ネカマの王は最強クラスの騎士を従えたい! ①
やあ。俺はネカマの王……と呼ばれていた者だ。
何年もネカマを続けるうちに、囲いを主として活動する同業者たちからそう呼ばれるようになっていた。そんな俺の神話のような伝説も、熱狂的な信者から恨みを買い、無残な殺され方をされ、ついには潰えてしまう。
だが、今は全く惜しいとは思わない。何故なら――。
目が覚めるとそこには夢のような世界が広がっていたのだ。……実は本当に夢だったりしないだろうか。しかし、たとえ夢だとしてもこんなにワクワクする世界を肌で感じられる機会はもう無いのだろう。であれば、大いにこの状況を楽しむことにしよう。
そう俺はたった今、新しい人生の一歩を踏み出したのだ!
……さて、今の俺の身体が誰なのかも、何故ここにいるのかも全くわからん。俗にいう異世界転生というものらしいが、新しい身体が生前の俺と全くの別人だったのだ。とはいえ、自分のことを尋ねるのも変な目で見られそうだから気が引けるよな……。
ということで、まずはそれ以外に収集できる情報を聞いていくことにしよう!
「あっ、すんませーん」
「ん? わしかい? 何か用かな、兄ちゃんや」
そこら辺の顔が優しそうな老人に声を掛けた。こういう時って顔で選んじゃうもんだよね、わかる。強面の怖い人に声かけたくないもん。
「あのー、ついさっきこの国に着いたばかりの者なのですけど、ここってどこですかね?」
「はて? ここが何処だかわからずに来たのかえ。不思議な兄ちゃんよのう。ここは世界で一番人口が多い『デアイ王国』じゃよ。兄ちゃん、旅人かい? それもとびっきりの田舎から来た」
老人は髭を触りながら、俺に笑いかける。世界一の人口となると、そりゃあ一般常識並に知られている国だよなぁ……。とりあえず、詳しい話を聞いてみることにした。
この国は世界一の人口を誇るだけに貧富の差が激しいという特徴が挙げられるらしい。能力が無ければ切り捨てられ、あっという間に大貧民となってしまうようだ。今後の参考に国一番の好待遇の職業を教えて貰ったところ、それは国家所属の騎士団のようで、毎年多くの腕利きの加入希望者がいるのだとか。また、人に害をなす魔物がこの世界には存在しているらしく、それらの討伐を主とする職業の皆さんお馴染み冒険者もハイリスクハイリターンで儲かるらしい。
「兄ちゃん、行く当てがないのなら『万屋』に行くとええ。人に害のない魔女が営んでおってな、きっと兄ちゃんに必要なものを売ってくれるはずだよ」
老人は親切に色々なことを教えてくれた。優しい人に出会えてよかったなぁ……。俺は老人にお礼をし別れを告げた後、助言の通り万屋に行くことにした。
幸い、転生時から持っていたアイテム袋の中には金貨5枚入っていた。この世界の通貨の基準はまだわからないけど、そこそこあるってことじゃないだろうか。俺が今欲しい物はちょっと特殊なのだけど、果たしてこっちの世界にも売っているのかな?
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俺は教えて貰った通りの人気の無い路地裏を抜け……そして路地裏を抜け……更に路地裏を抜け……って、本当にこんな誰も来ないような裏通りに店があるのか?
