。
「……ご注文は?」
「あぁ。ミユ、飲みに来たんじゃなくて、冒険者登録しに来たんですけど。この時間でも登録出来ます?」
「……えぇ、もちろん。それでは遺伝子情報を読み込みますので、こちらのナイフと魔道具をどうぞ」
渡されたのは刃渡り数センチほどの小さなナイフと不思議な形をした魔道具だった。話によると、魔道具の中に血を流し入れることで遺伝子情報を読み取り、ステータスなどの様々な情報が一発でわかってしまうらしい。便利なものだな。
んじゃ、さっさと登録を済ませて――。
……おっと、思わず何の躊躇いもなく指を切ってしまうところだった。案の定、ゼクロが落ち着かない様子で不安気にこちらを見ていた。それはまるで子供の注射を見守る保護者のようだ。
「ふえぇ……。ミユ、指切るなんて怖くて出来ないよぅっ……!」
「ミ、ミユ様! おいたわしや……」
そうそう。こういう時には、こんな風に怖がる感じを出すのがベストだ。受付の人には悪いが、ちょいとこの茶番に付き合ってもらうぜ!
「……あぁ? いつまでもたついてんだテメェ。はよ切れや!」
「ひいぃ、すみませんでした!!」
突然、受付の人が怖いオーラを出してきたので、うっかり指を深く切り込んでしまう。俺の指からは大量に血が溢れ出した。
「ミユ様ー!!」
ゼクロは急いでどこから出てきたのかわからない包帯やら何やらで俺の手当てを始めた。やっぱり荒くれものの対応をしている受付だけあって、この人も怖い!
「……はい、ではお客様。ただいま採取した遺伝子情報を元に、冒険者の登録手続きをさせていただきます。今しばらくお待ちください」
「ひゃ、ひゃい……」
と、とりあえず登録が終わるまでしばらく待つとしよう。
一時間くらい空いてる席でお酒でも飲みながら暇をつぶした。その間、ゼクロから色々と話しを聞くことが出来た。
ゼクロは国の運営する騎士団に所属している。そして、その中でもある小隊の隊長を任されているお偉い役職持ちだ。今は所属している隊がオフシーズンのため、こうして今日みたいに冒険者ギルドでクエストを探したりすることがよくあるらしい。てか、騎士団にオフシーズンとかあるのな。
騎士団と冒険者ギルドの大きな違いは、国が管理しているかどうかっていうところみたいだ。どちらも人に害をなす魔物を討伐するっていう根本的な部分は同じだが、騎士団はそれに加え様々な災害から国民を守るための義務がある。ということで、対人用の訓練もバリバリ行うから、腕利きの冒険者でも騎士団所属の騎士に敵う者はそうそういないらしい。
そして、騎士団に所属する限り、『ナイト』の上位クラスである『パラディン』に匹敵する恩恵を得られるようだ。つまり、俺はいきなり上位クラスの下僕を手にしたのだ!
