PE:入道雲に誘われて
《period》
〈次のニュースです。先週の土曜に起きた区内の公立高校の火災について、今日の午前10時頃、学校長と公的機関担当支部の支部長による会見が行われました。経験に寄りますと「保健室に保管していた旧式の緊急時用のトランシーバーによる発火が原因と考えられる」との発表がありました。この火災で大きな怪我人は出なかったものの、教員が一名火傷を負い、病院に搬送されました。また、近くで見ていた男子生徒が精神的なショックを受けて休学して居るとの情報もあります。しかし政府は今回の火災について、起きてしまった火災を教員や生徒による早期の消火活動によって鎮火できたことは、日頃の消火訓練の賜物であるとして評価するべきだと……〉
あの爆破事件から四日が経っていた。セイトカイの仕掛けた遠隔式の爆弾による被害は最小規模に抑える事が出来たが、ホケンイは救急車で病院へ搬送され、今も火傷の治療と精神的なケアも含めて入院している。先日、オレの連絡を待っていた彼にもその報告をしたところ、震える声で「無事でよかった」と涙声で繰り返していた。今は農業の合間にホケンイのところへお見舞いに行っているそうだ。また、オレが命がけで回収した鞄の中にはセイトカイが言っていたように、弟さんの写真や、学生の頃のホケンイと当時教員だった頃の彼が写った写真が入っていた。そして何の因果か燃えずに無事に残っていた【聖者の密告書】も、オレは何も言わずに鞄に詰めておいた。ホケンイもそれを確認した時、少し驚いたような顔をしてオレを見ていたが、結局はそのまま救急車に乗り込んでいった。爆発元となった保健室は完全に燃えてしまったが、校舎にそれ以上の被害はなく、機関の手早い対応と協力もあって、既に昨日から復旧工事が始まっている。一時は自粛されていた部活動も現在は再開しており、活気に溢れた生徒たちの声と復旧工事のけたたましい作業音が学校を包んでいる。オレも頬に大きめの絆創膏と右腕に包帯を巻きつつも、支部から散々催促されていた報告書の作成に精を出している。厳密に言えば、これから精を出して取りかかろうとしているところだ。
「さて。どこから書いたものかな。」
入院して四日が経った。足と腕に負った火傷自体は大した傷ではなかったけれど、火災の煙を少し吸ってしまった事もあって、その検査も兼ねての入院なのだと病院の先生は言っていた。私は病室のベッドで横になりながら、彼が不器用な手つきでリンゴの皮をむいている姿を横目に、ボーっと天井を見ている。あの時、消火器まみれの彼を見て、私はつい笑ってしまっていた。あんな状況、私の職場が目の前で轟々と燃えているのに。あの姿を見て急に可笑しくなってしまって我慢することができなかった。あんなに笑ったのはいつ振りだったんだろう。彼が出てきた後に、生徒たちにホースからの放水で消火器の粉を流してもらっている姿にも笑いが止まらなくなってしまった。そのせいで胸が苦しくなって、その場で膝をついて倒れてしまったんだよなぁ、なんて昔の思い出を思い出すかのように考えてしまっている。そういえばさっき見たニュースで名前は伏せられていたが、間違いなく私の事を報道していたようだ。加害者ではなく、被害者として。おそらく学校側の配慮と、あの機関の、あの男の気遣いもあったのだろう。そういった意見が通るのならば、私が搬送されている最中に救急医の方に伝えた私の意見もちゃんと反映されると願うばかりだ。
「あいっ、つぅ。」
私は不意に耳に入ってきた情けない声の先を見ると、先ほどからリンゴと格闘していた彼が少し苦しそうな表情で左の親指を口に咥えているところだった。
「ははは。この果物ナイフ、なかなかの切れ味だねぇ。」
そう言って笑う彼を見て、私もつい、また笑ってしまった。
「病院で怪我するなんて、珍しい人ね。」
「うーん。まぁ、こんなもんかな。」
オレはパソコンの画面を睨みながら報告文を打つ指の動きを止める。普段の報告書であれば、都合の良い部分を強調し、突っ込まれると少々面倒な部分は淡白かつシンプルに済ませるように工夫するのだが、今回は支部の方にもいろいろと内密にしていた部分の多い作戦だった事もあり、場合によってはこの報告書の為の報告書を書かなければいけないのだ。そんな面倒な事をしている時間までは無いので、オレは色々悩み、考えに考えて試行錯誤を繰り返すが上手くいかず、結局はいつものように要点を最低限に抑えた報告書が出来上がっていた。