「行き止まり……」
ついに着いた先には何もなかった。もしかして道、間違えたか? やべぇ。
「ふぇっふぇふぇ、うちにご用かな?」
「うわぁ!?」
心臓が止まるかと思った……。なんと突如、隣に白髪の老婆が現れたのだ。
その婆さんは、とんがりボウシに不格好な杖、黒いローブという、いかにもイメージにある魔女の格好をしていた。想像通りなその見た目から、この婆さんが万屋の店主ということは一目瞭然だった。
「こっちだよ、ついておいでぇ」
婆さんはまるで俺がここに来ることをわかっていたかのように、杖をつきながらゆっくりと歩き始める。俺は言われるがままに後をついて行くことにした。
しばらく歩いて婆さんは立ち止まったが、先に入口らしきものは見当たらなかった。
「よいっしょっと、この中が万屋だよぉ」
婆さんは近くの壁にある小さなくぼみに杖を引っかけて、上からにスーッと撫でおろす。すると、撫でおろした杖の先端に連動するようにくぼみが広がりを見せ、すぐ横に木目の扉が現れたのだった。一番下までおりるとと完全に扉はその姿を現した。
何これすご! ファンタジー感溢れる一連の流れに、いよいよ異世界に来たという実感が湧いてきた。これが魔法かぁ。
扉の向こうは薄暗く、階段が地下深くまで続いていた。深部まで進むと、空洞的な空間に十畳ほどのスペースの秘密基地のような部屋が現れる。沢山の物が棚に積まれて全体的にこじんまりし、奥には魔女がよく回していそうな大きな壺も置かれていた。
「ふぇっふぇふぇ、いらっしゃい。わかる、わかるよぉ。お前さんがお探しの物がねぇ。ふぇっふぇ」
婆さんは薄気味悪い笑みを浮かべた。そして、俺が何も言ってないのにもかかわらず、次から次へと要領よく棚から小物を取り出していく。液状の物から、棒状で固形の物、円状のケースに、それから――これはもしや。
「♂が♀の恰好をするなんて珍しいことするもんだが、これが必要なんだろう?」
手渡されたのは恐らくメイクセット一式と思われる小道具だった。ほとんどが前世界の物と似た形をしていたため、それぞれ用途はすぐにわかった。当然、ネカマの王である俺はこの手の化粧スキルも習熟している。
「おぉ、そうそうこれだよ、俺がこっちに来て欲しかった物! すげぇ。よくわかったな、婆さん。これが魔女……!!」
「ふぇっふぇ、その通り。わしは魔女。未来を見通す力を持つ魔女だよぉ。さて、一緒にこいつもどうだい?」
手渡されたのは周りが複雑な模様の枠で囲まれた、高価そうな手鏡だった。
「『女豹の手鏡』だよぉ。そいつにめかした姿を覚えさせておけば、いつでもその姿になれる。どうだい、便利だろぉ?」
なるほど、つまり化粧する手間やコストを省けるってことみたいだ。これは良い買い物が期待できそうだ。
「そして、最後にこれだよぉ」
婆さんはゆっくりと店にある大きな壺の所まで移動していき、杖で中をかき混ぜ始めた。薄暗い部屋で、ローブを纏った老婆が、気味の悪い笑みを浮かべて壺をかき混ぜる。なんとも想像する魔女のイメージぴったりの光景が目の前にあった。
「ふぇっへぇっへ、この薬はねればねるほど効能が高まってぇ……こうやって試しに指につけて……あむっ……んんまずぅーい!!」
婆さんは口からドバーッと薬を壺の中に吐き戻した。うわ、きったね! あれを買う気は一気に失せたな……。
「この塗り薬はねぇ、喉に塗ると声の高さが変化する効力を持っているよぉ。お前さん、よく喉に負担を掛けているんじゃないかねぇ? この薬を使えばその心配はなくなるよぉ。ふぇっふぇっふぇ」
喉に負担ってのは俺が生配信とかでよく使う♀声のことか。確かに長時間声を変え続けるのは結構キツイから助かるな。
……ん? 待て、今この婆さん塗り薬っつった? 飲み薬じゃねぇのかよ。何でさっき食った?
「さぁて、これらぜぇーんぶ合わせて金貨15枚のところ、お代はお前さんの今ある手持ち全部でいいよぉ。どうだい、お買い得だろぉ?」
「え? いいの、婆さん!? 今金貨5枚しかないぜ? 半額以下じゃん!」
「ふぇっふぇ、今後もご贔屓にってやつだよぉ。どうだい? 買うかい?」
「っしゃあー! 買った!」
こうして俺は良き買い物を終えて、ウキウキで店を出るのだった。
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おぉ……! いいじゃんいいじゃん! 化粧なんて結構前にやった≪メイクやってみた動画≫以来だったけど、上々な仕上がりで完成だ!
