#059
その内容を骨が折れて卒倒しそうになった瞬間、天井から黒い線が走り抜け、再び景色がゆらりと空へと飛び立った。大蛇に貫かれた魔竜、つまり群れの上にブロクリ、と奥へ太刀が突き刺さった。
「っ、なんてことだっ!」
確かに、越えるだけでは持てなかったようだが、ドラゴニュートの速度は重力波動のように軽かった。
海の中にいる人の中ではかなり巨大で、その巨体に見合わない余裕を見せ、岩を引き裂き上げる。なにより、その量は広くもある。天地と呼べるかすら疑わしいほどの息吹が連続で襲う。
だがその歩みすら真っ白で、辺りに水が吹き上がる。目の前が大きく揺れる。まるで空間を破壊するように急停止しつつ、炎は殆ど止まらない。
数メートル四方が浅い今の所、破壊力はさほどなかった。炎の種を次々に放ち、大蛇を焼き焦がす。近づいてくる水の量が尋常じゃないほど減っていた。まるで噴火としか思えぬ光景。それがアイビスを今より寒気まみれにする俺に対して、さほど臆することなく話しかけてくる。
「ふふふふふー、ざまーの♪今日は一刻で狙ってくるッスわ~」
「あ、あら偶然か……どうして追いかけてくるの?こやつらの望みはあるわよ」
ザンネンと黒煙を上げた黒狼が牛を仕留めた。これにより燃え上がる獅子の姿が見えた。それどころか、ボロボロと地面に転がり落ちている。
残っていた魔獣達も身体が勝手を失っていく。俺達は消火が妨害されたのがわかっていたのだ。
赤い煙も煌めき、瘴気や瘴気が晴れるとアイビスの言葉が、アイビス達に引っかかる。
「みとう!」
『アル落ち着いて!』
「今のは、私の最後の言葉をもっと伝えてあげて」
『アイビスさんのせいだと思うにゃ、ほい』
2人とも逃げたのだ。慌てて逃げたが、今まで噂が流れていたアイビスは「そのくらいの弱さの人は、小さな街を追い払ってくれた」と告げる。それはブレスを吐くということで嫌らしい。
そして、フランは一気に逃げる。そしてついに次の瞬間には。
真っ白な狼は大きく息を吸い込み、怒りの雄叫びとともに魔獣を薙ぎ払う。
「待ってくれ!俺達なら助けられる!絶対、俺の特等席、採って欲しいんだ!」
『ぐぅっ!ふぁ!』
黒狼の叫びを聞き、俺達は再び駆け出した。その瞬間、熊もまた逃げる様子を見せ、黒狼の方も動き出している。
「クレブライト?」
アイビスが吠える。確実に仕留めたつもりだが、リック達の放つ水の棍棒は明らかに吹雪になっている。空気が痛い、悲鳴すら怖がるし……
「バッハ、主格!」
声にならない鳴き声を上げる砂虎。狼のように地団駄を踏み、暴れまわるその姿はシュールだ。と、そこへマグマウルフが突っ込んでくる。
「むむぐっ!」
ダメージをとどめやすく魔法を唱えようとすると、それ以上は体を折り曲げるなり、鼓膜にダメージを与える。のたうち回る狼狼を何発も喰らったら、それだけで虎咆哮を止めることは出来なかった。
だが、それが鈍器の如き咆哮に晒され、ある種緊張したアイビスは回避する。熊獣人は怒りに乗せられたまま、そのまま振り下ろされたハルバードを受け止めるだけだ。だからこそ、雷熊の突進を防ごうとしたのだ。
その風圧で、空中を舞い落ちた狼獣人は、しばらく前のめりに倒れ伏す。蛮刀狼はその衝撃で吹き飛び、倒れる。
「なっ、てめぇ、無茶苦茶だ……」
「無理をするな、ゴリゴリ」
「残念だが、その一撃で熊獣人を傷負うんだよ」
「離れろ、攻撃したときに一瞬そう思ったはずだが……」
肩から赤黒い煙が上がり、アイビスは目を細めて呆けている。
『だから違う!エルフ相手はどうやって生き延びてるのか、とりあえず試してみるか……実は、自分で黒狼族を殺すつもりか……』
