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薔薇とライラック

作者: Tamana

乙女ゲーム転生ものを自分なりに書いてみたところ、こうなりました。

悪役令嬢ではないです。

「僕が愛しい人に渡すのは、どちらの花がふさわしいと思う?」

 

目の前には二種類の花を両手に持って問いかける男性。真っ直ぐに自分を見つめる青い瞳は、深い赤に染められた前髪が鮮やかに彩っていて、まるでよくできた絵画のよう。

 自分の目に狂いはなかった。


 キャラデザ担当と喧嘩してでも、この色にして正解だったわ。


 リーフエンジェル。それが私が以前に勤めていた会社の名前。

 そこそこ老舗のゲームメーカーで、最近はもっぱら女性向けの恋愛シミュレーションゲーム――――いわゆる乙女ゲーム――――を作っていた。単純なシチュエーション萌えではなく、乙女『ゲーム』であるのだから、あくまでシナリオとゲーム性を重視。まだスマホにも手を出さず、主に持ち運び用の小型ゲーム機向けの乙女ゲームにターゲットを絞っていた。

 私はそこで一つの乙女ゲームのプロデューサーをしていた。社内、社外それぞれの駆け引きを乗り越え、ゲームシステムに凝りすぎたせいでデスマになりかけた開発期間を乗り越え、我が社の昨年度の目玉として華々しく発売されたソフトのタイトルは『フローリスト』

 ヒロインは花屋の娘という設定だった。決して私の実家が花屋だったからという公私混同をしたわけではない。

 いやもちろん、感情移入しやすいキャラをヒロインにしたのは否定しないけど。それはあくまで完璧なゲームを作るため。

 その苦労のかいあって、『フローリスト』はここ数年で一番のヒットを出した。きっと我が社のドル箱コンテンツとして今後も会社を支えてくれるはずだ。


 はず、という表現になってしまうのには訳がある。


『フローリスト』の大ヒットを祝う打ち上げの後、どうやら私は車に引かれてしまったらしい。酔っ払ってはいたけどきちんと歩道を歩いていたのだから、運が悪いとしか言いようがなかった。あの運転手許すまじ。

 せっかく大ヒットの立役者として一週間の休みをもぎ取ったばかりだったのに、一週間どころか永遠の休みになってしまった。

のんびりと休んだ後はまた『フローリスト』の開発チームに戻る予定だったけど、死んじゃったからには復帰はできないなぁ。せっかく続編の構想も練り始めたところなのに、ついてないな。


 と、ここまで状況を整理した私は目を開いた。死んだはずなのになぜか目を開くことができた。何度かまばたきをして視界をクリアにすると、目の前に広がっているのは見慣れているけどありえない世界。

『フローリスト』の世界だった。何を言っているのか分からないと思うけど、私だって何が起きているのかなんてわからない。


 そして冒頭に戻る。


 目の前にいるのは『フローリスト』の攻略対象キャラの中でも、中心的な存在のユージンだった。

 パッケージのセンターも彼。街でパン屋を営んでいるヒロインの幼馴染。彼のルートはずっと身近にいた幼馴染から、どうしても気になる相手、そして恋人へと進展していく様子を丁寧に描いた自信作だ。販売後のユーザーアンケートでも彼が一番人気だった。

「ラーラ? 僕の話聞いてる?」

 ラーラというのはこの物語のヒロインのデフォルト名だ。デフォルト名のままでゲームを始めると、どのキャラもきちんと名前を呼んでくれる。アンケートでも、ずっと同じ呼び方なのに段階によって声のトーンが変わるのが最高すぎるって書いてあったっけ。声優さんにも細かい注文をつけたかいがあった。

 あまりにも注文をつけすぎて、事務所と喧嘩したのも今となってはいい思い出だ。

「ラーラ? ねえ、ラーラってば」

「え? あ、私?」

 ぼんやりとユーザーからの愛に溢れたアンケートを思い出して幸せに浸っていた私を、少し怒ったような声が呼び戻す。不思議に思ってよくよく見ると、彼の瞳に映っている自分の姿はヒロインによく似ていた。どうやら事故にあった私は、『フローリスト』の世界に生まれ変わったらしい。マジか。

「ごめんなさい。何だっけ?」

「せめて聞いてよ!」

 明るくて少し弟要素も詰め込んだユージンはシナリオの中ではあまり怒らないようにしてたんだけどな。完全にゲームの通りというわけでもないらしい。

 小さくため息を付いて、気を取り直したようにユージンが自分の両手を差し出す。右手には薔薇、左手にはライラックの花が握られていた。


「僕が愛しい人に、どちらの花がふさわしいと思う?」


(これは……ユージンルートのラストシーンじゃない)

 幼馴染以上であるという感情をお互い自覚してからがユージンルートの本番だ。ラーラを大切に思いながらも、ユージンは外からやってきた華やかな踊り子のルナに惹かれていく。その踊り子はいわゆるライバル役というやつで、ラーラにユージンがいかに大切な存在であるかを意識させる重要な役どころだ。もちろんライバル役は単なる当て馬ではないので、ユージンが彼女と結婚するエンディングも用意してある。


 ユージンがラーラに花を選ばせるシーン。これはエンディングを暗示するためのシーンでもある。愛しい人とは誰を指すのか、ユージンはどんな結論を出したのか。

 彼が差し出した花がすべてを示すシーン。


 そしてどうやら、いろいろ選択肢を間違えたらしい。

 薔薇は華やかなルナとの情熱的な愛を示し、ライラックが示すのは幼い頃から変わらないラーラとの友情。つまり、どちらもラーラとのハッピーエンドを暗示する花ではないのだ。

 プロデューサーまで務めたのに攻略できないとは、情けない。

 まあ、でもいっか。手塩にかけて作り上げたキャラクターは我が子も同様。ここは一つ、幸せな門出を祝って差し上げましょう。

「薔薇がいいんじゃないかしら」

 ニッコリと微笑みながらユージンが右手に持った薔薇を指し示した。ラストシーンの選択肢で薔薇を選ぶと、ヒロインにとってのバッドエンド、つまり、ユージンがルナと結ばれるエンディングが確定する。ゲームをプレイしているユーザーであれば、タイトルに戻ってまたやり直しだ。もしくは途中セーブから選択肢を変えてもう一回。


 でも別にいいじゃない。

 私はユージンの親みたいなものだし、ユージンはルナと幸せになるんだから。


「そっか。薔薇がいいか」

「ええ、そう思うわ」

 ゲームならラーラは立ち尽くしてユージンが立ち去るまで待っている。シナリオに合わせるならそうするべきだけど、私はそうしなかった。踵を返して自分の店に戻り、色とりどりの薔薇を使って艶やかな花束を作り上げる。一抱えもあるほどの大きさになったそれを持って、まだ立ち尽くしているユージンに押し付ける。

「お代はそのライラックでいいわ」

「え?」

「ほら、早く渡してきなさいよ」


 ライラックはもういらないでしょ。

 あなたが彼女に渡したいのは友情を意味するものなんかじゃなくて、抱えきれないほどの愛情なんだから。



 その後、私は引き続き街で花屋をやりながら、ユージンのパン屋を手伝い始めたルナとも友だちになった。

 今はご近所さんとして仲良く暮らしている。

 ちなみにゲームでは、バッドエンドの場合は失意のまま街を出ることになり、ノーマルエンドの場合は街のレストランでバイトを始めたルナと友だちになる。

 薔薇を選択してライラックを受け取った私は、どうやら私はバッドエンドとノーマルエンドのいいとこ取りをしたみたい。


 ある意味これが一番のハッピーエンドじゃないかしら?


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