空調の効いた機関室の換気扇と空気清浄機を、これでもかと言うほどに全開で稼働させながら、オレは灰皿に煙草を押しつける。今回の火災で、いずれ近いうちに室内で煙草を吸えなくなるのかもしれないと考えると、つい普段より多い頻度で吸ってしまう。喫煙する教員も稀に機関室を訪れてはゆったりと吸いに来る事もあったが、最近は火災の後と言う事もあり、ここ数日は訪れる教員もかなり減っている。かわりに、鬼の居ぬ間に洗濯をしに来る女子生徒は、今までよりも頻繁に顔を出すようになっていた。
「いい機会なんだし、そろそろタバコやめたらぁ?煙いことには慣れてはいるけど、それが臭くないってわけじゃないし。」
向日葵をあしらったヘアピンがカーテンの隙間から溢れた太陽に照らされて光を反射している。オレはその反射した光で目を細めるが、シンブンブはそんなことを気にする様子もなく、ソーダ味のアイスキャンディを咥えながらソファに座ってこちらに話しかけてくる。
「……なんで一人暮らしの女子高生が煙草の匂いに慣れているかは、その気遣いに免じて聞かないでおいてやるよ。一応言っておくがそういうのは二十歳過ぎてからにしておけよ。」
も、もう吸ってないし!と強く反抗してきたが、残念ながら既に自白しているようなものだが、この間の案件の功績を鑑みてこれ以上はやめておいてやろう。
「やっと補修も終わって、いろいろあった案件も、文字通り派手に解決したし、やっと夏休みって感じだわぁ。オバチャンもこの間から休みもらって、息子さん家族とご一緒に軽井沢だってさ。いいなぁ。軽井沢。」
あの事件が消火とともに解決し翌日に行われた学校長と機関支部長の話し合いの結果、セイトカイは夏季休暇中の自宅謹慎を言い渡されたそうだ。学校内での混乱や、セイトカイを虐げるような事態を防ぐため、生徒や教員には爆弾設置の話や機関反対派である事は話していないらしい。もちろん公共施設の爆破や盗聴は重罪ではあるが、本人の反省度合いと、これからの公正と将来性を信じるとして情状酌量と判断されたのだろう。支部長から聞いた話では、ホケンイからもセイトカイへの処罰を最小限にできないかとい話しがあったそうだ。今までのオレへの当たり方を思えば、今回の事でホケンイなりに機関への意見を改めたのかもしれない。もちろん機関の存在を認めたわけではないのだろうが、【ブロウズ】設置の過去やそれに関わる問題について機関内でも考えさせられる結果となった。政府に認可されている立場とはいえ、反対派がそれで黙っているわけではいないことや、現代的な方法に進化した反対活動が着々と浸透しているのも明らかになったことで、機関側も何かしらの対策が必要になったことに間違いはないだろう。オレは、ここで個人の見解で機関に報告するよりも、今回のような問題が浮き彫りになったことを少し強めに主張して報告書に書く方が効果的なのだろうと考え、もう一度パソコンで報告書の画面を開いて少し編集し始める。
そういえば、ホケンイはまだあの報告書の作成を続けているのだろうか。
「意外と、ちゃんとできているだろう?農業だけやっていたって、こうやってリンゴぐらい、ちゃんと剥けるんだぜ?多少、時間はかかるけど。」
そう言って何故か得意げに言い張る彼の指には、各指に絆創膏が数枚ずつ貼られていた。もちろんその絆創膏は私が貼ったものだ。どうやったらリンゴの皮を剥くのに左手の薬指まで怪我するのかなぁ、なんて思いながら、私は歪な形のリンゴを食べ始める。
「あの機関員さんから入院しているって連絡もらった時はびっくりしたけど、特に大きな怪我じゃなくて良かったよ。本当に。僕もこの距離なら、家からすぐに来れるからね。」
そうか、おそらくあの男は、彼の住んでいる家の場所に比較的近いこの病院を指定したのかもしれないわね、なんて私はつい考えてしまう。そんな気配りもできる人なのかな。
「ありがとう、ごめんね。また私ばっかり、心配をかけてしまって。」
私は、今までの事を含めて、そう言って彼の方を見る。
「いいんだよ。心配できる事も、こうやってちゃんと会えるようになったからこそなんだ
「だ、誰も好きで心配かけているわけじゃないのよ?」
私の言葉が可笑しかったのか。彼はケタケタと笑い始めた。
ふと鞄の方を見ると、鞄の口からあの報告書【聖者の密告書】の入ったクリアファイルが見えた。あの男がなぜか、炎の中からその報告書をわざわざクリアファイルに入れてまで守ってくれたあの紙きれ。あの男からすれば、あの場で燃えてしまっていた方が好都合だったはずなのに。私は彼にお願いをし、鞄からクリアファイルを出してもらった。そこには、私が書いていた報告書以外にもう一枚、小さな紙が挟まっていた。