過去の動画のコメントを振り返ると、あまり濃いメイクだとウケが悪かったため、素肌っぽさを出しつつ、気になる部分はきちんとカバーしていく感じのナチュラルメイクで仕上げてみた。
万屋の婆さんからは他にも、豊胸の為に使われる『吸血スライム』という魔物を買っていた。このスライムは、一日に少量の血を吸わせることで、ヒルみたいくっつかせて使うようだ。♀の間ではよくパッド変わりによく使われているらしい。カメレオンの様に色も同色化するため、見分けがつかないんだとか。俺は胸の部分に2匹の吸血スライムを引っ付けた。おぉ、何だか母性が芽生えそうだ。
さて、最後に短かった黒髪の頭に育毛薬を振りかけて、ニョキニョキ生えてきたところでツインテールに結べば……。
「美♀だ……。目の前に美♀がいる……」
前の俺の姿では想像がつかないくらい美♀になっていた。その姿はザ・オタサーの姫って感じだな。うんうん、悪くない。まぁ、股間にあるブツだけはどうにも出来なかったから、見られないように気を付けないとな。
……よしよし、ここまで大分俺の思惑通りにシナリオが進んでいる。ご都合主義の如く話がポンポン進んでいくあたり、これってやっぱり主人公補正が入っちゃってるよなぁ。いやー参った参った!
え? なんで有り金全部はたいて女装してるかって? くくく、ここからが俺の見せ所よぉ!!
「この後の流れ的に冒険者ギルドに行って身分登録した後、ふつーは初級クエストから地道にお金を稼いでいくってのがベター……って思うじゃん? はい、ダメー。全っ然ダメ。その考えが既にド三流転生者なんだよなぁ。王ぞ? 我ネカマの王ぞ? 強い奴を使役し、いきなり高難易度クエストを受け、全力で守ってもらい、強いモンスターを狩らせて、報酬と経験値をたんまり貰うってのが王ってもんだ! それがネカマの真骨頂ってもんだ!! げぇーっはっはっは!!」
ハッと我に返ると、周りの人々が変な目で此方を見ている。おっと、ついテンションが上がって口に出してしまっていた。……正に、虎の威を借る狐なんだよなぁ。ネカマのノウハウがこっちでどこまで通用するか、楽しみだ。
ま、この容姿ならイージーモード確定なんだけどねー! あー面白すぎてにやけちまう。異世界ライフ最高!!
ここからは♀として振る舞い、♀として生きていかねば。んー、だとすれば名前はどうしようか。……前世のキャラネームと同じ、『ミユ』でいいっか。
早速、冒険者ギルドへ行って強い下僕たちを見つけてこなくっちゃ☆
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万屋の婆さんのおかげで俺は迷うことなく冒険者ギルドへとたどり着いた。ここが冒険者ギルドか……。ふっ、心が躍るぜ。
建物に入って最初の発言が肝心だ。この最初の発言によって今後の異世界ライフが左右すると言っても過言ではない。
……さて、心の準備は整った。行くぞ!
バタンッ。
勢いよく中へ入ると、一斉に此方へ注目が集まる。
「……んっ、コホン。冒険者のみんなー! 初めまして! こんにちみゆみゆ~っ☆ 新しく冒険者なりに来ました、ミユでぇーす! これから仲良くしてくれると嬉しいなっ! ミユ、今はまだ非力でか弱い乙女なのっ……ふえぇ、一人でクエストに行くの怖いよぅ。だからねっ、ミユの下僕になってくれる子募集ちぅでーす☆ 興味がある子はミユのとこまで来ーてねっ! いっぱい守ってくれたらいっぱいいーっぱいご褒美あげちゃうから☆ ちらっ、ちらちらっ。それじゃあ、みんなよろしくねっ☆」
決まった……! ネカマをやってた頃は最初の挨拶だけで100人以上フレンド申請来たこともあったなぁ。そして、今の俺は天下のリアル美♀様ぞ! こりゃ1日じゃ全員対応しきれないな……ぐへへ。
……って、あれ? 誰も来なくね? そろそろ一人くらい誰か俺のところに来てもいいはずなんだが。てか、大半の奴ら何事も無かったかのように会話始めたりしちゃってるんですけど!
は? 何で? 何が起こってんの?
「うわ、きっつ……」
おい誰だ!! 今小声で「きっつ」って言ったやつ!! ふざけんな顔覚えたかんなぁ!? 後でぜってーぶちのめす!!