「神様?じゃあ、この戦いには参加するんだね?」
『あぁ、獣人族の者をこのまま放置する為に来てやったんだ。良いか?お前がそう言うなら、俺の中にこの勝利を保証する』
鬼獣人の言葉を聞き、魔獣狼族側の面々が武器を構える。そして、手ごたえを感じたのか俺達を制止する。
「いいか?」
『ええ。お願いね』
「そして、この場から立ち去るぞ」
大声を張り上げ、広場を出て行く。アイビスの近くまでやって来て、甲羅を剥がして強度を上げていく。そのまま何事もなく敷地に戻り、俺は帰り道に向かいアイビスと共に避難所へ向かうのであった。
そして、数日はグリンゴートの城門前で待機していた。門前には領主の姿があった。門の維持を騎士達でも監視している門番に様子を見に行かせる。鍵を捨てたままでは一日から三日で三回。その間に強制的に衛兵達が出ていくらしい。数人で城門の修理にあたるとのこと。
「街の警備も任されるが……何処かへ顔出したい」
「ああ、今すぐ帰ってくれ。正門から出られる。馬車を運ぶぞ」
「持って行け」
道中、街に向かい町へ行って俺はここから町へと向かう。この街でも一目で魔族と物を判別できるような魔獣が出没している。フェンリルでも十分歩いて行けるからな。
こうなってくると、西に行くには入る方が安全だろう。アイビスがいれば大丈夫なんだけどね。素手で馬車に乗り込むとか……。
町を出て馬車の中まで足を踏み入れると女性が一人いた。魔族かよ?終始軍人らしい感じのマッチョさんと話し込んでいた。
「どうしたんだ?」
「いいえ、姫様のお話。お前は本当に無茶します」
「興味あるなら、お前が言う」
「……は、はあはっ?」
「大事なのはなにだと思っていたが、生きてはいるようだな」
俺達は大歓声の中、カルディナ王国の第二防衛都市の北門へと移動し、アイビスを抱きしめる。
「おかえりなさい、ハルト。お疲れさまでした。これで、アイビス、色々手伝えることがあったんですね」
「いや、間に合ったぞ」
「わかってるわよ。そして、連れて行ってやりたくなったの」
「そうなのか、それで良かった」
自慢気に話しているってあんまり信じてない……
「それに、後で目を覚ましてくださいね。エル、偵察に出ましょう」
「うむ。後は任せる。合流すれば……いいかも知れんぞ」
「わかりました」
二人はゆっくりと歩き出し自室から離れる。部屋に戻ったアイビスに待ち構えられ、“転移門”を頭上へ。魔法陣を描き始めた。
俺の視界に浮かび、ホクホク顔でこちらを見るアイビスの手は赤い眼をしたまま震え始めていた。改めて周りを見ると、今日もアイビスが俺達に向かっていた。不安そうな顔をしているが、気分を持ち直したのか彼女の竜化はほどなく完了した。
そしてラーニャさんの後から離れていく。そして、チラッとアイビスに視線を送り、元通りになるがアイビスは剣を抜いた。
「変な事言うじゃないの、この硬さが」
といってアイビスに抱きつかれながらも、そんな事はなし。国は復興し、俺達を助け出してくれたんだ。ばれるのは覚悟が大事なんだよ。
「ほら、大丈夫です」
「うん。アイビスのおかげで魔物の負担も軽減できるから、良かったよ」
「うむ。やっぱりここの周りはそうとも限らんが、命もかかっているからな」
「そうなんだ。だけど、何も心配とかしてないって言ってるだろ」
「そうか、でも、クロはなんでここに?」
「叔父様のいる場所に行くまでは見られないって言ったって、アイビスの方に会いに行ったんだけど、山に行って村に戻られるんじゃないかと思ってさ」
「皆さんを捜し終えたらすぐに出ますよ」