「だいたい、もう学校に来る程のスクープもないだろうに、なんでここに来ているんだ?オバチャン程の夏季休暇は無理だとしても、まだ夏休み期間も残っているんだし、シンブンブはシンブンブの休みを満喫したらよいさ。海でもなんでも行けばいいだろう。」
正直な事を言うと、シンブンブが目の前にいる状況では報告書も進むに進まない。作戦上の判断とは言え、シンブンブではなく彼女をメインに立てた作戦だった以上、報告書をかいている段階でいちいち文句を言われたり「それって結局どういう目的があったの?」なんて質問をされて、それに一つ一つ答えていたら時間がいくらあっても足りない。
「はぁ?何言ってんのよ。確かにアタシは腕の立つ記者かもしれないけど、スクープだけがアタシの活動範囲ってわけじゃないのよぉ?」
シンブンブの返した言葉に、オレは「腕の立つ、ねえ。」とぼやく様に答えた。
正直、シンブンブがどんな休みを過ごそうが、どんな記事を書こうがあまり興味はないのだが、どうやらまだ夏休み期間の学校に用事があるらしい。用事があるなら機関室のソファでアイス食べながらスカートの中を下敷きで煽ぐのを止めてほしいものだ。
〈続いて天気予報です。今日の日本列島は昨日に引き続き高気圧に覆われ、この時期らしくカラッと晴れた天候となるでしょう。日差しも強く、今日も全国的に猛暑日を記録しているようです。この暑さはしばらく続く事が予想され、熱中症で救急搬送された人数は既に去年を上回っているようです。みなさん、お出かけの際には水分補給を忘れず、熱中症対策をしっかりと心がけてください。では次に全国の降水確率を……〉
「アンタとあの子は今回の真相を最後まで見届けているからいいとしても、アタシは途中で控えに甘んじていたんだから、今回起きた問題の顛末はちゃんと説明してほしいわ。あれだけ調べても結局はあの噂の出所も背景のわからなかったのに、アンタは変な顔して報告書を書き始めているし、何がどうなってんの?って感じ。」
「ん、彼女からは話を聞いてはいないのか?」
たしかに作戦の後半からは彼女を中心に調査や会議の為にずっと出ていてもらっていたので、シンブンブはほとんど表に出ていない。これまでは何となく詳しくは聞かないままにしておいたが、オレはてっきり記憶や経験といった情報は常に共有されているものだと思っていた。しかしシンブンブの話を聞く限り、どうやらそういうものではないらしい。
「一応教えてはもらったけど、あの子ホラ、淡々としてるじゃない?わかりやすく話してくれるのは嬉しいけど、今回は二人で頑張っていたわけだし、もっと詳しく聞きたいというか、もっと具体的に聞きたいの。自分の身体なのに最後は他人事なんて、そんなの納得できないもの。」
一般的に「解離性同一性障害」と区分される症状、過去には多重人格と呼ばれた症状では記憶の共有は基本的に不可能だとオレは聞いた事がある。決してシンブンブがその症状に当てはまるかどうかはわからないが、症状としてそういった記憶の有無は差異があるようだ。例えば、以前シンブンブを現行犯で捕獲したことも彼女はそれを知っていたようだったが、逆に彼女に話していた作戦もシンブンブは把握していたにも関わらず、自身が陽動作戦の中心になっている事は知らなかった事があった。彼女が言うには「必要な事しか話さないわ。余計な事を話すと、余計な事が起こる場合が多いでしょ?」とのことだった。そして今回の問題の発端となったホケンイへのストーカー問題。この問題はシンブンブが自らの足で生徒や教員、用務員も含めたほぼすべての学校関係者に調査をしたが、どうしてもその噂の真相を明らかにする事は出来なかった。調査の進行状況も鑑みて、その噂についての調査は一旦中止し、他の内容を優先したのだ。
「そうだったのか。じゃあ、話しておくか。」
「へ?ウソでしょ?教頭先生が?」
オレが話終えると、シンブンブは怒りだすでも悲しむでもなく、ただただ同然としていた。
「だって、教頭先生の話題なんて一度たりとも出なかったわよ?というか取材中に何度か校舎内外で何度も会ったけど、アタシの事を応援してくれていたのに。なんで?」
「いや、オレに聞かれても、な。」