あるぇー?? おかしいなぁ……。誰も興味を示していない。ちょっと状況の整理が追いつかないんですけど……。
俺が放心してそのままぼーっと立っていると、すぐ後ろのドアがドンッと開かれ、ぞろぞろと強面冒険者たちが入ってきた。
「おい、邪魔くせぇ!! 早くそこどけろ!!」
「ひぃい! すみません!!」
俺はすぐさま人のいない端の方へ逃げた。
こ、怖えぇ……。冒険者怖えぇ……。よく見たら周りも屈強そうな武闘派集団ばっかじゃねぇか……。早くも帰りたい。
いや、しかしここで諦めては駄目だ。誰か一人くらい、俺の下僕になってくれる奴がいるはず……! というかなってくれないと困る! 一文無しの美♀ホームレスが爆誕してしまう!!
誰かいないかと辺りを見渡すと、奥のテーブル席に優しそうなおじさん冒険者が一人で座っていた。……せめて、あいつ一人でも下僕にしよう!
「あ、あのぅ~……こんにちみゆみゆぅ……☆」
様子をうかがいながら、媚びへつらう感じで近づいていく俺。さっきの今で面食らったせいか引きつった笑顔になってしまう。いつもの営業スマイルが出来ない……くそ、頑張れ俺! ここを耐えれば夢の異世界ライフが待っているぞ!
「あぁ、さっきの君か。どうかしたかい?」
「隣、失礼するねっ」
ふぅ……よし、呼吸を整えて……。
「あのねっ! ミユ、今とっても不安で……。冒険者ギルドには怖い人がいっぱいいるし、一人でクエストに行ける自身も無いし……。だ、だからね、貴方に一緒に居て欲しいなぁって思って。はうぅ……ダメ……かな?」
「う、うーん……」
「――い、今ならミユの下僕第一号になれるよ!! もちろん、古参の子は特別大大大サービスでミユの愛をいっぱいあげちゃうよっ! ね? ね? 悪くないでしょ? だからね、あのね。ミユと一緒にずっと居よ……?」
「いやぁ……はは、折角の申し出だけど――」
くそ、まだだ! まだ諦めてなるものか!! こうなったら奥の手を使うしかない……!
「お願い……ねっ?」
とびっきりのうるうる顔で、切なそうにおじさんの袖をちょこんと引っ張る。その姿はまるで雨の中見つめてくる捨てられた子犬の如く可愛さと切なさを兼ね備えているに違いない。これで落ちない♂がいるはずねぇ!
よし、勝っ――
パァンッ
「……へ?」
一呼吸遅れて手に痛みが走る。
手を弾かれた? え、何? どゆこと? とりあえず、もう一度袖を掴ん――
パァンッ
再度袖を掴んだ瞬間俺の手は空を舞った。痛ぇ……手ぇ痛ぇ……。
「き、きちぃ……」
おじさんは化け物を見たかのような顔をしながら、そう呟きどこかへ去って行ってしまった。心も痛ぇ……。
は。はは、ははは……。ダメだ。完全に折れた。戦意喪失した俺は、ふらふらと冒険者ギルドを後にするのだった。
……その様子を覗いていた、一人の騎士がいた。その騎士はこれらの一部始終を見て、微かにこう呟くのだった。
「ふ、ふつくしい……!!」
◆♂♀◆♂♀◆♂♀◆♂♀◆♂♀◆♂♀◆♂♀◆♂♀◆
「はぁ~~~~~~……」
冒険者ギルドにおいての出来事はすっかり俺にトラウマを植え付け、晴れては一文無しのホームレスになってしまった。当初の予定では、新たな下僕たちに今日泊まる宿屋の確保をさせ、最高級な装備を買ってもらい、今頃は初クエストの打ち合わせをしているはずなんだが??
どうしてこうなった。このネカマの王の魅力を感じないなんて、この世界の♂は一体どんな感性してんだ。
いくら嘆こうとも行く当ては無く、ダラダラとそこら辺をふらふらしている時のことだった。華やかでオシャレで、♀が行きつけそうなお店があった。店の中は、外からでもよく見える構造になっていて、色んな商品が並んでいる。
ふと、近くを見るとお店の看板が目に映った。
『新商品! 可愛くなりたい♀必見、モテ♀が選ぶ大人気メイクセットはこれだ!』
へぇー、この世界にも化粧道具が……おい、ちょとマテ。この化粧道具、さっき俺が万屋の婆さんから買った物一式同じ物じゃねぇか!?
しかも、値段は金貨たったの1枚……!? いやいやいや、嘘だろ?