話を区切りがいいところで終えたところで、手続き確認のため俺たちは再度受付へと向かった。
「あの、そろそろ登録って終わりました?」
「……お待ちしておりました。ミユ様、ですね? ……まことに残念ですが、貴方は冒険者として登録できるステータスを満たしていないと判断されました。よって、今回の件は全て破棄させていただきます。ご了承ください」
「んな……? 何だってぇー!?」
「ミユ様ー!!」
俺は泡を吹いてその場に直立不動で倒れた。
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「やだやだやだやだー!!!」
「ミユ様……こればかりは仕方がありません。諦めましょう」
意識を取り戻した俺は仰向けで手足をバタバタさせ、駄々をこねていた。既に冒険者ギルドの外へ追いやられていたため、近所迷惑を考慮して控えめな声で抵抗をする。
「ミユ様ほどの美しさがあれば、貴族専属の踊り子だって目指すことが可能だと思います。どうして自らの危険を冒してまで冒険者になりたいのですか?」
「そりゃあ、ノーリスクハイリターンで一気に金儲けして……じゃなかった。ミユ、少しでも魔物に襲われる人々を守りたいのっ! ミユの力なんて微々たるモノかもしれないけど……それでも、何もせずに見ているだけなんてミユには出来ない!」
その発言を聞き、ゼクロの目からは大量の涙がこぼれ落ち、人目気にせず大泣きをするのだった。
「……うーっ! ミユ様、貴女は見た目だけではなく中身までも美しい! やはり僕の忠誠に間違いは無かった! ……そう、例えるなら純白の天使のようだ。聖人の鏡のようなお方だ! 僕は貴女にお仕えすることが出来たこの日のことを一生忘れることはないでしょう! うぅっ! うーっ!」
ちょ、おい。大の大人が感極まってガチ泣きは流石に引くわー。ゼクロの姿を見て、ちょっと冷静になった俺だった。
「やはり貴女のような存在を危険に合わせるわけにはいきません! 冒険者は諦め、別の方法を探しましょう! このゼクロと共に!!」
「やだー!! 冒険者がいい!! 冒険者がいいのー!! やだやだやだやだー!!!」
こんなくだらないやり取りをしている時のことだった。
「うっわ、きっつ! いい歳したBBAが駄々っ子ってきっつ! ギャハハ!」
大爆笑しながら近づいてくるのは、ワイルドな顔つきをしたチンピラみたいな♂だった。オレンジがかった派手な蛍光色のボサボサな髪に、剃り残しの髭と小麦色にやけた肌。アロハシャツのような浮ついた軽装の恰好をしていた。
この♂、微かに見覚えがある……何処で見たんだっけ?
「【無剣の騎士】ともあろう野郎は子供みてぇにわんわん泣いてるし、いやぁこりゃ傑作傑作。マジで恥ずかしい奴らだなお前ら! イカれた者同士お似合いだぜ。ぷぷぷー!」
おい聞き捨てならねぇな。ゼクロのことはともかく、俺のことまで散々言いやがって……!
ところで、この人を小馬鹿にしたような態度は妙に覚えがある。
「……おい、貴様。ミユ様に向かって何を――」
「――あぁー! 思い出した! あんたミユが自己紹介してた時に失礼なこと言った奴!! ここで会ったが百年目、ぶちのめす!!」
俺は勢いよくチンピラ風の♂の胸ぐらに掴みかかる。しかし、チンピラはそんなのお構いなしに煽りを止めなかった。
「お前、ステータス足りなくて冒険者になれなかったんだってなぁ。ギャハハハ! そんな奴が冒険者の俺に掴みかかったところでどうするってんだよ? 一発殴ってでもみるか? やるならやってみろよ! まっ、お前のステータス如きじゃあこの俺様にダメージすら――ぶへぇあっ!!」
「ミ、ミユ様!?」
弱っ!!
怒りに身を任せて殴ってみたら、いとも簡単に何処かへ吹っ飛んでいってしまった。人のこと散々煽ってきた割にこいつめちゃくちゃ弱いな!
