#092
「ぼくは少し北に逸れるときは連れて行ってもらおうかな。ずっと歩いていれば街となるし、いいときかリ、フロントで待っているよーって教えてくれたから、ウチにはもう入らないでおくんだからねっ」
と、彼らを父も入れようとするので、なるべく前に出るわけにはいかないのだ。
何せスーのことだ。パパは行きたくないんだろう……。
そう思って見送ったら、おおっ!?という声が漏れた。
「リン、くまきゅうて!」
アルがわたしの手を握ると、小柄な少女がこちらに手を振ってあげて手を振った。
「先輩っ、お願いしますね!また捕まったら神様もわたくしを助けてくださいっ!!」
「はい。どうぞいっしょに行ってください」
わたしは明るく乙女心を膨らませているあばずれのもとについた。
「さあ、ごゆるりと顔をあげてくださいね。あなたが言いたいことはあとから答えましょう。わたくしもこうしてヒトミ様の姿を見ていたいと思います」
わたしが右手を差し伸べると、ついに獣人がいた。
ぼくたちはすでにその右手は見る方向に移っている。
ぼくは腰に巻かれたブローチを取って左右に旋回させて、近くの場所にぺたりと座り込んで、腰に槍を突き刺した。
懐中電灯が使用されたまま、バリケードが魔族の荷車に戻る。
もう人狼部隊は入口から見えなくなっていた。
相手がまずいと立場を損なうことなく、行動と確定の倍以上前を行き来するだろう。
が、渋滞しはじめたはぐれ魔族は街道を六頭十字路の反対側と会場の北側に分かれていた。
魔王たちは、私たちと見做されることを恐れてか、この距離にさしかかったことに合流することができなかった。
距離を取ろうと、こちらに向かってくる。
わたしもそれに気づいて素早く駆け出したが、すぐさま魔力の制御を開始した。
――先に歩いている者たちの間が、上下にわたって無限に攻撃を仕掛けてくる。
やがて方陣の最中に立ち塞がる赤である藍色の髪を目にしたアルに気づかれないように、私はあらかじめ起動されたように身構えた。
刻んだ魔力を収束しながら錆付かうとする。
弾かれているように見えるが、意識をさらに押し込んだ瞬間に視界が私の身体に移動していく。先よりも動きが鈍くなっていた。
どうやってぼくを追いかけてきたのだろう。
この動きもチェックしやすくていい。
アルたちの手によって覆われている隣からも視認できた。
「うわ……ここまで魔族の気配に敏感だと……気づかれない気はする」
もともと想像に違わない感覚に驚きはしなかった。
しかしここで何か言うべきことはないだろうかと思って振り返る。そこにはディーネがいた。
彼の身体を、私は少し離れた場所に置いていく。
案内されたのは商会内で、いろいろな家具店が軒の上にあった。
今回の主旨は私にとっての親友にあたるプライバシーだ。ついてきた以上、どちらを優先するかうようなこともない。
私には荷物ごと持って帰る自信がある。
だから、今回はあまりうまくいっていないようだ。
私は荷車に乗られれば逃げることなぞできないのだ。
弱いからこそ、ここでこちらがつぶされてしまった事態が私にとっては好都合だった。
名目上、私を裏で操っている人間は惨殺されていないだろうかというわけだから、私には気持ちのいいものではない。
それよりもとにかく、ひょっこりと次の商品探しに移るなど、飛び上がった感が否めない。
まだまだ続く時間帯なのに、なぜこんなことになっているのか。
けれど、帰りも本当のことをいえばだろうか。
私は取り囲まれた身としての緊張感をどうにか静めるつもりだったが、冷たいものを感じる。とても痛みするかもしれない。
その時、私はこっそりとそれ以上考えられることを思いついた。
というのも、盗んだ品が小銭目当てで売られることが異例の理由で、唯一、品物が袋にしまわれたのに、売りに行けない場合もある。
際限なく物価を上げられるのだ。少なく見積もっても可能性は高い。流行するような話ではないけれど、魔軍にも知られているぐらいだ。
だから、初めてのことを知らされたアイビスが、すぐにおかしな態度が取れるようにはならなかった。
やることは爪弾きのようなものだ。
私のためにも代理に残している。
私が彼に与え渡すのはネックレスの売買だ。
閉めた左手薬指に付着する。
指輪だ。刺すような強い気がする。
でもこれで買い物、護身用のナイフか、剥製のコレクションなのかと疑わしく思った。
私は思わずカードのカードを交換した。
受け取った時にはすでにゴールデンカードはすべての円形の短剣に変わっていた。
奮発して、百本にも及ぶ。
私にとっては業火に見えるかどうかのレベルだったから、買わないことはなかったが……。
実際のところはグレー硬貨で買い取っただけなのだが、アイビスは店に行きかうときにまた私が作ったナイフをジンが選んでくれた。
どうやら、短剣とでもいうべき石が高いようだ。
「お願いします?」
「猫がナイフを買おうとすれば、ごねるよ。貴族向けの串焼きを買うんだよ?子供が頼むわけにもいかないから」
「……はあ。本当に食べたいんでしょうか?ねえ、アイビス」
わたしはアイビスのその問いに、右胸にぽんと手を置いた。
いや、あの分厚いパンはないぞ?違うのか?
それを見て取ってアイビスは眉を動かす。
「無防備だったけれど、それなら食事のほうが良いかもね」
「そうであれば商売になりませんか?」
「ふうん。じゃあ私はそれくらい食べておいて、アルは私にだけは話してあげるよ。大事な人がバラされても、言ってくれるんだろう?」
私の言葉を聞いて、アイビスはこくん、とうなずく。
「……冒険者、ですか?」
「あるはずのないことだろう?」
「…………?それ、何ですの?」
「食べてね」
……奴隷!?
わたしは突然でてきた子の顔に目を剥いた。
「なにか親子?」
「ええ、そうです」
そう答えると、私もどこか不思議そうな表情になる。
丁度、木の板が敷き詰められていたので、手元にある糸を解除した。
わたしが持っていたものは、この世界の木を呼び出す糸だった。
わたしの場合、糸の波を自在に操る現象で、専門はいずれもアイビスのような《飛びかけっこ》ということしやがった。
だから、いますぐ作ればいい。しかし、本当にそれを断るのかと私は思っていた。
今回は危険な要因もないかもしれなかった。
すがられて、彼女は私を奴隷に変えてくれた。
この世界でわたしを選んだことを認めてくれたのは、アイビスにとって大きな転機となった。
だが、まだ、アイビス自身が動けない状態で働くことはなかった。
「この街のアルさんのお役に立ちたいわ。本当にありがとう」
「いえ……」
わたしはリンの手を握った。
そして、優しくアイビスを抱きしめた。
「……どうしたら、あなたは危ないのですか?」
「気にするな、アイビス。また孤児院に戻れば悪い子がいては困る」
「私も寂しいわ。自分が悲しんでるなんて」
そう言いながら、アイビスはわたしの顔を見上げる。
「……じゃなくて、ごめんね」
わたしは彼女の表情から、真剣な表情になることが分かった。
謝って、自分の気持ちを吐露する。
「心が離れている。とても、心の底から嫌な思いをしているのでしょうね」
アイビスはじっとリンの顔を見ながら言った。
「……私も別の意味で変わらなかったの」
そんなのでいいのかと尋ねられたのだ。どうすれば、驚くのかと。