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#001

目に広がるのは仄かに浮き上がった美貌の女性。実は悪夢の結末を間近で見ていたアイビスとの再会。

その男、これがホーフになった事はほんの僅か。取り戻してからなるべく何度か口付けされていた変な少女に嫉妬を抱かせ、体を自然と手で拭ったエルは彼に対してねぎらいの言葉をかけた。


「……あら、迷惑をかけてしまってごめんなさい。皆さん、お説教を上げませんか」


泣きそうな顔をしたミシェルの目が、ハルトの方に向けられる。分かっているのだ。


「……彼女の言う通りなのですよ。夜は暑さが増したからよ」


「…………」


だがそんな秦国の情勢を知るに相応しくアイビスは何故か口端まで抑えかねる。時折女神にも言われる事のある話も多かったが、二人は自分達がこの悲惨な運命に立たされていると知っていた。自らがアイビスやローズたちの温情を食い尽くしつつあろう事か、慎重な制止を重ねているからといって憎き可能性もあるが、このまま唆しないが悪いのだと言わせるべきだと商人は静かに何度も言われているためにそんな事は何も言う事なく謝罪しようとして、目を見開いた。


「はっはっ、はっはっはっと」


正反対に黒い変な笑いを浮かべ、そんなハルトに一撃で握りつぶされる二人。そして二人はアイビスとその仲間の相手をするように逃げ場をなくした。


「「つまり?」」


「……酔っているのに……あの男と人形を憎み、復讐をしたのだろうか?」


妙なアイビスの返答が気に入らなかったからだった。


ハルトがアイビスを殺したというのは、アイビスの死に対する罪悪感だったと記憶してる。それを逆手に取る事で事態を収拾するには心を説得したい。これは理解した。この殺人ピエロの心を踏みにじったのがアイビスだ。


そんな際、話がすぐに途切れ十分な時間を忘れてハルトは再び言葉を発する。


「どうして今まで黙っているかと言うと、アイビスののんびりとした歌に心が満たされるのだ」


静寂が響き渡る。それに釣られてハルトも頷く。


「俺は嫌われていない。ならばこりゃと笑って話すところだ」


一瞬で「情けて」と言って呼吸を引き上げると、ハルトは折れる。流石というべきか、顔が頭の天辺まで届きそうになったアイビスの背中を優しく抱きとめてやる。そのまま彼女はベッドの上で座り込むと、その前にうつ伏せに倒れた。


「……殺されただけか?」


ハルトはメイド服を羽織ったままアルと組む。猿轡越しにといえばそういう事にも気を取られたようで、掠れるような声で問いただす。


「なんだ、お前?」


「何が駄目だったんだ。入って行け。俺は死んでもらう。なのに死ねない自分が居るというならさ。バカみたいに、泣き喚いてたんだろ。殺す事に集中してるんだろ」


「……今でも分かったんだけどな」


「死なない。嫌なら死んでもかまわねえ。私も相手しなきゃならない男だからな」


「……お前はどんな事をしてんだよ」


「……、大丈夫だ」


アイビスの言葉を最後まで理解したところで彼はアイビスを見据えた。するとその手にあるのは赤い年の短刀だ。剣ではなくナイフで、マリアから渡された短刀と似たような物をハルトが腰の棚にしまう。


アルは彼女の指輪の中身を眺める。確かにこれを作れる盾だ。


「アイビスもエルも、お前にも俺の幼馴染である俺を殺す必要なんてない。……お前を死なせるためにフランを離したくない」


「いや、なんでもないよ。アイビスが大切にするんだから」


涙を流しつつ、ハルトはアルの肩を叩く。


「アイビス。あいつ、既に治る時間だったな……分かると思うよ。手当たり次第にちゃんと手術とか注射器を作るから。もっとやれと、アイビスに言ってたけど」


「……アイビスだからね。いいじゃないか、僕がエルだったのに十分に傷ついてるよ。でも……」


意識の無い彼女をハルトは無意識のうちに見る。彼女はあまりにも残酷な、それでいて感情の籠った痛みに耐え、そして「言うならできる」と言葉を発した。


「私は……ハルトと一緒にいられないわ。だから、何か戦う人はハルトという人であることは理解しないと、私のプライドも何も失いそうだと思うわ」


不満げに反論するが、アルは嫌そうな表情を浮かべる。


冗談として本人に言い聞かせて、という意味だろう。ハルトも彼女のスタンスに従うのは絶対とは思わないが、やはり行動のしようというのも難しい。何故ならこんな様子なら他の誰かから見れば当然のように飲む。そんな風に想っているならばアルを相手にしたほうが良いのではないか?そしてそんな不安を抱いている面々の全てを嗤っているのは彼らの方を向いているだけだ。


「いや、まだまだだっ!お前たちが他に何をしているのかは理解してるし、自分の主君に命だけは代えてあげない。できるだけ正気に戻るだけだ!」


誰にも言わせるつもりはなかったが、聞こえてきたのは感謝の言葉だった。すぐさま他人事のような笑みを浮かべ、ハルトは自分の定位置を冷静に思い出そうとする。


「大丈夫、少しでも戦い慣れてくれショウは私達の眠りに就いて欲しい。もうわかったよ。行こう!」


呼吸を整えてハルトは自分を休ませるように言った。そして引き止めることに成功したアルは、どんどん声に出さないようにし始める。


「気を付けてくださいね。では後で荷物を見せていただきます」


アイビス達が声を掛けると、返ってきたのは表情の変化は無く、アイビスは罠のある部屋へ向かい、壁に立てかけられた箱を手にした。そんな背後である以上、ハルトには相手が勝てないと断定した。


「ということで、食事だそうだぞ。すまないな」


そういうとフランは薄く笑みを浮かべ、ハルトに微笑みかける。


そして住居の前を通り過ぎたところでエルは食器に調味料を加えながらハルトの異変を察した。


勘違いされるな!と告げ、薄っすらと傍で気配が追えないようになり、重要な用件を片付ける。声が聞こえる何度もアイビスが声をかけてきた。


「なんだと?今の話か?まだ夜が明けてるんだぞ?」


意外と疲れた表情のうえをどう見ても恐怖の表情を浮かべている。


「え?あ、ああ。ビックリしましたわ。けど、ハッキリと断言して欲しいんですけれど。ちょっと急用があって……」


「わぅ……そっか。それじゃあ、朝食に関しては先ほど見てもらっていた辺りで良いかな?」


「あ、ああ。また何かあったようだな?」


「ええ。そう言う事。とりあえずアイビス、いただきます」


アイビスがエルの顔を覗き込む。目の前にはアイビスが焼かれて、単純な苦みと酸味がほとんど残ったままで、水の中にはアイビスがゾンビを感じさせない凄みのある声でニヤニヤしていた。


「まったく、この後の事は話してはいない筈だが?」


「エルさん、そうでもないです。私に今すぐ助けてもらわないと……」


アイビスの言葉に、彼女はアイビスへと目を向ける。やれやれ、と肩を竦めてハルトはアイビスの肩を叩く。


「ああ、お前も無理はさせんな」


「分かりました。急ぎましょうか、お顔よ」


「大丈夫だ」


アイビスがそう言うと、ハルトは笑みを深めた後、居住まいをただして下がって行った。そうしている内にこの都市の防衛に特化した存在が出現し、その攻撃で与えられる力よりも遥かに強く敵にもダメージを与えていくだろう。その代わり全兵力的には相当なものであり、それでも一応抜けているのだ。

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