「いらっしゃいませー! 今ならメイクセット、お安くなってますよー!」
俺は慌てて店の中に入り、中にいた店員さんに話しかけた。
「あのぉー、お姉さん。このメイクセットって……」
「あぁ、これ通常価格の2割引きの値段なんですよ! お安くなっております、いかがでしょうか?」
お姉さんは営業トーンでニコニコしながら勧めてきた。なんてこった……。通常価格でも金貨5枚なんて額、程遠いじゃねぇか。あの万屋のBBAハメやがったか!?
……いや、まだ断定するには早い。
「あの、これって……」
そう言って、俺は先程万屋で購入したメイクセット一式を店員さんに見せた。
「あぁ、これうちのものと同じですね。お買い上げいただきありがとうございまーす」
「……この鏡、『女豹の手鏡』っていう特別な物だったりします?」
「これは『写し鏡』ですねぇ。おめかしした姿を覚えさせることが出来ますよ。普通の♀ならみんな持っています。『女豹の手鏡』ではないですね」
「これ……声が変わるっていう薬なんですけど、高価な物だったり――」
「普通に薬屋さんで売っている『声変わり草』を使用したお薬ですね。銀貨3枚くらいなので高価ではないですよ。エンターテインメントでよく使われていますよねー。≪声変わり草を使って高速詠唱してみた≫とか前見ましたけど、めっちゃウケましたよ」
「ちなみに『吸血スライム』ってのは――」
「あー、吸血スライム、最近近くのフグ洞窟でいっぱい湧くらしいですよね。あまりにも増えすぎて、保護対象の魔物なのに数を減らしているとかなんとか……」
もういい! なんてこった。俺は……俺は騙されたんだ……。
詳しく話を聞いたところ、やはり俺の手持ちにある全ての道具は割とどこでも簡単に手に入るらしい。踏んだり蹴ったりで、既に生きていく自信は無くなっていた。
「ありがとうございましたー。またお越しくださいませ」
無気力状態の俺は、そのままふらふらと店を出る。あぁ、これから俺はどうなってしまうんだ。
ふと、俺は今までの行いを思い返した。……そうだ、これは罰なのだ。山ほどの♂を騙し、自らの利しか考えないような、愚かな過去の行為への罰。
ネカマの王の時代。使えないと罵って解雇した下僕はこんな気持ちだったのだろうな……。俺にガチ恋をして、騙されていった奴らはこんな気持ちだったのだろうな……。今更後悔しても遅いけれど、でもお前らの気持ちわかった気がするよ。もうこんなことはやめて、これからは心を入れ替えてこの世界で真っ当に生きていこう。
……俺はそう決意する。そんな時のことだった。
「ハァッ……ハァッ……! そこのふつくしい方、待ってください!」
突然、誰かがこちらに走って来た。その姿は、甘いマスクで透き通るような青い瞳に、黄金で見とれてしまうほどの綺麗な髪の青年だった。その髪を象徴するように黄金のラインが入った銀の鎧を身に纏っていた。
彼は目の前で膝に手を突きながら息を切らしている。心を入れ替えた俺は、優しく、誠実に対応するとしよう。
「大丈夫? 重そうな鎧を着て、大変だったでしょう」
「ハァッ……だ、大丈夫です! やっと追いついた。……貴女に話があって来ました!」
「そうだったの。どんな話でも聞いて差し上げましょう」
「冒険者ギルドで見かけた時から好きでした!! 一目ぼれです!! ぼ、ぼ、僕と……結婚してください!!!」
「えぇ、もちろんよろしくて……って、え? は?」
周りで始終を見ていた人たちがざわつき始めた。そして、一気に沢山の人々がわらわらと集まってきた。
『ねえねえ。あの人、騎士団の人じゃない? どこかの隊の隊長じゃなかったっけ?』
『おい、マジかよ! あの騎士様が求婚してるぞ!! あの変な恰好したねーちゃんは一体何者なんだ!?』
『騎士様が――騎士様が――』
……はい、やめーー!!!
心を?? 入れ替えて?? 真っ当に生きる??? バッカじゃなーいの!? げぇーっはっはっは!!
俺はどうやらとんでもない大当たりを引いたようだ。騎士団所属の騎士?? しかも隊長クラス??
ハイ勝ち。俺の勝ち。これだから♂をたぶらかすのは止められねぇぜ!
「ミユの最高な異世界ライフ、始まっちゃったみたいだょ☆」