……まぁ、何はともあれ。
「ふぅ。スッキリした~☆」
俺はストレス解消したことにより、完全に冷静さを取り戻した。そして、ある真理にたどり着く。
「そっか、ゼクロくんにクエスト受けさせて、ミユもそれに参加すればいいだけじゃん。別に冒険者登録しなくてもいいじゃん! ミユ、あったまいいー! じゃあ、ゼクロくん。明日はクエスト行く準備しておいてねっ☆ おやすみゆみゆ~」
俺は自己解決して、夜も遅いため早々に立ち去るのだった。
しかし、直ぐにゼクロの元へ戻り、覚えていたサイフの位置からお金を抜き取る。
「あ、これ今日のミユの宿泊代貰っとくね☆」
そう言い残すと、再びその場を去って行く。一瞬の出来事にゼクロはその場に立ち尽くしていた。
「天真爛漫なミユ様、可愛いなぁ」
ぽつりと呟いた。その表情にはもうどうでもいいやという爽やかさがあった。
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初陣当日。
俺たちは『グランドドラゴン』という魔物の討伐に、馬車を借りて向かっていた。クエストの難易度はA+。騎士団はSSランクの魔物を討伐にしに行くこともあるらしいし、A+くらいなら余裕っしょ! という俺の偏見と独断で決めたのだった。
因みに、難易度はEから始まり、D、C、B、B+、A、A+、S、S+、SS、SS+、SSSの順で難しくなる。SS+の魔物は国家を脅かすレベルになり、SSSまでいくと魔王クラスにまで跳ね上がるのだとか。魔王は現在いないようなので、実質SS+が最難関のクエストらしい。
向かう場所はグランドドラゴンの巣窟。情報によると、巣窟の周りには『ヘビードラゴン』という取り巻きが見張りにいるようだ。このヘビードラゴンは動きがノロく個々の力は弱いが、数が多いため少々厄介である。
「……作戦はこう。まず、ゼクロくんがヘビードラゴンの群れを蹴散らして、グランドドラゴンまでの道を作る。そして、追ってきたヘビードラゴンに対応しつつ、グランドドラゴンにも攻撃を与え続ける。グランドドラゴンは防御力がかなり高いから持久戦になると思うけど……いけそう?」
「ハッ! 仰せのままに。ところで、その間にミユ様は何をなされているのですか?」
俺が何をするかだって? そんなの決まってるじゃん。王たる俺がすべきこと、それは……。
「堂々と道のど真ん中歩いていくから、全力で守って!!」
「御意!!!」
ゼクロは作戦を快く引き受けてくれたようだ。流石、俺の忠実なる下僕。姫プレイの何たるかをバッチリ理解しているようだな。
作戦の確認が終わったところで、いよいよグランドドラゴン巣窟が見え始める。そこは、大きな崖の切れ目にある空洞だった。ここまで魔物とは一切会わなかったが、急にうじゃうじゃと湧いてくる見張りのヘビードラゴンを見て、俺は急な不安感を抱く。
……前世の世界で例えるのであれば、そこら中にワニやライオンが溢れかえっているみたいなもんだからな。そりゃ怖えぇわ。
さて、それじゃあ騎士団隊長クラスの実力、拝見させていただきますか!
「ゼクロくん、出番だよっ!」
「ハッ! 参ります!! ――イクスソードッ!」
イクスソードとは、十字の光を生み出す技名みたいだ。その十字の光は剣の役割を果たし、【無剣の騎士】と呼ばれている所以がそこにはあった。抜刀の構えによってたちまちその剣は姿を現し、剣先からは輝かしい光が溢れていた。
そして、ゼクロは馬車の中から爽快に飛び出し、空中から高低差を利用した攻撃を繰り出すのだった。
「忌々しき魔物たちよ、我が剣の前にその存在ごと滅せよ! イクスクロスッ!!」
ゼクロは上から叩きつけるように、十字の斬撃を放った。不意を突かれたヘビードラゴンたちは逃げる暇もなく、斬撃の下敷きとなり潰れていく。空中で一回転し、華麗に着地したゼクロの周りには、わらわらと異変に気付いたヘビードラゴンが群がっていった。
「雑魚がいくら束になろうとも、僕には敵わない……。ミユ様、見ていてください!!」
そう言ってゼクロはカッコいい装飾が施された頭装備を身に付ける。次の瞬間、襲い掛かるヘビードラゴンたちを次々に切り裂いていくのだった。
その姿はまるで無双ゲーの如き。戦場では絶え間なく返り血が吹き溢れていた。
「すっげー……想像以上につえぇな……」
俺はとりあえず馬車を降りて、唖然としながらその光景を眺めていた。万一の場合も考えていたが、どうやら俺の出る幕はないみたいだな。もうあいつ一人でいいんじゃね?
