#003
現れた蟻を、アイビスがブチブチと噛み切ろうとする。苦しそうな表情を作りながら、彼女は尻尾ごと回収した。
「いやいやいや。十分やろう。普通、殺してる奴の自業自得だよ」
正直沈鬱な顔をしたが、しょうがなかったと頭を下げた。アイビスは半信半疑なようだったので、頷いた。
「お疲れ様です。このまま戦いが終わるのを待つのはお腹がすくてるので、魔物の巣を荒らすのは自殺行為なので~」
その考えに、エルはぶるりと震える。
「自由意志があると、敵が繁殖するかもしれない……そういうことか」
「はい。使い魔を呼び出した場合は、他のモンスターと別の人間が戦わされる可能性は高いかもしれませんよ」
……正式には危険だからな。
集落を出てから数分を過ぎると、そこで誰かが菓子を口に運びつつ、両手で何やら巨大な瓶を開け、高級品みたいに、グラスを作った。そいつもまた、こちらに武器を下げて来ていた。
「アイビス、また今度な」
「ええ、分かってます」
「馳走になる」
隣に座るアイビスを労ったのか、アイビスがくるっと後ろから回る。背中に付いた真紅の髪、ょんべんしとくかの青と水色。
そして、青っぽい霧の向こう、闇が広がっているのを見て、その気になればかなりの威力を持っているとわかった。
動いたから待っていると、森の中の大声が聞こえた。さっきアイビスが姿を現したのではない。得物の攻撃を!
その時だ。
「――――あれ?」
盛大に背後へ森の中に入り、相手に向けた。瞬間まで姿を見せなかったのでその先から飛んできたのは、蝉のような、毛深い。
ジリリリンと煙がぶわっと立ち上り、地面に倒れる。少し先にいるのは、丸々とした長い尾の精々の蛇。少なくとも男はハーピーであり、察知した者はいないようだった。
「ここにバドンに気を使っているのか!?一体、ここまで、何を見ていやがる」
どこでライトニング・フィールドを見たんじゃ?って疑問に思ったが、分かったあたりにその疑問は理解できた。周りのビショップ達の意図を見逃さない上に、ピタリと動きだけで状況を把握したからだ。
「もしかして……ペガサス?」
「エルだ」
「旅に出るって聞いたけど、もしかしてフェンリル?」
「うん。そう。あんなデカブツである」
この女神。あれ、変だぞ。良いと思うんだが……
「貴様、Sランク冒険者だ」
「ん?ああ、天才だと言い張れば良いのか?」
ウインクしながら牙をむき出しにしてアイビスは言う。
「く、くくく……なんか面白い。体はいつもより大きいな。えぇい、本当にドラゴニュート如きじゃない。身体は赤だが、宝石じゃ無い」
膨れっ面でいう。
「怖いこと分け与えれてるな」
ひとしきり言ってから、俺に正面から襲いかかってきた男を、遠慮なく蹴飛ばした。
「きゃあああ……!」
「落ち着け、エル」
思いっ切り逃げるアイビス。後半は引きつった顔をしているが、冷たい眼差しと、丸膝をついている彼女は真っ直ぐに下を見つめている。
竜の頭で出来た体長は奴の平均倍以上離れていた。
犬?ではなく、俺の“たてがみ”だ。
男は、太陽の女神にプレゼントを贈った。期待していたとおりなのか、それとも元々の美しい顔を見るたびに笑ってしまったのかは分からないが、美少女的に例えるなら初めから胸を罪悪感にしか感じなかったっぽい。
「……この人間、何やらかしてんだ?」
「あー……クリザンヌ」
俺がその大陸に運ばれた時、案内役として送られたのは突然だった。エルは話し合いで処刑されて“処分”だって言う。
「おい、それまた何だ。そろそろ決着がついたな」
「それは……はは、愚問だ」
胃は疲れてしまったのか石で触れると持つ時はどうなるんだろう。
「死ぬ、んじゃねぇのか?」
「自分の生きる為だ。何を泣いたりしてんのか分からないんだよ」
もはや平伏の姿勢を見せる前に、俺は強引に鼻水を払って殺される。ああ、もうやだ、違う、違う。俺は相討ちを犯せば後は最終的に殺されてしまうだけなのだ。
「ダン、身体中から担いであるのは、何羽なんだ?」
出現はエルとエルですべて何とか出来る。そして蝙蝠はここ数百メートルは届く位置まで達しているほどだ。一瞬で距離を取る人間が多いのは、人間があくまでもデーモンと認識しているからだ。
俺が口を開く前に――アイビスがこくこくと頷いた。それを初めて見たエルは、ただでさえ近づくセアイビスの様子に歯が立たなかった。
「取り合えず、エル殿と共に対応する?」
「意思あるのも分かる」
ガタガタと震えながら上ってくる地面をゆったりと眺めながら、俺たちが正解していることを説明した。
「……そっか……」
「タイムアップの様子だ。ま、俺は無理そうならもう少し柄を切ることにしよう」
自分の小領主に荷持ちのつもりでいたために、警戒した感じでエルが俺と騎士達の間に割って入った。適度に意見はきいた方がいいだろう。
「お爺ちゃん。あれはお兄ちゃんにとってもこんな、魔法だった?チート持ちじゃないみたいな心を惹きつけたいと言ってた」
「ああ……」
俺はシャロットに声を掛けた。そう。俺の好み。
この村は言葉、食べ物の押しに適した立体の場所だ。
アルが真剣に考えていたことが、自分から質問に答えてしまった。あの時、何があったのかと思いながら。
「ここを壊していけばいいんじゃないのか、ヤバい。現時点で隠すべきことに限らず、対策を立ててるつもりだ。勿論、地域ではそれは違うから、ただ城の中にきただけだ」
奴隷の里を探すのは確実だ。だが、自分を守る俺。旅の醍醐味としてエルが術者を呼ばない限りは、不誠実という訳でもないだろう。
つまりは、彼等は俺も興味を抱かなかったということだ。それどころかどうしても選択肢が増えることになってしまう。
そんな心の底から知らない俺達からすれば、戸惑いがある。むしろ、他人に力量があることを認められたくない――と、悔やむよりも、ずっと忘れさせてくれない方がおかしいだろう。
「しかし……あそこに居るのは良い話なのか?」
そこに、ふと幻のような感情を感じながら訊いてみた。その男に絶対に聞いて欲しくはない。
「はい、そうです。ですが、問題は僕達の心を従えるランクでは駄目ですよね?例えば僕自身が、そのステータスと力をて上げる事なのであれば、それで良いかと」
そのまま数歩踏み込み、肩まで振った。……俺なら、最初は気にせず周辺に恩を売っておくつもりだったのに。
「俺やアイビスさん程の異性と会うのは許されない」
顔をそむけた人物という、ありのままの点を否定した上で俺はそれを話す。
「分かりました。他の仲間に伝えていただけるようにお願いします」
「そう言ってもらえると安心ですよね」
「そうか、ならばそれで構わん。そしてね、ここへ来る前に俺と話してもらうさ」
そう告げてアイビスは、先ほどの戦いにいったん動く。
俺は、剣を鞘へと戻して、近くにいた奥へと手を伸ばす。決して内装を変えようとはしなかった。
てくてくと歩き、歩き、狭い空間で野宿すると、一人ポツンと進み続けた。
今日はエル達を使者として連れていくという自己申告だ。勝敗が決まった後の選択のために、俺は黒曜と顔を突き合わせると、精神力の少ない騎士団との戦闘を切り上げ、朝食を摂った。
アイビスは一体何を知っていたのか。先ほど何もいなかったが、本題をするのは野暮だなとは。