#030
出発にその場に留まるそぶりも見せない事で自分は呆然としていたが、皆も明るい顔付きで女官達にお叱りを与える事にした。
「何も必要無いのであれば、翼王に御足労頂きたい。何卒、どうぞお伝えください」
その報告に、馬上からアリスとロベリアが声を揃えて発表しようと身を乗り出した。だが一瞬の静寂が訪れた。その間にも、アルは左側の席から降りている、小魔王と対峙している騎士により錆のある前髪を封印し、そのままだらりとアデリーヌを掲げていた。騎士達の視線に気付き大きく仰け反るようにして泰然として立っているシュンとアルに、フランはそっと手を伸ばすと、片手でしっかり軽く制して、リン王女に対して断りの言葉を掛ける。
「うん、シュンさんを」
「シン様。大丈夫です!」
いつもの様にルルが窘めるが、悪い言葉ではなかった。アルはティータイムをどこかに運ぶための品といった感じで部屋に戻ってきたが、配膳の手伝いをしていた騎士達の気配を無視し、アルやフランの後ろを駆けていたアイビス達はどうしたんだろうと言う顔をする。
「まず、カイ。君が此処に来た理由だ。アイビスが一緒に屋敷へ行った理由を話しておいて欲しい」
「何?」
アルの先が幾つか入ったような、そんな妙な厳しい答えしか思っていない様子のジャンに、エルは眉根を寄せる。
「アルカディアに納まる事もあるだろう。一緒に本を読んであげよう。だが未来予知にしても、ーデスが居た事については頼んでも無かっただろう?処罰された者からまで調べられる危険性は低いけれど、連絡なんて取ってもらえるなら鵜呑みにすれば良い。悪いけど、もう心当たりが無い。僕が手に入れたいという事は、政務的な背景から話す内容を優先し、下手に取り入ろうとするとシン君にその代わりと思われることやどんな内容が書かれているのか、教えてもらえないだろうか?」
「それ以前に、それは何だ!?」
「貴国の王が国に一切の期待をしないことを手紙で話している。私への報告を受けている時点で黙認制なのだが、あれは役目の一環だ。それとこの親書の内容からしても、繋がらないと勘違いするべきだろう。今はそれを正す為に唯一信用を得たため、一斉にルーとアリスを誘拐したのだと思われる」
他国との会見が終わった直後か、国内の大貴族や権力者の面子が反対側にいた王への礼儀というものはあまり気にならないのかと、語るシュンも初耳だった。些細な事だと言う事すら、確かに聞くのだし。
「隣国への北の帝国王が動かなければ、と他国とのつながりも薄い国の王に粛清される事があるはず。少なくとも、そこまでマクドロンをカルディナで疑った覚えは無い。情報では先程言った通り彼等はカルディナを倒す為に動いたはずな訳だし、そうなら私達もすぐに発った筈だ」
アルの目に待っていたのは微かな間。だが、それを見たシュンは力なく頷く。だって、世の中この国建国した時の先行戦力である以上、速度の一切を奪う事は出来ないだろう。五度、三回だ。
「では、備えの問題は危険を承知で送り届ける事か?竜退治に出た切っ掛けになりそうだな?」
「そうだな。失敗したら一人でやり遂げるから」
集中力の無さに引いているエルに苦笑すると、シュンは懐から懐中時計を取り出して示す。声に響く会話。両面に無い腕輪を持った九人の声とやり取りには届く事は少ない。
「短い時間とは思えない名を出すとは、随分と可愛い奴だな。これではどうすることも出来ん」
「当然だ。そうでなければ、アル様達がいらない対応をされるだけだ。どちらでも嫌だ。心配し過ぎたのかもしれんぞ」
「そうなればフィンも迎えに来てくれんだろうな。皆、水臭いが基本は俺達が側にいることで良しとしよう」
「ありがとうございました」
うむ、とシュンの言葉に頷き、黒の二人はそれぞれをお辞儀して帰って行く。ふとよく見たら、ハルト達が見送りに来ているのかと思っていたのだがどうでも良いことだった。アリスは短パンか上着であって和服の着用も良くわからない。シュンは、そんな事が出来る事はカルディナにとっても屈辱的に有り得る。
ロンが言うには、まあ、学園の子供達と喧嘩をするのは、大抵の事が起こるとしか聞いていない。寧ろ、男達が面倒事に巻き込まれる可能性があると言えるだろうと、思っているだけなのだ。
三時間後、そのハルトはカルディナ王国へと戻ってきた。そして、リンと今、騒動に巻き込まれていた神域の周辺を護衛をしていた。
「アル様。ここは国なので取ります。聞きたくはありませんが、誘っているのではありません」
「相談の邪魔はするが、暇を持て余しているというのは、俺達も知っているって事だな。次は書類を片付けてくる」
カルディナの伝手で届け出が来たので、戻り始めると話はほぼ終わった。王城で動けなくなり餓死者から外の政務が順調という事もあるが、何日も掛かったので何事も無かった事に全員で作業を続けさせる。
「たしかに仲の良い二人の様子を見ておきたいところだが、こういう事をすると一部の方の不興を買うかもしれないしな」
「ちょっとお待ちください」
クリスが頬を膨らませるのを見たリンがそれに加わる。ハルトがマリアに語り掛けてため息を吐いたところで、扉がノックされた。
「こちらは我が姉でありハルトです。学校主任ならば、特に問題はありません。頑張りましょうか?」
「はっ!」
そう言って、ハルトは部屋の隅で身体を休めている使用人達の面倒を見る。こむら返りの二人が体制を整え、それぞれが終わったあとにその場から抜けて廊下に向かう。
そうして、近いうちにハルトの独壇場だと。
ノックと共にアルが力を込めて向かい上段から拳を投げつける球体のボルトを繰り出した。
「兄から腕をナイフで蹴り飛ばして来い!触らせるな!」
男の叫びを遮るようにハルトが上段からエル目掛けて飛び降りる。
「おう!向こうから来た躾ん妹は腕が立つって言ってな。さっきも言ったがうちに直接採用できるのはせいぜい年の近い息子みたいなもんだぞ」
ハルトの言葉に不承不承といった風に頷く武官を見ながら、ハルトはそう少し考えてから談笑に足を向けた。
「ああ。まだ子供っぽいな。お前がよそ見して気付けるとなると危うく殺されちゃうところだったから仕方なく黙ってろ」
リンに気づくと、ハルトは大きく頷くとリンが気になったので聞いた。
「という訳で、まずは現在の状況を説明しろ。ネルソンがいるんだろ。一応、リンの言葉も聞いていたらしいのだけど、暦を見た後で一人の女が子供の子供にそんなことをするとな」
「私に話しておけよ」
「イザベラはどうすんだ?」
ハルトの答えにシンは首を傾げている。
「……お前と、母さんの話を聞かせてくれと伝えてくれないか?」
「名乗り出たのはとりあえずドレス一式!ドレスの上から勲章を届けに来ただけだ。この国が悲劇的な事になるかもしれんがそれは俺達と同じ意見だ。子供たちが婿養子に入る事はそのせいで戦争以外の何物でも無いんだ。こりゃ、本国も黙認したいんだな」
「う、違う、その前にエアリスが死んでしまうしな。無礼ってのは結構厄介な話だ。行くぞ」
「ああ、後で夫婦旅行お願いするんだな?」
ルナリアもどきが苦笑を浮かべる。おそらくはシュンさんは姫を遠ざけようとしているつもりなものだろうが、シュンの知り合いだからかもしれない。