「ハァッ――! お前で最後だ!!」
ゼクロはいとも簡単に見張りのヘビードラゴンを最後の一匹まで倒し終えた。全身にはヘビードラゴンの返り血が至る所に付着し、倒した敵の数の多さを物語っている。安全を確認したところで彼の元まで駆け寄った。
「いいじゃんいいじゃん! すっごく強いんだね、ゼクロくん! この調子だったらグランドドラゴン討伐もよゆー……ってあれ? どうしたのゼクロくん?」
ゼクロの様子がおかしかった。何故かその場に立ち尽くしたままプルプル震えている。
「ミ、ミユ様……! 申し訳ありません……!」
「えっ、何??」
「……き、気持ち悪いです……うっぷ」
そう言って何を血迷ったのかゼクロは次々に着ていた鎧を脱ぎ捨て始める。ここは敵の本拠地のど真ん中。あろうことかそんな危険な場所にもかかわらず、彼は素肌をさらけ出していった。
「ちょっ! 何してんの!?」
「穢れた血が僕の鎧に……! あぁ、気持ち悪い!! ……げっ、指についた……」
ゼクロは吐きそうに口をおさえながらも、ほぼ全ての鎧を脱いでしまったのだった。当然、こちらの事情なんてお構いなしに巣窟からは第二波のヘビードラゴンの群れが押し寄せる。
「どーゆーことなの!? 説明して!!」
「……僕は重度の≪潔癖症≫なんです。特に、魔物に関しては触れるだけで全身から汗が流れ落ちるほどの嫌悪感を抱き、ましてや汚らわしき血が付着するなんてあるまじき状況で……。鎧一枚隔てた向うに穢れた血があると考えるだけで、身体中拒否反応を起こしてしまうのです!! おろろろろろろ」
説明を終えると同時に、我慢できずにリバースしてしまう。俺は一心不乱に彼の身体を揺さぶった。
「無理無理無理!! こんなところで死にたくないんだけど!! 早く何とかしてよ!!!」
「くっ、そうだ! 僕にはミユ様をお守りするという使命がある。魔物風情に負けてたまるものかぁー!!」
ゼクロは再度、イクスソードをによる剣を現出させた。……いや、でも今回のイクスソードは心なしか短小に見える気がする。
「喰らえ! ――サウザンドイクスクロスッ!!!」
威力は先程には劣るが、大量の十字の斬撃がヘビードラゴンを切り裂いた。あっという間に援軍に来たヘビードラゴンたちも全て絶命していった。しかし――。
プシャアアアッ
彼の頭上から魔物の血のシャワーが降り注ぐ。……人間、これ終わったなっていう瞬間はコマ送りで見えるんだね。彼の絶望的な顔までバッチリ俺の目には映っていた。
「ぐっ、ぐわあああああああ!!!!」
彼は断末魔を上げ、白目をむきながらひっくり返った。この状況は非常にまずいな。いち早くにこいつを連れて撤退しなければ……!
しかし、瀕死で意識を失った大人一人を運ぶのは、想像以上に大変だった。思いっ切り引っ張っても、思うように全然進まない。もたもたしている内に、なんということでしょう、大ボスのグランドドラゴンが登場してしまった。
グオオォ……
デカい!! 並外れたその巨躯に、脚の震えが止まらなくなってしまう。
「あわわわわ、あわ、あわわ……ゼクロくん! おい!! ゼクロ!! 起きろ!!!」
死に物狂いに大声で呼びかけ、右足を引っ張りながらも馬車の方へ逃げる。依然として彼の意識は戻ることはなかった。
グランドドラゴンは不思議と追ってこなかったが、しばらくするとキーンとする嫌な音が聞こえてきた。振り返り見ると、グランドドラゴンの口の先からは周囲が歪んで見えるほどの光が一点に集中して、いつでも強力なビーム砲を発射してきそうな雰囲気が漂っていた。
かなり嫌な予感がしたので、気力を振り絞ってゼクロの身体と共に横へ飛び込んだ、その瞬間のことだ。グランドドラゴンから一直の熱線が放出される。熱戦の通った後は文字通り跡形もなく全てを消し去った。馬車も巻き込まれて消えてしまった……。
それからの記憶はほとんどない。ただただ、重りを引きずりながらも遠く遠くへ逃げなきゃと、そのことしか考えられなかったのだ。
