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貴女が私を赦しても…
世間が私を赦しても…
神様が私を赦しても…
私だけは私を赦さない。
貴女の生命が一日でも…
貴女の生命が一秒でも…
貴女の生命が一瞬でも…
その微かな望みにだけ縋り続けた。
吸血鬼は不死ではない。
少しだけ人間より長命なだけ。
少しだけ人間より哀れなだけ。
だからこそ彼女は美しく、気高く、儚く観えた。
多くの吸血鬼がそうである様に、人であった記憶や想いなど摩耗して消えてしまえば。
そんな想いが鎌首を擡げてはそれは彼女への冒涜だと否定する。
彼女の容姿が美しいだけなら、狂気に塗れた同族狩りは気まぐれに殺してしまえたのに。
彼女の心が少しでも翳ることがあったなら、狂気に塗れた同族狩りは、断罪されて死ねたのに。
不浄の死者、生命の冒涜者、血を啜る鬼、人間の吸血鬼への認識。
脆弱な生命、搾取される餌、血を持つだけの糞袋、吸血鬼の人への認識。
他者の生命をこそ尊び、人間からの暖かな感情など与えられないと知っても尚、人も吸血鬼も等しく慈しむ者、それが彼女。
私は同族狩り、彼女とはかけ離れた真の悪鬼羅刹、忌嫌われ恐れられる憎悪の根源。
私が私として意識を持った時から常識として人を殺した、他の人間からすれば朝起きて用を足すくらいの当たり前が人殺しだった。
理由なんてわからなくても、親代わりの誰かが命じれば、食事が与えられなければ、肌に触れる手が不愉快なら、人を殺した。
殺す事がとても上手だと自己認識したから、そんな理由で【狩人】になった。
私には息をするのと同じくらい簡単に【獲物】は始末できた。
そんな生活が続くうちに自分が人なのかさえも判らなくなった。
もしも人だとすればその理から外れ過ぎたのか、もう500年以上は老いていない、流石に面倒くさいのでそれ以上の勘定はやめた。
人も吸血鬼も等しく私を怖れた、不死者の王、死の具現、他にも色々な呼び名がついたが、そもそも自分の名前を知らないから、どうでも良かった。
王などど呼ばれても、他人の面倒など見る気にもならないから金ずくで殺し続けた。
何時しか私に刃を向ける者は居なくなった、自身が殺されるのだと理解して尚、抵抗すらしない【獲物】は楽に殺せる金のなる木だった。
目が醒めれば殺し、気が向けば殺し、暇ならば殺した。
原初の記憶にある、飢えないための殺人などいつの話だったか。
そんなある時、彼女と出逢えた。
私の事を正しく理解して尚私に立ち向かう姿に興味を覚えた。
政治家が依頼人だったと思う、対立する政治家を一族郎党殺せば良いだけの児戯。
視線を向ければそれだけで心弱いものは死ぬ、だと言うのに彼女は私に立ちはだかった。
彼女は酷く傷を負っていた、【獲物】親子が彼女にどんな行為を行っていたものか。
美しいであろう貌の右目は腫れた瞼で塞がり、その下の首には黒黒とした痣、両手両足の指は真っ直ぐなものを探すほうが苦労するくらいで、身体の至るところに切り傷や歯型や火傷、当然の様に衣服すら纏ってはいない。
その様な仕打ちを与えたこの愚者を護るのか?気まぐれで聞いた私に片目だけで、余りにも穢のない瞳だけで応えた、あとから気づいたのだがこの時の彼女は声すらも満足に出せない状態だった。
その時、私は彼女がとても面白い暇潰しの道具になると思った。
と言って、彼女を無視してこの愚者共を殺すのは面倒臭い、殺さないまでもまともに生きて行けなくなれば構わないだろう、と、彼女と同じだけの痛みを生涯与える呪いを掛けるだけにして彼女を住処に連れ帰った。
瀕死の彼女は住処に着くと危篤に陥った、殺す手段なら如何様にも思い付くが生かすとなるとてんでわからなかった、仕方がないので自分が不死者かどうかは判らなかったが私の血を口移しに飲ませた。
一日を待たずして彼女は息を引き取った、三日ほど付き添ってみた夜、彼女が目を醒ましたので、身体に不自由は無いかと尋ねた、彼女は一頻り身体を動かしてから、傷のない身体は何年ぶりかしら、と応えたものだった。
私は永らく食事などしていなかった事に彼女の腹の虫で気が付いた。
サイドテーブルの呼び鈴を鳴らして唯一の従者に食事の用意を、と、そこでこの従者が人の食事など作れないことに気が付き、途方に暮れたものだ。
これは困った、と思案に暮れる主人、主人の期待に応えられぬ、と途方に暮れる従者、それを見て、3人で料理をしてみましょう、と微笑む彼女。
幸いにして金ならば捨てる程蓄えていたし、食材を買い揃えるにも近くに宛があったので、自分で食材を選びたいという彼女と従者を連れて人里に降りた。