ホケンイに関する調査を進めている頃。オレは当時の彼の同僚についても調査していた。そして過去にこの学校に勤務していた人物の中で彼と同じ時期にこの高校に赴任していた人物の名前を調べていたところ、彼と同期の人間を探し当てる事が出来た。厳密に言えば、今もこの学校で勤務していたのだ。
「名字が途中で変わっていたからなかなか気づきにくかったが、教頭も彼と同じ年に赴任してきていたからな。なにか知っているかと思って話を聞いてみたんだ。」
教頭の話曰く、当時女子生徒だったホケンイと教員だった彼が交際していた事は知っていたそうだが、教頭本人はプライベートな事なので、あまり首を挟まないようにしていたそうだ。しかし、彼の同僚がその事をエサに彼を強請っていた事を知り、彼が自主的に辞職した後に、その同僚を他の学校に異動させていたらしい。
問題はその後だ。今年の春に行われた教員数名での新年度会なる飲みの席で、酔った勢いもあって、うっかりそのホケンイがこの学校に赴任してくることを話してしまったらしい。そしてその話が段々膨れ上がって行き、最終的に〈肉食系ホケンイ〉という架空の存在が出来上がってしまったそうだ。おそらく部活動の顧問をしていた教員同士の話が生徒に漏れ、それが学校全体に広がってしまったのだろう。実際教頭本人に話を聞いたが、以前はこの学校の生徒だった女性が今年ホケンイとして赴任してくる、と言う事しか話していないらしい。つまり、過去にキョウシと付き合っていたジョシセイトがホケンイとしてフニンしてくる。この言葉を盗み聞いた生徒による意味の履き違い、聞き間違いが広まってしまった事が今回の噂の真相だったのだ。
「なにそれ……ゴシップ記事側のアタシでもそれはどうかと思うわ。」
「まぁ、教頭本人もホケンイの噂は知らなかったし、そんなつもりで話したわけではなかったみたいだからな。むしろ教頭は蔭ながら彼とホケンイを応援していたそうだよ。なにしろ教頭も数年前、当時新卒で赴任してきた教員とご結婚なさったそうだからな。結局は噂どころか、ただの勘違いだったんだ。火のないところに煙は立たない、なんて段階の話じゃない。そもそもそんな煙すら立っていなかったのさ。」
学校に広まっている噂の事について知った教頭は、すぐにホケンイのもとへ向かい、事情を話してその場で土下座までしたそうだ。ホケンイは「気にしていませんから」とだけ言ったそうだが、それ以降は無意味に保健室に近づいてくる男子生徒はいなくなったそうだ。
「なぁんだ。アタシとした事が、ずいぶんと踊らされちゃったなぁ。」
あの男はいつの間に、こんな紙を忍ばせていたのかしら。なんて事を考えながら、私はその見覚えのない紙を広げる。そこには、可能な限り丁寧に書いたが、もともとの字の汚さを隠し切れていない、わかりやすい男性の字があった。挨拶も宛名も差出人もなく、ただ淡々と言葉が書かれているだけだった。
オレは、この先もあなたの人生に口を挟むつもりはありません。
ただ、一つだけわかってほしい事があります。
たとえ生徒にどんな過去があっても、どんな考え方をしていても
オレはあの学校で起きる問題と、それに悩む人たちと全力で向き合うだけです。
過去の悲しい事を、もう繰り返さないようにするだけです。
止まっていた時間を、彼とまた動かせるよう祈っています。
「あ。なにそれ、生徒からのお見舞いの手紙?」
リンゴを口に含めたままの彼からの質問に、私は「さぁね」と答えた。
「は?約束?」
「アンタ、まさか忘れたの?」
オレがシンブンブに今回の未解決だった部分について一通り話し終えたところで、シンブンブが「じゃあ次はアタシとの約束を果たしてもらいましょうかね」なんて言いだした。
「これだから大人って困るわ。調査が終わったタイミングであれば取材しても構わないって言ったのはアンタよ?春からアンタに続けていた公的校的機関の取材!スクープと並んで人気なのは、やっぱりドキュメンタリーでしょ?夏休み明けにはどうしても記事にしたいのよね。みんながあまり知らないような公的校的機関の真実ってやつをアタシが書いた記事で知ってもらうチャンスなのよ。」
あぁ、あれか。すっかり忘れていた。
シンブンブはオレの手伝いをするようになってからずっと、公的校的機関の歴史や活動についての記事を書いている。メディアなどではあまり語られない実態について、対象になっている高校生自身が知らないままでは済まされないという信念のもと、事あるごとに細かく質問してはオレの言葉をメモしている。こちら側としても、高校生が公的機関に対して正しい理解を持ってくれるのは願ってもいないことではあるし、そういった取材については支部からも積極的に協力するよう言われている。