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「……んっ、ここは……?」
日も落ちかけた頃、荒野のど真ん中でゼクロは意識を取り戻した。俺は途中で魔物から受けた傷によって意識が朦朧としながらも、未だに彼を引きずったまま進んでいた。
「……あっ、起きたの? じゃあ、後は自分で歩いて……」
俺はついに力尽き果て、その場に倒れてしまう。ゼクロは直ぐに状況を察し、こちらに駆け寄ってきた。
「そんな、ミユ様! ……ぼ、僕の不甲斐無さのせいでこんな……」
彼は俺の手を取り、大粒の涙を流す。夕焼けの光もあってか、キラキラときれいに輝いていた。
「……何故です? 僕なんか、放っておいてお逃げになられればよかったのに。貴女にもしものことがあれば、僕は……! 死んでも死に切れません!」
くしゃくしゃな顔を近づけて訴える彼の頬に俺は手を当てる。
「……貴方は不思議だね。会ったばかりのミユの下僕に、本当になっちゃうなんて。だって、ミユ、ゲームの中だけの話だと思ってたんだもん。こうやってミユの為だけに尽くしてくれる人が現れるのは。だからね、とっても嬉しかったんだぁ……。ホントは見ず知らずの土地に一人で怖かったから、貴方の存在が嬉しかった。ちょっと変なとことはあるけれど、貴方みたいな下僕をこんなにも早く、失いたくなかった……」
「ミ、ミユ様……!」
俺は何を言っているのだろう……。金儲けや楽をするためだけにこいつといるんじゃなかったのか。
……でも、もしかしたら。死に直面して、本音が溢れてしまったのかもしれない。
ま、どうでもいっか。疲れたし、今はゆっくり休もう。俺は糸が切れたように眠りにつくのだった――。
「……ミユ様。僕はもう、決めました」
一方で、荒野に佇む一人の騎士がとある決意を固めるのであった。
◆♂♀◆♂♀◆♂♀◆♂♀◆♂♀◆♂♀◆♂♀◆♂♀◆
翌朝。
全身がまだ痛むが、することもないので俺は町の中をブラブラしていた。
「はぁ、こりゃ当分の生活方法を考え直さなきゃ。ゼクロの潔癖症が何とかならない限り、冒険者として稼いでいくのは厳しいからなぁ。しばらくはあいつの本業である騎士団の給料で生活していくことにすっかぁ」
あれこれ考え事をしながら歩いているうちに、ゼクロの姿が見えてきた。
「あっ! おはみゆ~、ゼクロくんっ☆」
「……あっ、おはようございます……。ミユ様」
ん? 何だかゼクロの様子が昨日とまるで違った。
「ミユ様、僕は昨日のことから色々と考えました。そして、貴女にとある報告がございます」
おぉ。真面目そうな性格のこいつのことだから、昨晩は悩みに悩んだのだろう。そんな思い詰めなくてもいいのになぁ。
「昨日のことはそんなに気にしなくてもいいよっ。んで、報告ってなぁに?」
「実は、今の僕に何が出来るのか考えた結果……やはり、ミユ様をお守りすることが第一に僕のすべきことだと結論に至りました。しかし、騎士団に所属していては常に貴女の傍にいられない……! きっと僕の中で貴女と国のどちらかを一つしか守れないという葛藤があったのです」
ゼクロは俺の目を一心に見つめ、覚悟を決めた様に告げるのであった。
「そこで、僕は……ケジメをつけるべく先ほど騎士団を脱退して参りました! これからは迷いなく、貴女様一筋でこのゼクロがお供いたします!!」
は? 今なんて言ったこいつ?
……はぁー!?
何とんでもないことしちゃってんのこいつ!! 騎士団を脱退したら、俺の生活はどうなるわけ!? 昨日、散々冒険者としてやってくのはキツいって、痛い目見たばかりなんですけど!!
……俺は怒りの拳を振り上げた。
「ちーがーうーだーろぉー!!?」
「おっ、どぎついBBAじゃねぇか! 昼間っからこんなところで――んべぇあっ!!」
丁度良く、チンピラ風のサンドバックがこちらに歩いてきたのでとりあえずぶん殴った。
「ミ、ミユ様ー!?」
俺は膝から崩れ落ちた。いや、膝だけではなく俺の全てが崩れ落ちていく音がしたのだった。