「相変わらず熱心だな。確か前回は、このエンブレムの由来と意味、だったかな。しかし、なんでそこまで【ブロウズ】の記事にこだわるんだ?機関から冊子を取り寄せるとか、本部に直接取材するとか、もっと効率的な手段は他にもあるだろう。」
「うーん、それでもいいんだけどね。ちょっと、うん。」
シンブンブは鞄から取材手帳を出しながら答えに悩んでいるようだったが、ややあって、少し恥ずかしそうに話し始めた。
「命を助けてもらったアタシやあの子が、アンタの機関の事を正しくみんなに伝えることに意味があると思うのよねぇ。そりゃ、アンタからすれば解決した問題の一つに過ぎないのかもしれないけど、アタシたちからすれば、それが今の全てになってるのよ。だからアタシは、アンタの口から直接聞きたいの。あ、今のちょっとカッコいいかも。メモメモ。」
シンブンブの言う通り、オレにとって校内の問題解決は仕事ではあるし、依頼が来た以上はその依頼や相談を投げ出すことは絶対にない。しかし依頼に来た生徒や教員たちにとっては、それが現在や未来に繋がっていく大きな出来事になるのかもしれない。シンブンブや彼女のように、自分の目標を見つける者もいるだろう。ホケンイとセイトカイは、これから先どんな道を選んでいくのだろうか。自分の持つ信念に沿っていきることはとても大切な事ではある。しかし、その為に何を犠牲にしても良いわけではない。大切なのは、その信念を持って、如何に他人と共存していくかだ。歩き方さえ間違わなければ、その信念は生徒会やホケンイにとって大きな支えにもなるはずだ。オレが手伝えるのは目の前で起こった問題や相談への解決までだが、その先に待っている道が陽の当たるものだと信じる。
「で、そのエンブレム、どんな意味があるんだっけ?」
「……。」
その前に、オレはまずシンブンブの歩いている道を常識と言う名のコンクリートで丁寧に舗装してあげなくてはならないのかもしれない。
「あ!そ、そうだ!もう問題もちゃんと終わったんだし、まずはご飯食でも食べに行こうよ!あの子もたまには外食したいって言ってたし!決定!あ、でも外暑いから出前取ろうよ。どうせアンタもご飯まだでしょぉ?」
取材した相手にもう一度同じ事を聞くのは常識的に失礼だと気付いたのだろうか、シンブンブは話を強引に逸らすように、突拍子のない事を言い出した。
「出前?まぁ、確かに腹は減ってはいるが。うーん、たまにはいいか。」
シンブンブはオレの返事を聞いて満面の笑みを浮かべている。携帯で電話をかけつつ、どこから出したかはわからないが、おそらく店のデリバリーメニューなのだろう。
「じゃあ決まりね!この間テレビで見たの!駅前にある多国籍バーガ屋さん、今デリバリーも対応してくれるんだって!オバチャンにその感想聞も頼まれてるのよ、あの子はシーフードピザが食べたいって!アタシは新作のダブルスペアリブバーガーのLセットと、あと期間限定のビックバンポテトってやつも食べたいなぁ。アンタはどうせチーズバーガーとジンジャーエールのセットでしょ?どうせならカップサラダとこの透明な春巻きみたいなやつも一緒にも頼もうかなぁ。あ、もしもし、出前お願いしたいんですけど!はい!えーっと、まず……」
シンブンブは先ほど口にしていたメニューをあらかた注文し、さらにもう数品のメニューを読みあげている。いったいどこの誰の予算でそんなに注文するのか。というか別の人格でも胃袋まではさすがに一緒なんじゃないのか?そもそもオレはメニューも見ていないし、さらっと出てきた透明な春巻きやビックバンポテトなるもののビジュアルも気になる。オレは電話中のシンブンブにジェスチャーで「ビックバンポテト 二人分」と伝えた。
〈では最後にこの番組の人気企画!ちょっと遅めの占いコーナーです!今日の最下位は……ごめんなさい、射手座アナタです!思わぬきっかけとタイミングで、とんでもない出費になってしまうかも!暑さに負けないように、しっかりとスタミナ料理を食べて頑張ってください!ラッキーアイテムは「向日葵のヘアピン」です!実はこの占いのコーナーは本日が最終回でした。それではみなさん!またいつか、お会いいたしましょう!〉
今回のお話はここまでです。ここまで読んでくださってありがとうございました。
カゴノトリⅡでお会いできたらと思います。